15節 多すぎる問題②

「っ!? リュイスちゃん……!?」


 何が起こったのか気付き、周囲に見えないように(といっても誰もいないはずだが)アレニエさんが咄嗟とっさに私に覆いかぶさる


 右目に魔力が集まり、瞳を勝手に開いてゆく。水のような、炎のような、揺らめく青い光が瞳に宿り、視界を淡く染める。

〈流視〉がまたひとりでに開いたのだ。右目にはここではないどこかの映像が濁流だくりゅうのように流れ込んでくる。


 今度は、アルムさんの視点ではない。遥か上空から、大地を見下ろすようなかたち。空を飛ぶ鳥の目で地上を見下ろせば、こんな景色になるだろうか。

 視点の先には広大な平地と、大きな森林――ここから近い場所だと、ノルト大森林だろうか?――。そして、平地に整然と並んだ大勢の人々。彼らの多くは全身に黒や白の甲冑を着込み、手に手に武器を持っている。


 軍隊……? ……もしや、街の外に展開されているという帝国軍?

 ときの声を上げ進軍した彼らは、前方に布陣された別の軍隊――おそらく、ルーナ王国の軍だ――と衝突し、互いの陣形が崩れるほどの乱戦になってゆく。そこへ――


「(え……!?)」


 突如森林から現れた別の軍が、ルーナ王国軍の側面を突き、打ち破っていく。

 いや、軍隊というほど統制は取れていない。それは、大小様々な背丈の人型の生き物と、人以外の生き物とが混ざり合った集団……


「(魔物の、大群……!?)」


 ルーナの軍も森林からの伏兵に警戒していたようなのだけど、まさか魔物が大挙して押し寄せるとは思わなかったのだろう、虚を突かれ、撃破されてしまい、やがて、散り散りになって逃げ惑う。

 そして信じられないことに、帝国軍と魔物の大群は争い合うことなく合流し、一つの大きな流れとなってそのまま南下してゆく……


「(どういうこと……? 魔物が、帝国軍と連携して動いてる……!?)」


 疑問に思うも、答えは出ない。映し出される光景はそこで途切れ、私の意識は現実へ引き戻される。


「……」


「リュイスちゃん……大丈夫? ……今度は、何が見えたの?」


「アレニエさん……アレニエさん!」


 私は彼女の肩にすがりつき、慌てて今見えたものを説明しようとする。


「このままじゃ、まずいんです……! 魔物が……大量の魔物が、帝国軍と……!」


「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて。魔物? 魔物が見えたの?」


「そうです! 魔物の大群が……!」


「魔物の大群が?」


「帝国軍と協力していて!」


「……はい?」


 さすがに予想外の返答だったのか、アレニエさんがぽかんとした表情を見せる。

 私は慌てながらもなんとか今見たものを伝えようと苦心する。つたないその説明を、彼女は根気強く聞いてくれた。


「――……つまり、このままじゃ帝国と魔物の混成軍がルーナ王国を、どころか、その先のパルティールを襲うかもしれない……?」


 彼女の言葉に、私は無言でコクコクと頷く。


「それはさすがにまずいかも……あ、でも……」


 不意に何かを思い出したように、アレニエさんが虚空を見上げる。


「パルティールには女神――アスタリアの張った結界があるんだよね? 強い魔物は侵入できないって話だし、なんとかならないかな?」


 それは、以前戦った魔族の将軍、〈暴風〉のイフから聞いた情報だ。パルティール周辺――正確には、女神が眠ると言われるオーブ山を中心として――には結界が施されており、強い穢れを持つ魔物ほど近づけないのだと。しかし……


「いえ……思い出してください、アレニエさん。イフはこうも言っていました。「土地を穢しアスティマの領土とすることでアスタリアの力は弱まり、結界は縮小する」と」


「あ」


「戦争となれば、敵味方に多くの死傷者が――多数の死体が出てしまいます。特に魔物の死体は、多量の穢れを発生させる……それらが浄化されず、土地を穢してしまえば……」


「結界は弱まって、強い魔物も魔族も入り放題になる。……魔物側の狙いは、それか。確かに、まずいね」


 さすがに神妙な表情を見せるアレニエさんに対して、私は必死に主張する。


「とにかく、このまま魔物を放っておくことはできませんし、戦争も止める必要があります。どうにかしてその手段を探して――」


「待ってよ。それも大変だとは思うけど、こっちだって余裕はないよ。夜までに場所と相手を確認して処理しないと、アルムちゃんが死んじゃう。それにそもそも、わたしたち二人だけで戦争を止めるのは、現実的じゃないよ」


