14節 多すぎる問題①

「――我らはこれより、パルティール王国に宣戦を布告する!!」


「「「はぁ!?」」」


 皇帝の宣言に、私とアレニエさん、それにジャイールさんは、思わず驚愕の声を漏らす。ヴィドさんは声こそ上げなかったものの、しっかり驚いてはいるようだった。フードの奥の目が見開かれている。


「おい、おいおいおい……何言ってやがんだあの皇帝? 勇者の嬢ちゃんを捕まえたと思ったら、今度はパルティールに戦争仕掛けるだぁ? 魔王はどうする気だよ? 神剣じゃねぇと倒せねぇんだろ?」


 ジャイールさんの疑問に、胸中で頷く。


 魔王は不滅の存在であり、通常の手段ではわずかに傷をつけることしかできない。

 唯一その命に届くのが、勇者の持つ〈神剣・パルヴニール〉なのだが、それも一時の死でしかなく、おおよそ百年の眠りを経た後に魔物の王は甦る。何度でも。


 そして魔王が目覚めるのと時を同じくして魔物の行動が活発化し、その数も増殖すると言われている。放置すれば、増え続ける魔物にいずれ世界中が呑み込まれてしまう、と。


 勇者が魔王を討伐する必要があるのは、そのためだ。魔王を討つことで魔物の数も行動も減少すれば、勇者以外の人員でも対処できるようになる。


 これは子供でも知っているおとぎ話であり、現実に知られている世界の仕組みだ。

 その勇者を、皇帝は捕縛した。勇者と魔王の仕組みを理解していないわけではないだろうに。


「それにパルティールを攻めるって、ここからどれだけ離れてると思ってんだ? 軍を移動させるだけでも手間だし、途中にはルーナ王国もあんだぞ? そことも戦争する気かよ?」


「――しっ。あの人また何か言うみたいだよ」


 アレニエさんの制止の声に促され、再び戦場に目を向けてみれば、皇帝が身振りで聴衆を静まらせ、その口を開くところだった。


「唐突に戦を仕掛けると言われたところで、勝算があるのか不安に思う者も多いだろう!! だが問題はない!! 奴らは自国が攻められることを想定しておらず、戦の経験もわずかばかりしかない!! この戦でも、その対応は間違いなく後手に回る!! 対して我らは、魔物との争いで常に己を鍛え上げている!! その帝国が誇る騎士団五百騎と、百人の神官、百人の魔術師、そして精強なる帝国兵士四千三百人、合わせて五千の軍勢を、既にデーゲンシュタットの街の外に展開済みだ!!」


 街の外に展開済み……!? いつの間に? ……もしかして、私たちが闘技場の予選を観戦している間に……?


「同時に、この闘技場と街の出入り口は封鎖させてもらった!! 我らが同胞、帝国の民には不便をかけぬが、その他の旅人たちにはこの場で人質になってもらう!!」


 ざわり、と、ざわめきが広がる。帝国民以外は、この闘技場から出られないということ……? 寝食もここで過ごせ、と……?


「この場に集った出場者たちに関しても同様、基本的には無力化し、拘束させてもらう!! しかし、我らの理念を理解し、共にパルティールを攻めるという者がいるならば、積極的に登用するつもりだ!!」


 アルムさんたちを捕らえた騎士に、待機していた残りの騎士も加わり、本選の出場を待っていた戦士たちに意思確認を行ってゆく。多勢に無勢と分かっているからか、面倒を嫌ってか、あるいは未だに状況を把握できず呆然としているからか、とりあえずこの場で抵抗する者は現れなかった。


「そして、それだけでは終わらない!! 我らにはさらなる秘策がある!! それをもってすれば、必ずや勝利は我ら帝国のものとなるであろう!! ――帝国に勝利あれ!!」


「「「……うぉぉぉぉー!」」」

「「「帝国に勝利あれ!」」」

「「「帝国に勝利あれ!」」」


 熱狂が、闘技場に広がってゆく。

 始めは戸惑っていた観客たちの、およそ半数以上は、皇帝の言葉に触発され、口々に自国を称える言葉を響かせる。


 しかし残りの半数近く、おそらく私たちと同じような他国からの観光者たちは、不安な様子を隠せず、さりとてどうすればいいかも分からず、その身を固くし、茫然としていた。


「……やられたな」


 ヴィドさんがぽつりと呟く。


「あの皇帝はおそらく、闘技大会で人が集まる時を狙っていたのだろう。腕の立つ人員がここに集まるということは、その人員がいた国は逆に戦力が低下するということだ。名のある戦士をここに留め置くために、このタイミングで事を起こした……そこに勇者一行もいたというのは、偶然にしてはできすぎている気もするが」


 あ、そうか……ヴィドさんは、アルムさんたちが帝国から招待状を貰っていたことは知らないんだ。と言っても、私たちも知ったのはつい先日、偶然だったのだけれど。


「……こないだ会った時、招待状を貰ったって言ってたよ」


 アレニエさんが何やら考え込みながら漏らした呟きに、ヴィドさんが反応する。


「この闘技場に、わざわざ招待した? それは……もしや始めから、勇者を捕らえる目的で誘き寄せた、と?」


「……下手すると、そうなんじゃないかな」


「勇者を捕らえてどうなる? あの皇帝がパルティールに関わる者を嫌っているのは理解させられたが、国同士がいさかい合っていたとしても、勇者の行動には干渉しないのが、この世界の常識ではないのか? でなければ、いつどこの国が魔物に滅ぼされるとも知れんのだぞ」


