9節 人でもなく、魔でもなく

「――手伝い、ですか?」


「うん。今、街で起こってる殺人事件の調査を依頼されててね。リーリエちゃんにも手伝ってもらえると助かるんだけど」


 翌日の昼。

 わたしは食堂で昼食を取っていたリーリエちゃんの元を訪れ、依頼の手助けをしてくれるよう相談を持ち掛けていた。傍にはリュイスちゃんも控えている。


「とにかく人手が欲しくてね。もちろん、報酬は等分に支払うよ」


「うーんと……調査はどのくらい進んでるんですか?」


「まだ手を付け始めたばかりでね。ろくに手掛かりもない状態」


 さらっと嘘をつく。


「なるほど。だから人手が欲しいんですね。……アルクスさんとシュタインさんは?」


「二人はもう出かけたみたい。だからリーリエちゃんだけが頼りなんだけど」


 そう言うと、彼女は少し考え込む様子を見せた後に。


「いいですよ。手伝います。これ食べてからでいいですか?」


 テーブルに乗った昼食を指し示しながら、こちらの提案を了承してくれたのだった。



   ***



「それで、最初はどこを調べるんですか?」


 リーリエちゃんを連れ、わたしたちは宿を出る。

 まだ日が高いのもあり、外は人で賑わっていた。昼食を終えた労働者たちが、これから業務をこなしに行くのだろう。


「まずは、被害者が襲われた場所を順に調査するつもり。えーと……」


 ソニアから借りた街の地図を広げ、×印のついた地点に視線を向ける。一番近い場所は、宿からそこまで離れていない路地裏だった。


 三人で、人の流れに逆らうように歩を進めていく。

 表通りから離れ、路地を曲がっていく度に、通行人が少なくなっていく。やがて被害者が襲われたという現場に辿り着く頃には、人の姿はすっかりとなくなっていた。


 現場と思しき路地裏は、まだ事件から日が浅い場所だったためか、人が通るのを規制するロープが張られ、通行を阻止していた。

 土が均された地面にはかすかに血の染みが残り、まだ死臭も残っているのか、死肉を狙う鳥が集まっていた。こちらを覗き込みながらギャー、ギャー、と耳障りな鳴き声を響かせている。


「……」


 隣を歩くリュイスちゃんが、ゴクリと唾を飲み込むのが聞こえた。それを一瞥してから、わたしは彼女に声を掛ける。


「そうだ、リュイスちゃん。わたしそういえばちょっと忘れ物しちゃってさ。悪いんだけど宿まで取って来てくれないかな」


「へ? 構いませんけど……」


「多分ベッドの上に置いてあるから、お願いね」


「あ、はい……え、と……じゃあ、行ってきます」


「うん。急がなくてもいいからねー」


 釈然としない表情のまま、素直に宿までの道を引き返していくリュイスちゃん。彼女の背が路地を曲がって見えなくなってから、リーリエちゃんがぽつりと呟く。


「……いいんですか? まだ明るいとはいえ、神官のリュイスさんを一人にして。事件の犯人は捕まっていないんですよね?」


「大丈夫でしょ。だって犯人は〝ここにいる〟んだから」


 数舜、沈黙が訪れる。が、すぐに気を取り直したように、彼女は口を開いた。


「な、何を言ってるんですか? ここにはあたしとアレニエさんしか……まるで、どっちかが犯人だと言ってるみたいな……」


「そう言ってるんだよ、リーリエちゃん。……いや、神官殺しの犯人さん」


 そう断言すると、彼女は少し憮然とした顔を向ける。


「……何を根拠に犯人扱いなんてするんですか。それ以上言うなら、いくらアレニエさんでも――」


「ほんとのこと言うと、手掛かりはもういくつか見つかってるんだけどね。わたしたちも昨夜襲われたばかりだし」


「え……」


「犯人は、フードと仮面で顔を隠した何者かだった。使ってきたのは、氷の武具を造り出す魔術。しかもそれで造ったのは、弓に、槍に、剣。まるで、どこかで見た武器ばかりだね」


