2章
幕間1 ある魔族は踏みにじる
魔物と人間との領土の境界線に当たる場所。人間共が〈ラヤの森〉だの〈黄昏の森〉だのと呼ぶ森にあたしは来ていた。
昼でもなお薄暗いほど樹々が茂った森の中を、あたしは散歩でもするように歩いていく。
普段は徘徊しているはずの魔物共は、今は付近に見当たらない。あたしの魔力に恐れをなして逃げ出したのだろう。気分がいい。
それは、しばらく歩いた先に見つけたもので最高潮を迎える。
見つけたのは、兜だ。全体を漆黒に塗り固め、所どころを金で装飾を施してある。
生い茂る樹々の一つ、その根元にぽつりと置かれた兜は、まるで誰かの墓標のように見えた。
いや、見えるだけではなく、それは本当に――
「――まさか、お前がやられるなんてな」
高い声を目一杯低く鳴らし、あたしは呟く。
森には不釣り合いな黒いドレスと、背中まで伸ばした金の髪を揺らしながら、兜が置かれた木の前まで足を運ぶ。そして……
ガっ
小さな足で、眼下の兜を足蹴にする。
「いつもいつも偉そうにふんぞり返っていたくせになぁ。キヒヒ……ざまぁねぇぜ」
あぁ、愉快だ。
あのイフが。〈暴風〉と呼ばれた魔将が。選ばれて間もない人間の勇者ごときに遅れをとったのだ。こんなに愉快なことはない。
あたしは兜を踏みつけていた足をわずかに上げ……次には勢いよく蹴りつける。
ゴギン!
静けさに包まれた森に、鈍い音が響く。
あたしの華奢な足で蹴りつけられた兜は、周囲の地面ごと陥没していた。ひび割れた土からは兜と同じ意匠の鎧が顔を覗かせている。
「蘇生が終わるまで地の底で見てなよ。お前の代わりに、このあたしが、勇者を始末しといてやるからさぁ。キヒ、キヒヒヒヒ……!」
魔物が棲みつく暗い森の中、あたしの哄笑だけが辺りに響き渡っていた。
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