10節 剣士殺しの剣
リーリエちゃんは手に持っていたチョーカーをその場に投げ捨てる。戦いの邪魔になるからだろう。まだ腰の剣は抜く様子がない。
わたしはそれを見ながら駆け出しつつ、懐に忍ばせたスローイングダガーを二本抜き取り――
「ふっ!」
左手で二本とも投擲する。
狙うは頭と心臓。どちらも急所だ。当然、原初の魔族のような不死性でもない限り、防ぐためになんらかの行動を取らざるを得ない。
彼女のそれは、昨日も見た氷の盾だった。
かざした手の先に光が集まり、造り出された巨大な氷壁が、飛来するダガーを易々と弾く。甲高い音が鳴る。
牽制のダガーが防がれたことを確認しながら、わたしは姿勢を低くしながら盾に向かって真っすぐ駆けた。
今、両者共に視界が盾によって遮られている。直前までこれで
それに昨夜の犯人の戦い方を見るに、魔術で造れる武具は一つずつしか出せないようだった。なら、盾がこの場に出ている限り、リーリエちゃんに攻撃する手段はない――
そう考えるわたしの目の前で――盾の中央に一瞬でポッカリと穴が開き、奥から氷の槍の穂先が突き出される。
「っ――!」
寸前で横に跳び、体をずらすも、穂先は鎧の肩部分を擦り、通過していく。かすかに火花が散る。
「一つずつしか出せないと思っていましたか? 残念、同時に扱うこともできるんですよ!」
リーリエちゃんが嘲るように声を上げる。昨夜の戦いで武具を一つずつしか使っていなかったのは、本格的な戦闘に備えたブラフか。それにどうやら生み出した武具は、自由に形状を変更させられるようだ。
盾を消失させた彼女は、空いた空間を槍の刺突によって埋め尽くしていく。連続して突き出される氷の穂先を、わたしは抜き放った剣で受け流す。
昨夜も感じたが、彼女は剣以外の武器もある程度使いこなしている。おそらくは、地道な修練の賜物として。
が、一つの武器に精力を注ぎ込んでいる類――例えばシュタインのような――と比べれば、その扱いはまだまだ稚拙と言える。つまり、あまり怖さは感じない。
わたしは、続けざまに撃ち込まれていた刺突の一つ、こちらの心臓を狙った一撃をかわし、槍の側面に左篭手を叩き付けるように当て、強く弾く。
ガイン!
「くっ!?」
武器に受けた衝撃に引っ張られるように、リーリエちゃんが体勢を崩す。
その隙に踏み込み、懐に潜り込む。
距離が離れていれば槍のリーチと威力は脅威になるが、間合いの内側に入ってしまえばそれも失われる。が……
昨夜と概ね同じだ。彼女は不利になった得物を即座に消失させ、間合いに対応した武器に持ち替えようとする。
昨夜と違うのは、腰に差していた細剣を右手で引き抜いたこと。そしてその剣が氷を纏い、長さと幅を増したこと――
ギィン!
わたしが前進と共に繰り出した斬撃は、力が乗り切る前に氷を纏った細剣に防がれてしまう。しかも……
リーリエちゃんは右手の剣でこちらを押さえたまま、空いたほうの手にもう一本の氷の剣を造り出し、即座にそれで追撃してくる。
「言ったでしょう! 同時に扱えるって!」
言葉と共に二本目の剣が、首を狙って横薙ぎに襲い来る。
一歩後ろに下がりながら屈んでかわし、体勢を整える。が、今度は右手の剣がこちらを待ち構えていた。
「剣は、あたしの一番得意な武器! それを二本同時に扱えば、誰にも負けない! あなたにだって――!」
宣言し、リーリエちゃんは縦横無尽に左右の剣を振るう。
言葉通り、剣には自信があるのだろう。他の武器より鋭く、隙のない剣閃が、続けざまに襲い来る。しかし――
「……なん、で……!」
二本の氷の剣による嵐のような猛攻。それをわたしは、愛剣一本だけで全てさばいていく。相手の攻撃の道筋をずらして致命傷を防ぐ技法。その剣に触れる事叶わず――
「当たら、ない……!?」
リーリエちゃんの顔に焦りが見え始める。それを視界に捉えながら、わたしは静かに呟いた。
「――いくよ」
ギギン!
「……!?」
一瞬で左右の氷剣を弾かれ、リーリエちゃんが目を白黒させる。
そこへ滑るように接近し、通り過ぎざまに首を狙って斬りつける。
「……!」
リーリエちゃんは弾かれた両手の剣を寸前で引き戻し、かろうじてこちらの斬撃を防ぐ。が、その頃にはわたしは彼女の側面に移動し、次の攻撃の準備に入っていた。
「く……! うっ……!?」
踏み込みの勢いを乗せ、斬りつけ、相手の死角に移動し、また攻撃に移る。今度はこちらが縦横無尽に剣を振るい、一方的に攻め立てていく。リーリエちゃんはなんとか反応して防御するが、防ぎ切れなかった斬撃が彼女の肌に少しずつ傷を残していく。
やがて負傷と疲労によるものか、彼女が構えていた剣が位置を下げる。わたしはそれを好機と見て再び踏み込み、首を狙って横薙ぎに剣を振るうべく振りかぶった。が……
「ふ、ふふ……!」
苦しげにしながらもリーリエちゃんが笑い、両手に持つ氷の剣の形を変える。
全体の形状が剣であることは変わらない。ただ、刃の根元にギザギザの櫛状の歯が形作られ、陽光を浴びて鋭く輝く。
いわゆるソードブレイカーと呼ばれる武器――本来のものより遥かに巨大ではあるが――だ。このまま剣を振るえば、力が乗り切る前にあの櫛状の歯に刃を受け止められ、絡め捕られる。最悪の場合へし折られてしまうだろう。
が、そうはさせない。わたしは逆手に剣を握っていた右手首を、カクン、と外側に寝かせた。
「!?」
握っていた愛剣が角度を変え、相手が立てた氷剣の側面を滑ってゆく。予想していた衝撃がなかったことに、リーリエちゃんが戸惑う。
「……ふっ!」
氷剣を通り過ぎたところで、わたしは寝かせた手首を戻しながら改めて剣を振るう。足先で鋭く回転し、その『気』を全身で増幅させ――伝えた力と共に、右手を振り抜く。
相手の迎撃をすり抜け、こちらの刃だけを当てる技。剣士殺しの必殺剣、《透過剣》。
「……あ……」
肉を裂く感触が、手に伝わる。
首の側面を半ば以上切り裂かれ、リーリエちゃんが小さく呻き声を漏らすのが聞こえた。傷口から鮮血を噴き出しながら、彼女は仰向けにゆっくり倒れる。
「あ……が……」
首筋から流れた血が広がり、地面を濡らしてゆく。事件の犠牲者の痕跡が残る路地に、犯人の血液が混じり合う。
「く……あ……あは、は……これで、終わり、ですか……げほっ……! 残念、ではあります、けど……あなたに殺されるのなら、あたしにしては、マシな終わり方、かもしれません、ね……」
「……」
このまま放置すれば、遠からず彼女は死を迎える。傷の痛みに苛まれ、流れる血と共に体温を失い、呼吸に支障をきたし、苦しんで死ぬ。
「(――なら、早く楽にしてあげよう)」
そう考えたところで――
「アレニエさ―ん!」
ここから遠ざけていた彼女の呼び声が、路地に響いた。
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