「あたしと、シュタインさんと、アルクスさんの得物だと言いたいんですか。でも、それだけならあたしじゃなく、他の二人だって疑いは――」


「違ったんだよ」


「違った……?」


「わたしは机の上の勉強は苦手だし、推理とかもできない。でも武術に関してなら、そこそこ知ってるつもり」


 表には出さないよう彼女の動きを警戒しながら、言葉を継ぐ。


「犯人が弓と槍を使った時の動きは、アルクスやシュタインのものとは違ってた。けど、剣を扱った時の動作だけは、リーリエちゃんのそれとぴったり重なったんだよ」


「っ……! ……それは、アレニエさんがそう感じただけ、ですよね。それだけじゃ、証拠にはなりませんよ」


「それはまぁ、そうだね」


 わたしがあっさり頷くと、リーリエちゃんは少し毒気を抜かれたような顔を見せた。が、すぐに気を取り直したように言葉を続ける。


「……それに、犯人は、詠唱抜きにその、氷の武具を造り出す魔術?を操っていたんですよね? だったら、犯人は魔族なんじゃ――」


「あれ? わたし、詠唱の話はしてないけど?」


「え――あっ……」


 指摘すると、彼女は途端に狼狽える。


「でも、そうだね。無言で魔術を操ってるのを見たら、誰だって初めは魔族を疑う。けど……同じように魔術を扱える存在が、もう一つ、いるよね? ……――そう。半魔が」


「……っ!」


 リーリエちゃんが、息を呑む。そしてわたしも、この言葉を口に出すのは、未だに躊躇われる。


「……あたしが……その、半魔だって、言いたいんですか。でも――」


「うん。これもわたしのただの推測で、決定的な証拠にはならない。でももう関係ないんだ。さっき宿に戻ってもらったリュイスちゃんに、リーリエちゃんの部屋とか荷物とかを調べてきてもらう手筈になってるから」


「なっ……!」


「これで変装のためのフードとか仮面とか出てきたら、もう言い逃れはできないよね?」


 これは完全にただの出まかせ(リュイスちゃんが戻る口実を作るためにベッドには本当に忘れ物として短剣を置いてきた)なのだけど、リーリエちゃんは思った以上に動揺している。本当に物証が残っているのかもしれない。


 しばらく彼女は俯いて黙り込んでいたが……しばらくすると顔を上げ、諦めたように笑みを見せる。


「あーあ……まさか、こんなに早くバレちゃうなんて」


 それは間違いなく、犯行を認める言葉だった。


「外見は分からないように隠してたし、疑われるとしてもまず魔族の線で捜査されると思ってたから、安心してたんだけどなぁ……なんですか。あたしの動きから勘付くって。さすがにそんなの予想してませんでしたよ」


 彼女の様子は、困っているようにもおかしく感じているようにも見えた。それを視線に捉えながら、わたしは右足を半歩後ろに引いた。


「調査の手伝いを了承したのだって、まだ手掛かりは掴めてないと思ったからだし、なんなら、現場に痕跡が残ってたりしたら消すつもりでついてきたんですけどね」


「でも、疑われて、逃げられなかった」


「ええ。計画が台無しですよ。この街にはまだ神官がたくさんいるし、もっと……殺すつもり、だったのに」


 そう言うと彼女は、可愛い顔には不釣り合いの、凄惨な笑みを浮かべてみせる。


「どうしてそんなことしてるか、聞いてもいい?」


「こんなところで詳しく語るつもりはありませんが……まぁ、あたしは半魔ですから。人間たち、とくに神官からどういう扱いを受けてきたかは、想像がつくんじゃないですか? ……アレニエさんなら、特に」


 嫌でも想像できる。わたしが過去にホルツ村で受けたような仕打ちを、世の神官が魔物に向ける敵意を、彼女がその身に受け続けてきたであろうことは……って、わたしなら、って……?


