エピローグ 二人の旅

 あれから。

 わたしたちは、森で襲ってきた魔物、イフの部下、それから念のためイフの鎧も含めてリュイスちゃんに法術で焼いてもらい(穢れをそのまま土に埋めるのは大地の女神への冒涜になる)、それぞれに埋葬した。イフの墓に中身はないが、一応遺品だけでも。

 墓標になりそうな石が手近になかったので、代わりに兜を置いといた。


〈ローク〉はイフの遺言(?)通り、戦利品として持っていくことにした。かーさんの形見として手元に置いておきたい気持ちもあったし、この機に使える武器を増やしておくのも悪くないと思う。



 黄昏の森を後にしてからは、立ち寄ったエスクードの村で馬を返してもらい、元来た道を辿って帰路につく……のは、わたしが橋を壊したから無理なので。南下し、エステリオルの港町の一つ、ベベルの街まで足を延ばした。上手く交易船の出航と重なれば、スムーズに王都に帰れるかもしれない。


 港までの道中、野営の場で、わたしの過去はリュイスちゃんに全部話した。もう隠す気もなかったし、むしろ彼女には知っておいてもらいたかった。


「……それで、アレニエさんはこの依頼を引き受けてくださったんですね」


「まぁ、結局勇者に会う機会はなかったけどね」


 その勇者だけど、交易船(ちょうどクラン行きのものがあった)に乗ってクランの街まで辿り着いたところで、妙な噂を聞いた。なんでも、(わたしが壊した例の)橋を渡れず立ち往生していたところで、さらに何事かあったらしく、そこからパルティールの王都まで戻ったというのだ。


 わたしとリュイスちゃんは顔を見合わせて互いに疑問を呈する。とはいえ、こんなところで悩んでもいても真相は分からないため、とっとと帰るに限るのだけど。


 クランまでくれば、王都までは目と鼻の先だ。

 行きと違い、なんの妨げもなく下層に帰り着いたわたしたちは、真っ先にうちに向かった。扉を開け、来客の鐘を鳴らし、とーさんに無事な顔を見せ――


「――リュイスっ!」


「え――し、司祭さまっ?」


 ――る前に。

 それまで座っていた椅子を立ち上がった勢いで蹴倒し、あの人――私服姿のクラルテ・ウィスタリアが、一目散にリュイスちゃんに駆け寄り、その身を抱きしめていた。


「司祭さま、どうしてここに……」


「色々ありすぎてアイ……オルフランのやつに愚痴ってたのよ! 貴女の依頼の件だけでも心配だったのに、お勤めやら司教選挙やら勢力争いやらで忙しすぎるし、そのうえあの女が貴女を狙ってたって聞いて……!」


「……すみません、ご心配をおかけして……けれど、アレニエさんのおかげで、こうして無事に帰ってこれましたから。……だからその、司祭さま? 少しお力を緩めてくださると……」


「本当に、無事で良かった! 良かった……!」


「あ、あの、しさい、さま……くる、し…………きゅう」


 あ、落ちた。


「離してやれ。無事じゃなくなってるぞ」


 とーさんのその指摘で、ようやく目の前の少女がぐったりしているのに彼女も気づいたらしい。


「え? ……あぁ!? リュイス!? 一体誰がこんなことを!?」


「お前だ、酔っ払い」


「酔ってないわよ!」


 酔ってるなぁ。


 彼女は泣きながらリュイスちゃんをガクガク揺さぶっている。心配で堪らなかったんだろうけど……あの人酔うとめんどくさいんだよなぁ。

 まぁ、向こうは一旦放っておいて……


「――ただいま」


「……ああ」


 改めて、とーさんに無事に帰れたことを伝える。

 とーさんは相変わらず無表情だったけど、わたしの顔を見てわずかに表情が和らいでいた。やっぱり心配してくれてたみたいだ。まぁ、それが済んだらすぐに仕事に戻ってしまったけれど。


「やっと帰ってきやがったか、〈黒腕〉」


「ん?」


 続けて声のしたほうに顔を向けてみれば、普段は見ない顔ぶれがテーブルの一角を陣取っていた。


「誰だっけ?」


「てめぇ、こないだ会ったばっかだろうが!」


「もう忘れたのか鳥頭!」


「うそうそ、ちゃんと憶えてるよ。わたしとリュイスちゃんに性的に乱暴しようとしてた野盗の皆さんでしょ?」


「その呼び方はやめろ……!」


「人聞き悪ぃだろ……!」


 周りの目を気にしてか、気持ち声を潜めつつ抗議してくる例の襲撃者の皆さん。人聞き悪いことした自覚はあったんだ。


 そんな風に仲間がギャーギャー騒ぎ立てる中、気にせず酒杯を傾けているのが二人。意外にも、一番激昂してきそうなあのなんとかくん――ジャイールとか言っただろうか――と、こちらは意外でもなんでもない、フードの彼だった。


