8節 犯人についての推察

「ソニア」


 わたしたちは宿に帰り着いてすぐ、彼女に声を掛けた。


「アレニエさんにリュイスさん、おかえりなさい。買い物は終わっ――」


「あの三人は? 帰ってきてる?」


「え? ええ。シュタインさんとリーリエさんは夕刻頃に帰ってきてからそれぞれの部屋に。アルクスさんは先ほど帰ってこられましたよ」


「そう……」


 ということは、全員アリバイがないも同然か。帰ったばかりのアルクスはもちろん、部屋に籠っている二人も、窓から抜け出すなりして外には出られただろうから。


「……何か、あったのですか?」


 こちらの様子に、ソニアが声のトーンを低める。それに合わせるように、わたしも声量を落とした。


「話があるから、昨日と同じく深夜に集合ね」


「分かりました」


 昨夜とは逆にこちらが呼び出す形で約束を取り付け、わたしたちは一度部屋に戻った。



   ***



「……そうですか。そんなことが……」


 深夜。

 ソニアの案内で例の隠し部屋に通されたわたしたちは、帰り道で襲撃された経緯を彼女に語っていた。フードと仮面で顔を隠した人物に襲われたこと。それが、街に侵入した魔族かもしれないことなど。


「その襲撃者が、事件の犯人でしょうか」


「多分ね。リュイスちゃんを――神官を執拗に狙ってたし、まず間違いないと思う」


「それで、お二人共怪我は……」


「それは大丈夫。わたしもリュイスちゃんもピンピンしてるよ」


 こちらの様子に、ソニアはほっ、と息をつく。


「しかし、昨日の今日でもう襲われるなんて……」


「それはわたしも気になってたんだよね。仮にこっちの調査状況が漏れてたんだとしても、狙われるのが早すぎるかなって」


「お二人への依頼は極秘裏に進めましたし、情報が洩れているということはないと思います。そうなると……」


「街を徘徊してた犯人に、たまたま目をつけられた?」


「もしくは、あの三人と行動を共にしたことが原因、でしょうか」


「え……? で、でも、詠唱なしで魔術を扱っていたんですから、犯人は推定魔族なんですよね? なら、エルフのアルクスさんや人間のリーリエさんたちの疑いは晴れたんじゃ……」


 疑問を呈するリュイスちゃんに、ソニアが答える。


「問題は、魔族が潜入した方法によります」


「……と、いうと?」


「通常なら、魔族が街に入ろうとしても、見た目ですぐに分かります。角や尖った耳、肌の色。他種族とは明らかに違う特徴が多いですし、衣服で隠し切れるものでもありません。城門での審査で気づかれます」


「……はい」


「仮になんらかの方法で内部に忍び込めたとしても、その後も見つからずに行動するのは難しいはずです。外見もそうですが、彼らは、扱う魔術の規模や、発する魔力などから、基本的にはとても目立つ存在だからです。ですが……犯人は実際、なんの証拠も残さずに、ここまで犯行を続けています。それはつまり――」


「……相手は、外見や魔力を偽る方法を持っている……?」


 リュイスちゃんの答えに、ソニアは頷く。


「少し前にも、人間に化けた魔族が勇者さまご一行に討伐された、という事件がありましたからね。犯人が、アルクスさんたちの姿に化けているかもしれない。その可能性は捨てるべきではないと思います。それがなんらかの魔術や加護によるものなのか、それとも魔力を抑制する魔具などがあるのかは分かりませんが」


 ちょっとドキリとする。まさに魔具で人間の姿を保っている半魔がここにいるのだ。


「そう、ですね……」


 リュイスちゃんが少ししょんぼりと俯く。共に依頼をこなしたことで情が湧いたのか、彼ら三人が犯人であってほしくないのかもしれない。わたしはそれに追い打ちをかけるように、次の問題を提示する。


「それに、推定犯人が魔術で造った武器も気になってるんだよね」


「剣に、槍に、弓、ですか。確かに、彼ら三人の得物をなぞっているようにも思えますね」


 ソニアが難しい顔をして唸る。


「しかしこれで、被害者の傷跡がバラバラだったことには得心がいきました。魔術で思い通りに武器を生み出せるのならば、凶器の特定ができないのも道理です。それに、お二人が襲われた状況をかんがみれば、複数犯の線も消えたと見ていいでしょう」


「そうだね。他に仲間が出てくる様子はなかった。単独犯だと思う。なにより……」


 先刻襲われた時を思い出す。

 不意の魔術に驚いて後手に回った部分はあったが、それを差し引いても――


「数を頼りに襲ってくる類とはものが違った。かなりの手練れだったよ。生来の能力に胡坐あぐらをかく魔族にはありえないほどの――……」


「(……魔族には、あり得ない……?)」


 自分の言葉に、自分で引っかかりを覚える。

 そうだ、あり得ない。確かにおかしい。

 なぜなら、生まれついて強大な力を有する魔族には、努力や修練は必要ない。必要がなければ、それを行うという発想も生まれない……


 ……あ、いや。一人、剣の修練をしていた魔族に心当たりはあるけれど。

 とはいえ彼は、必要に迫られてではなく趣味で腕を磨いていただけの剣術マニアだったし、今は死んでいる真っ最中だ。今回の件には関わりないし、こちらに姿を見せることがあるとしても大分先の話だろう。それはともかく。


 先刻の襲撃犯の動きは明らかに、地道な修練によって身に付けたものだと感じられた。鋭く、隙がなく、対人戦を意識した動作。通常の魔族にはあり得ない、努力の賜物……

 本来魔族にあり得ない行動を取るということは、逆に言えば〝魔族ではない〟ということになる。魔族ではなく、けれど魔族の魔術を操る者。わたしはその存在に心当たりが――この場の誰よりも――あった。つい先刻ドキリとした心臓が、再び打ち鳴らされる。


「(それに――)」


 襲撃者が使ってみせた三種の武器。それらにも引っかかるものを覚えたのは、例の三人を連想させるからだけじゃない。それぞれの武器を扱う際の動作、そのうちの一つが、記憶にあるものと重なったからだ。あの動きは、そう、今日見たばかりの――


「……アレニエさん?」


 ふと気づけば、リュイスちゃんがわたしを心配そうに覗き込んでいた。ソニアも怪訝そうにこちらを見ている。急に黙って考え込んでいたからだろう。


「ごめん。なんでもないよ。とりあえず、今日手に入れた情報はこんなところかな」


 わたしは気を取り直すようにいつもの笑顔を浮かべた。

 まだ自分の中で情報を整理し切れていないし、もしもわたしの推測通りの相手だとしたら、軽はずみに発言はできない。リュイスちゃんはともかく、ここにはソニアもいる。勘付かれる危険はわずかであろうと避けたい。


「……そうですね。まだ犯人の特定には至りませんが、手口や人数が判明したのは大きな進歩と言えるのではないでしょうか。ひとまず、当宿を利用している神官の皆さんには、こちらから注意喚起をしておきます。あとは、明日以降の調査についてですが――」


「それなんだけど、あえてあの三人に手伝ってもらって反応を見るのはどう――」


 ソニアと議論しながら、けれど頭では別のことを考えていた。

 犯人の正体。それを、彼女らに伝えるかどうか。

 明確な答えを出せないまま、夜は過ぎていった。

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