「……どういう意味かな」


 言いながら、薄々気づいてもいた。けれどすぐには受け入れられない。心臓の鼓動がにわかに大きくなる。


「言葉通りの意味ですよ。アレニエさんは……〝あたしと同じ〟なんじゃないですか?」


「……」


 わたしは努めていつもの笑顔を浮かべて表情に出さないよう取り繕ったが……内心の動揺を悟られたのか、リーリエちゃんはこちらを見てにんまりと笑う。


「いえね。初めて会った時から、なんとなく親近感は湧いていたんですよ。どことなく作り物みたいな笑顔も」


 彼女もわたしに対して、こちらと同じような感覚を抱いていたのだろうか。


「それが、今の話を聞いて、より強くなった。だって、犯人の特徴を聞いても、普通の人間なら魔族の仕業としか思わないはずですもん。半魔の可能性を疑えるのは――半魔だけ」


 リーリエちゃんは少し楽しげに言葉を紡ぐ。同胞を見つけた嬉しさか。暴露された仕返しか。


「これ、なんだか分かります?」


 リーリエちゃんはそう言うと、自身の首に巻いている黒いチョーカーを指し、そして外した。すると、彼女が頭の上に結い上げていた桃色の髪から、徐々に伸びた角がはみ出してくる。魔具で魔族化を抑えたうえで、髪型で隠していたらしい。


「これは、魔力を封じる魔具なんですよ。これのおかげであたしは、人間に混じって生活しても正体がバレずに済んでいる。で、アレニエさんのその左篭手ですよ。あたしのそれと、似たような効果の魔具なんじゃないですか?」


「……ノーコメント」


 わたしが左腕に身に付けた黒い篭手――〈クルィーク〉は、魔族の職人と言われたかーさんだから造れた、かなり貴重な品らしい。そんな魔具が他にもそこらに転がっているとは考えづらい。おそらく向こうの魔具は、〈クルィーク〉よりは単純な構造。魔力を封じるだけの効果なのだろう。


「ま、いいです。これ以上は追及しません。けど、アレニエさん。もし本当に、あなたがあたしと同じなら……あたしと、手を組みませんか?」


「あなたと手を組む? ……一緒に、神官を殺して回ろうって?」


「そうしてもいいですし、この場を見逃してくれるだけでも構いません。この街ではもう続けられないでしょうけど、逃げられさえすれば別の街でまた神官を殺せますから」


「……一応聞くけど、やめる気はない?」


 右腰に差している愛剣を意識しながら、問いかける。

 一度剣を抜いてしまえば、抜くと決めたのなら、殺して止めるしかなくなる。けれど、彼女にまだ引き返す気があるのなら――


「ありませんよ。全くありません。あたしは、神官という存在が許せないんです。穢れを持ったあたしたちを嫌悪し、見下すあいつらが。あいつらに復讐することだけを胸に、今まで生きてきました。これからもそうです。だから――」


「だから、あなたはあの子も……リュイスちゃんにも、手をかけるつもり?」


「ええ。本音を言えば、昨日の依頼中にもやってしまいたかったんですけど……さすがに人の目がありましたし、まだバレる気もありませんでしたからね。断念しました」


 昨日、岩陰でリュイスちゃんの胸を揉んでいた時だろうか。すぐに駆け付けなければ、下手をすると……


「なら、答えは決まってる。――断るよ。リュイスちゃんは、わたしのもの。あの子に手を出すつもりなら、誰だろうと許さない」


「……そんな気はしてましたけど、やっぱりですか。残念です。これで、あなたを始末してこの場を逃げるしか、なくなってしまいました。でも、いいです。あなたを殺します。そして次は、リュイスさんですよ。あの可愛い神官さんが切り刻まれてどんな風に泣き叫ぶのか、今から楽しみですよ」


 そう語る彼女の表情は、強い憎しみの他に、確かな愉悦も覗かせていて……


「(あぁ……そっか。もう、戻れないんだね)」


「させないよ」


 ここで止めるしかない。リュイスちゃんが戻ってくる前に、彼女が危険に晒される前に、斬って止める。

 わたしは〈弧閃〉の柄を逆手に握りながら、前方に向かって駆け出した。

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