「どうやら、無事に依頼は達成できたようだな」


「まぁ、なんとかね。ちょっと死ぬかと思ったけど」


「ほう? 君がそう言う程の手練れがいたと?」


「手練れ……うん、そうだね。かなり手強くて面倒なのが、ね」


 思い出してちょっと頭が痛くなる。もう一回やり合うのは遠慮したいなぁ。


「お前がそうまで言う相手なら、オレも手合わせしてみたかったがな。ヤっちまったのか?」


「あー……うん。もう首落としちゃった」


「そいつは残念だ」


 相変わらず血の気の多い大男の彼に苦笑しながら、言葉を返す。

 嘘はついてない。確かに首は落とした。それでもまた後日来るらしいのが問題なんだけど。


「そういえば、そっちはそっちで色々あったんだって? なんかパルティールに魔族が出たなんて噂も聞いたけど」


「そうだ聞いてくれよ〈黒腕〉! お前の依頼受けて街に行ったらよぉ!」


「魔物が衛兵で!」


「魔族が領主だったんだ!」


「なに言ってるの、このひとたち」


 なんだか要領を得ない彼らの言は置いておき、一番話の通じそうなフードの男に視線を向ける。


「実際、こちらも色々とあったのさ。いや、簡潔に語るなら、今言った通りのことでしかないんだが……さらにそこに勇者まで現れてな。オレとジャイールは面白そうだからと顔を拝みに行ったんだが」


 聞き捨てならない台詞に、わたしは反射的になんとかくんに尋ねていた。


「勇者に……会えたの?」


「ああ。なかなか面白いやつだったぜ」


「……そう……」


 どう面白かったのか、ここで根掘り葉掘り聞くこともできた。が、やはり自身の目で確かめなければ納得は得られまいと、そこで口を噤む。


「さて。それよりそろそろ報酬を頂きたいところなのだがな、アレニエ嬢」


「ん? あぁ、そうだね。ちゃんと足止めしてくれたみたいだし、わたしたちも無事に帰れたしね。……とーさーん。このひとたちに、わたしの報酬から分けてあげて――……」


「「「……ひゃっほぉぉぉう!」」」


 そうして報酬を受け取った彼らはその場で宴会を始め、うちの売り上げに貢献してくれる。

 無事に目を覚ましたリュイスちゃんとわたしも、依頼を無事に終えられた記念ということで便乗し、その宴会に参加する。


 普段あんまり飲まないけど、こういう時にたまに飲むのは好き。あまり酔う体質じゃない(これもクルィークの影響かもしれない)ので、雰囲気を楽しむ程度だけど。

 加えて、一緒に呑んでいたリュイスちゃんも、少し飲んだらもう酔いが回って眠ってしまったので、わたしは彼女を連れて早々に宴を離れることにした。



 酔いつぶれた彼女をわたしの部屋まで運び、初めて会った時と同じようにベッドに寝かせる。

 あ、別に変なことはしてないよ? 彼女のベッドに潜り込んだ以外は。


 実際、特別になにかしたいわけじゃない。ただ彼女の傍で、彼女の体温を感じて、一緒のベッドで寝たかっただけ。抱きしめたかっただけ。自分の部屋で、しかも心を許した相手なら、例の癖で腕を折ることもない。


 願い叶ってわたしは幸せな一晩を送り、翌朝、寝起きの彼女に怒られた。そんなやり取りすら初めての経験で、なんだか嬉しい。



 そうして、賑やかで楽しかった一晩は終わりを告げ、彼女が帰る時間がやってくる。

 神殿にも事の次第を報告しなければならないし、そもそも、わたしたちそれぞれに自身の生活がある。できれば、ずっと一緒にいたいけど。


「じゃあ、ここでお別れだね」


「はい……お世話になりました」


「こっちこそ、いろいろありがとね」


 出会ってまだ少ししか経っていないのに、離れるのが寂しい。けれど、わたしも彼女もこうして生きている。

 その気になればいつでも会えると自分を納得させ、彼女を見送る。


「また、いつでも遊びに来てね。依頼なんてなくてもいいから」


「……はい。また来ます。絶対」


 リュイスちゃんの事情からすれば、今回のような特殊なケース以外では、気軽に外出することもできないはずだ。それでも彼女は「また来る」と言ってくれた。その気持ちが、今はなにより嬉しい。