「あ、うぅ……でも、なんとか……なんとか、しないと……」


 八方塞がりな状況に、頭を抱える。私たちの身体は一つしかなく、伸ばせる腕にも限りがある。のみならず、伸ばしたとしても確実に助けられるとは限らない。

 と――


「――どういうことだ?」


 観客席への通用口から現れたヴィドさんが、こちらに歩み寄ってきた。傍らにはジャイールさんも一緒だ。私たちが戻らないので様子を見に来たのだろう。……今の話を聞かれてしまっただろうか?


「勇者や今回の戦争に関してはまだ分かるが、魔物だと? いったいなんの話をしている?」


「え、と……その……」


 どうやら、断片的にではあるがこちらの会話を耳にしていたらしい。問い詰めるヴィドさんに、私はどう言ったものかとおろおろする。


「――魔物の大群が、このデーゲンシュタットの街に接近してるらしくてね」


 !? アレニエさん!?


「魔物の大群だと? そんな情報を、この閉鎖された闘技場で、どこから入手した?」


「さっき見回りに来た兵士が話してたのを耳にして」


 彼女は笑顔で平然と嘘をつく。ヴィドさんはその真偽を見極めるためか、じっと睨みつけるが……アレニエさんは微塵みじんも表情を崩さない。


「……フっ、分かった。ひとまずそれについてはいいだろう。だが、夜までに処理せねば勇者のお嬢さんが死ぬ、というのは? 何か明確な根拠でも?」


「そっちは、ちょっとあてがあってね。アルムちゃんを誰かに引き渡す手筈になってるらしいんだけど、そのタイムリミットが今日の夜」


「ふむ……つまり君たちは、以前と同じく、勇者を救うために奔走ほんそうしている、と?」


「まぁ、そういうこと。例の如く、詳細は語れないけどね」


「機密か。まぁ、そういう依頼も多いからな」


 あ、意外と納得してくれそう?


「それで、勇者一行を助けたいし戦争も止めたいし魔物もどうにかしたいが、手が足りなくて困っていたというところか、先程のリュイス嬢は」


 改めて指摘されるとちょっと恥ずかしい……


「ならばどうだろう、アレニエ嬢。我々を再び雇ってみる気はないか?」


「あなたたちを?」


「おい、俺もかよ?」


 自然に数に入れられていたジャイールさんが抗議するが、ヴィドさんは相手にせず話を続ける。


「手が足りないのだろう? 今この街で、君らの事情を呑み込んだうえで協力してくれる相手というのは、得難いと思うが?」


「……そうだね。それはこっちから頼みたいくらい。お願いできるかな。あ、リュイスちゃんも、いいよね。手が足りないのは本当だし」


「え、あ、はい」


「それで、あなたは?」


 全員の視線が、ジャイールさんに注がれる。彼は数瞬たじろぐが、やがて息をつき、私たちに目を向ける。


「……ま、どのみちこんな場所にいつまでも閉じ込められる気はなかったからな。脱出するついでに、お前らを手伝うのも悪かねぇか」


 その言葉を受けて、ヴィドさんが口火を切る。


「ならば速やかにここを抜け出さなくてはな。まずは本当に魔物が迫っているかを、街に出て確認したい。もしそうならば戦争どころではないだろうし、どう対処するつもりなのかも聞けるかもしれん」


「それなら、わたしたちが泊まってた冒険者の宿に行ってみる? 軍の兵士より話を聞きやすいし、一般には流れない情報も入ってるかもしれないよ?」


 その言葉に全員が頷き、目的を一つにする。

 目指すは冒険者の宿、〈盾の守り人亭〉。そこへ向かうため、私たちはこの闘技場を後にするのだった。

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