「そうなんだよね……どういうつもりなんだろうね」


 アレニエさんが珍しく眉間にしわを寄せて考え込む。そこにジャイールさんが口を挟む。


「難しいことなんざ考えてねえんじゃねぇか? パルティールをぶっ潰せればそれで満足とかよ」


「為政者がそんなことでは困るのだがな。パルティールを攻めている間に魔物の襲撃にあった場合どうするというんだ」


「その辺に残ってる騎士連中がなんとかするんじゃねぇのか?」


「そいつらはおそらく、大会出場者の捕縛と監視にかかりきりだろう。帝国の保有戦力がどのくらいかは知らないが、五千もの軍勢を遠征させるとなれば、そこまでの余力があるとは――」


 二人はそのまま口論を続けるが、アレニエさんは難しい顔をして黙り込んだままだった。少し心配になり、様子を窺っていたのだが……


 彼女は突然顔を上げると私の手を取り、少し強引に引っ張る。


「行こう、リュイスちゃん」


「え、ア、アレニエさん?」


 彼女に連れられて観客席を抜け出し、一般通路の柱の陰に身を隠す。幸いなことに帝国の兵士は付近にいない。まだここまで手が回っていないのだろうか。


 アレニエさんは私を壁に押し付け、両手をついて身動きを封じる、こんな状況だというのに、密着して少しドキリとしてしまう。彼女はそのまま真剣な表情で、囁くように口を開いた。


「すぐにここを出よう」


「ここを、出る? で、でも、闘技場も街も、出入り口を封鎖されてるんですよね?」


「そんなの、わたしとリュイスちゃんならなんとでもなるよ」


 強引に突破するってこと? 確かに、私はともかくアレニエさんなら、騎士や兵士の一人や二人、難なく対処できるだろうけれど。


「それに、勇者さまは……アルムさんたちは、どうされるんですか? このままでは、どんな目に遭うかも分かりませんよ? もしかしたら、処刑されてしまうかも……」


 実際先刻、皇帝は殺意を持ってアルムさんに斬り付けていた。今は捕縛で済んでいるが、この後で殺されないという保証は……


「まさか長髪男がこの国の皇帝なんて思わなかったから、わたしもさっきは気が動転して飛び出しそうになっちゃったけど……思い出したんだ。こないだその『目』に見えた光景では、アルムちゃんがここで死ぬ流れは回避されてたんだよね?」


「……あっ」


 そう言われてようやく、私も思い出した。


 先日の勇者一行との合同稽古の後、改めて開かれた〈流視〉に映されたのは、この闘技場で長髪の男――皇帝と戦ったアルムさんが捕縛され、その後……


「アルムさんたちはここで捕縛された後、夜になってから街の外に移送されて、そこで、顔を隠した誰かに引き渡されて……殺されてしまう……」


 私の言葉に、アレニエさんは壁についていた手をどけて、満足げに頷く。


 そう。この街に来て最初の日に見えた流れでは、アルムさんは先ほどの皇帝の凶行の際、斬撃を防ぐことができずに死んでいる。

 しかし合同稽古を経て、アレニエさんが教えた防御の技が、皇帝の剣からアルムさんを救い、その先に新たな流れを生み出した。

 つまり、〈流視〉に見えたものが正しければ(といって、正しくなかったことなど無いのだが)、少なくとも夜までは、アルムさんたちが殺されることはないという保証になる。


 私たちがこの闘技場に来たのは、そもそも捕縛されるのを事前に防げれば、という思いからだったのだけど……相手がこの国の皇帝だったという驚きから、そのまま状況に流されてしまった。けれど、まだ間に合う。


「そこからは、これまでと同じだね。流れをき止めている元凶を、わたしたちが先に見つけ出して叩く」


 それが叶うなら、再び新たな流れを、アルムさんたちが生き延びられる未来を、生み出すことができる。


「でも……戦争は、どうするんですか? このままでは、パルティールが攻め込まれてしまうんですよね?」


「極端なことを言えば、わたしたちの依頼と今回の戦争とは、直接関係はない」


「え……」


 関係がない、って、そんな……


「パルティールが、標的にされてるんですよ? アレニエさんにとっても、第二の故郷なんでしょう? あそこには、オルフランさん――アレニエさんの、お義父さんだっているのに……」


「そりゃ、ちょっとは心配もあるけどね」


 少し困ったような表情で、アレニエさんが笑顔を浮かべる。


「けど、帝国軍がパルティールに向かうには、まずルーナ王国を攻めきゃいけない。さすがにそれを無傷で通るなんてできないはずだし、帝国はそのうえでパルティールの軍ともやり合うことになる。秘策がどうとか言ってた気もするけど、今回の戦争は最初から無謀だし、破綻してるんだよ。それに……」


「それに?」


「パルティールは、そんなにやわじゃない。国自慢の聖騎士だっているし、リュイスちゃんの師匠のあの人もいる。いざとなったら、うちのとーさんもね。だから、きっと大丈夫だよ」


「……」


 確かに、そうかもしれない。心配が先に立ってしまったけれど、冷静に考えれば上手くいく要素のほうが少ない気がする。

 けれど、なんだろう、この不安感は。胸の内にずっと嫌な予感がくすぶって、消えてくれない。次第にそれは、体を伝って目のあたりにまで登ってきて――


 コォォォォ――……


「え……」

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