 彼女が背を向ける。それぞれの生活に戻っていく。わたしたちの旅は、とりあえずの終わりを告げた。――はず、だったんだけど。



  ***



 リュイスちゃんが神殿に戻って数日。

 急な依頼もなく、かといって自分で探しに行く気にもなれないわたしは、いつもの席でぐでっと日向ぼっこしていた。窓越しに差す陽の光が暖かくて気持ちいい。


 他の冒険者は出払っており、店内にはわたしととーさんしかいない。昼寝には最適だ。

 しかし昼間からゴロゴロしているのを見かねてか、掃除していたとーさんが声をかけてくる。


「暇ならこっちを手伝え」


「やだよー……眠いし……」


「なら、外に出たらどうだ。噂じゃ、勇者が戻ってきてるらしいぞ」


 そう。その話があった。道中聞いた勇者の動向の続きだ。

 なんでも、勇者と共に旅立った守護者の一人、神官の少女が、例のなんとかという司祭(リュイスちゃんに刺客を差し向けたあれだ)の弟子だったらしい。


 少女は師が捕縛されたと聞き、心配でいてもたってもいられなくなり、王都まで戻ってきたのだとか。弟子にとっても、今回の件は寝耳に水だったらしい。


 だから、今は同じ王都に勇者も帰ってきている。とはいえ……


「どうせ王都の中じゃ下層民は近づけないでしょ……別にいいよ……」


 多分、掃除の邪魔だから追い出したいんだろうけど、わたしはここから動く気はないよ。眠いし。リュイスちゃんが来たりしたら考えるけど。


 と、本格的に夢の世界に旅立とうとしていたわたしの耳に、入り口の扉が勢いよく開け放たれる音が聞こえてきた。同時に、けたたましい来客ベルの音。


「アレニエさん! いますか!?」


 そして、今思い浮かべていた当の本人の声が、人気のない店内に響いた。


「……あれ、リュイスちゃん? もう遊びに来てくれたの?」


 報告とか日々のお勤めとかで忙しくなるらしいし、『目』のせいで外出も厳しいって聞いてたから、こんなに早く再会できるとは思ってなかった。


 彼女は店内を見回し、わたしを見つけるなり急ぎ足で真っ直ぐ向かってくる。そして手を取り、とーさんに声をかけつつ、階段に向かう。


「すみません、ちょっとアレニエさんお借りします!」


 借りられた。どうも遊びに来たわけじゃなさそう。

 彼女はそのままわたしの部屋まで向かい、中に入り扉を閉める。勝手知ったるわたしの部屋。


「どしたの? リュイスちゃん」


「実は、その……」


 言いづらいことなのか、彼女はやや躊躇いがちに口を開く。


「今、王都に勇者さまが帰ってきてるんですが……」


「そうらしいね。噂には聞いてるけど」


「実は、勇者さまが総本山に立ち寄った際に、私も一目見たんですが、そうしたら、その……」


 あ、なんかピンときた。


「もしかして……」


「……はい、そのもしかして、なんです………先日の依頼からすぐにこんなお願い、本当に申し訳ないと思っているんですが……」


 わたしの手を取り、真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳。わたしもそれを真っ直ぐに、期待を込めながら、見つめ返す。


「わたしと一緒に、勇者さまを助けてください!」


 初めて会った時と同じ彼女の言葉に、わたしは笑顔を返す。

 勇者の旅の裏側で、わたしたちの旅も、まだまだ続いていくみたいだ。



  ***



 ――子供のころ、好きだった絵本がある。


 題名はもう忘れたけれど、内容は、勇者が仲間と共に旅をして魔王を倒しに行く、というありふれたものだった。


 神さまが造ったというすごい剣を手にした勇者は、仲間と一緒に旅をしながら、立ち寄った村や街の困りごとを解決していく。


 弱い人や困っている人の味方で、強くて悪い魔物を退治して、最後には一番悪い魔王も倒して、たくさんの人を助ける勇者さま。


 そんな、どこにでもあるようなそのお話が、わたしは好きだった。

 うちに一冊だけあったその絵本を、擦り切れるくらいに何度も、何度も、読み返した。

 時には、夢の中でその続きを見ることさえあった。


 ずっとずっと、勇者に憧れていた。

 結局、先日の旅で勇者に直接会うことはできなかったけど。

 ――今わたしは。憧れていた勇者を裏側から助ける仕事をしている。


 1章 終

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