第2話
「どこかに泊まるどころじゃなくなっちまったな……」
もう手配書が出回っているのを見た。ストワード人は都会に密集して暮らしている。一度でも顔を見られれば取り囲まれるだろう。
「うーん。どうしたもんかねェ」
ザックは高級住宅地の連なる都市を抜け、走って森の中に入っていた。
「ここがどこかも分からない。来た道を戻ろうにも、蒸気機関車……だったか。行きはアレに乗ってストワードに来たわけだし」
方向が分かる魔法なんてものはない。ため息をついて一応西?に向かってトボトボ歩いていると、森の中に小さな小屋を見つけた。
「なんだ?誰かが住んでいるのか?」
近づいて、窓越しに中を見る。人の気配はない。
「……外は寒いし、一晩だけ泊まるか」
雨が雪になりそうだ。ザックは雪を見たことがない。シャフマでは雨も相当珍しい。
ドアに鍵はかかっていなかった。躊躇なく開けて、小屋の中に入る。
殺風景な内装。生活に必要最低限な家具しかない。ベッド、キッチン、冷蔵庫、天井のランプ。それら全てが簡易的なものだった。
(誰かが月に一度だけここで寝ているって雰囲気だな)
都合が良い。しばらくここに隠れていよう。
そう思ったザックは、ベッドに寝転がった。
「……」
目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。すると、すぐに眠くなってきた。
(ストワードに来ていろいろあったな……ありすぎたぜ)
グツグツ……グツグツ……。
低い音がする。何かを煮ている音だ。
「ん……?」
まだ半分夢の中で瞼が開かない。
次いで、良い匂いが鼻腔を刺激する。
(ニンジンだ……スープの匂い……)
目を開けると、ローブを着た金髪の女性の後ろ姿が見えた。
昼間見た、上品なストワードの女性の顔が脳裏に浮かぶ。
(女だ……)
寝ぼけながらも足音を立てないように近づき……勢いよく抱きついた。
「な、なんだ!?」
「なぁ、あんた。俺と寝よう……うおっ!?」
ザックが尻もちをつく。
「男じゃないか!!!」
衝撃と痛みで一気に目が覚めた。目の前の金髪の人物には、胸がなかった。
「勝手に人の家に上がり込み、勝手に胸元をまさぐるとは。失礼なヤツだ」
立ち上がった男はザックよりも身長が高い。
「男か……ガッカリだぜ……」
「名乗るのが基本だと思うけどね」
オタマを突きつけられるザック。たしかにこの状況では自分が10悪い。観念して、口を開く。
「俺はザックだ」
シャフマから来て、ストワード大統領の家を焼き、今は警察から逃げている。とはとても言えなかった。男は顔つきと発音からしてストワード人だ。
「ふーん。ザック、ね」
「あんたの名前は?」
「正直名乗る必要はないでしょ。でもまぁ、呼びにくいのも不便か。僕はデヴォン。前からここに住んでる」
「あー、そりゃあ悪かった。すぐに出て行こう」
住んでいる人がいたのか。この殺風景な小屋に。
「……ちょっと待って。スープだけでも飲んでいきなよ。その……疲れてるんでしょ」
デヴォンがスープを差し出す。
「え、いいのか!?」
「一人だと多い量作っちゃったしね。こんな小屋に入り込む人なんて、君とあと一人だけだったよ」
(俺の他にもいたのか)
スープを飲む前に、手のひらをカップに当てて小さく呪文を唱えた。
(よし、黒魔法は入っていないな)
「待って、今の何」
デヴォンがザックの手のひらをじっと見ている。目を泳がせるザック。
「あ……おまじないだ。おいしくなりますようにってね」
「嘘。ねぇ、今の魔法でしょ。どうやったの。解毒の魔法?僕は毒は作れるけど解毒は出来ないんだ。ねぇ、教えてよ」
急に饒舌になるデヴォンに面食らう。
(ストワード人は魔法を使わないと思ったが、コイツは使えるのか?)
と、いうか。全面禁止ではなかったか。
「君、シャフマ人?フートテチ人?」
デヴォンの緑の瞳が、ザックの赤い瞳を観察する。
「赤!魔族の色だ!君は魔族なの?しっぽを隠しているんだね!?見せてよ!」
「うおっ!?」
尻を触られる。驚いて変な声が出てしまった。
「違う!俺は人間だ!瞳が赤い人間もいるんだよ!」
「じゃあシャフマ人だ!赤の瞳はレアンドロ初代王子とオーダムの魔女!もちろん派生もいるけど、元を辿れば皆ここ!そしてレアンドロもオーダムもシャフマにルーツがある!」
立ち上がってベラベラと話すデヴォン。
「君はシャフマ人だね?向こうでは魔法を使う人がたくさんいるんでしょ?君の魔法を見せてよ!僕の独学ではさすがにオリジナルのシャフマ魔法には敵わないんだ」
「わ、分かったから落ち着けよ」
デヴォンのかけていたメガネが床に落ちた。ザックの顔が引き攣る。
「俺はシャフマ人だ。魔法も使える。だが……レア……とかオーダム?とかは知らない。関係ないと思うぜ」
「やはりシャフマ人か。前にここに迷い込んだのもシャフマ人だったよ。彼は金髪で、君と同じ真っ赤な瞳だった。美しかったなぁ……細い体と綺麗な金髪。今思い出しても神秘だよ」
「俺も美しいだろう」
「は?……いや、失礼。君はその……瞳だけは良い色だと思うよ」
「そ、そう」
スープを啜る。魔法は入っていない。
「僕の話、聞いてくれる?僕はさ……ストワード人だけどストワード人じゃないんだ」
「どういうことだ?」
「……」
デヴォンが自分用のスープをカップに入れ、ザックの向かいに座った。
「僕は……魔法で生まれたんだ」
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