12節 初陣

 私の相手は二人。

 向かって右に、全身に鎧を着込み斧槍ハルバードを持つ戦士。左には、短剣を握った盗賊風の男。

 どちらもニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見ている。彼らをここから先に通さないのが私の役目だ。


「なんだ? 俺らの相手は神官の姉ちゃんか?」


「〈黒腕〉に泣きつかなくて大丈夫か、お嬢ちゃん」


 予想はしていたが、相当に侮られている。が、私はそれらをあえて聞き流し、彼らに問いかけた。


「アレニエさんも言っていましたが、ここで引く気はありませんか?」


「ないな」


「〈黒腕〉を討ち取れるうえに、お前さんみたいな上玉までおまけについてくるんだ。見逃すわけないだろ」


「……そうですか」


 やはり、聞く耳は持たないみたいだ。

 改めて覚悟を決め、私は両の手を組み、祈りを捧げる。


「《……どうか私に与えてください、アスタリアよ。天則を通して星の導きを……諸悪を打倒する正心を。攻の章、第――》」


「させるかよ!」


 法術を唱え始めた私に、そうはさせじと男たちが向かってくる。


 詠唱を始めれば、相手が阻止しようとしてくるのは予想出来ていた。

 私を非力な神官だと侮っているのも、彼らの態度から容易に察せられる。

 だから、隙をつくなら今しかない。


 即座に詠唱を破棄し、構えを取る。

 右拳を腰の高さに、左手を顔の前に掲げ、両足を軽く前後に開き、腰を落とす。

 掴みかかってくる戦士風の男(よほど油断しているのか武器を使おうともしていない)の手をかい潜り、軸足を捻り生み出した『気』を拳まで伝え、男の顔面に叩きつける!



  ――――



 力で劣る人間が魔物に対抗する方法は、主に三つ。

 一つは、術式。法術や魔術などの、魔力を用いるもの。

 一つは、技術。創意工夫を凝らした、武器や道具の数々。


 そして最後の一つが、武術。身体を動かす際に発生する力、『気』を行使し、戦う技法。

 その原型は、戦の勝利を司る神、〈戦神〉スリアンヴォスから、彼に仕える神官の一人に直接伝えられたとされる(彼は後に〈戦神の剣〉と呼ばれ、修得した技を人々に伝えることに残りの生涯を費やしたという)。


 人々は伝えられた技の鍛錬と研究に励み、その過程で新たな知見を得る。

 本来は多くが体の外に逃げ無駄になってしまう、身体を動かす際に発生する力。それを逃がさず集め、一気に解放すれば、瞬間的により大きな力に変えることができる――と。


 いつしかその技術、あるいはそれによって運用される力自体のことを、『気』と呼ぶようになる。

 神が授けた武の基礎。人が見出した『気』の技術。二つが組み合わさり、武術という、人類独自の武器が生み出された。


 修めた各人の研鑽けんさん、後の世代への伝承によって、さらに発展し、派生したそれらは、中には剣で鋼鉄を斬る技や、他者の『気』を操る術まで生まれたとされている。……未熟な私は、そんな境地にはとても届いていないが。

 それでもこの技術は、男女の筋力差を、現状の実力差を、一時的にでも埋めるのに十分な力を発揮してくれる!



  ――――



「がっ!?」


 当たった――が、浅い。わずかにだが、咄嗟とっさに反応して打点をずらされたようだ。

 男は仰け反り、たたらを踏む。鼻からは赤い飛沫が噴き出るが、意識を刈り取るには至らない。……できれば、ここで一人減らしておきたかったのだけど。


「このガキっ!」


 獲物が噛みついたことに逆上し、盗賊風の男が手にした短剣を突き出してくる。

 初撃を当てたほうも、しばらくすれば態勢を立て直し、反撃してくるはずだ。

 私は左手を突き出し、心中で祈りを――同時に魔力を――捧げ、最も使い慣れた法術を唱える。


「《守の章、第一節。護りの盾……プロテクション!》」


 その名を唱えると共に、掲げた手の先に光で編まれた盾が顕現けんげんする。


 バチィっ!


 男が前進しながら繰り出した短剣は、弾かれたような音を響かせながら、光の盾にその切っ先を阻まれた。

 即座に、左手を後方に払う。その手を起点に生み出された盾も同期し、同じ動きを見せる。


 受け止めた短剣を、それを握ったままの男の右手を受け流し、身体を開かせ懐に潜り込み……

 無防備なその体に、すかさず盾を解除した両の拳を押し当て、体重を乗せ、思い切り踏み込む!


「ぐぼぁっ……!?」


 ダンっ!という強く地面を踏みしめる音と共に、目の前の襲撃者が吹き飛んでいく。

 苦悶の声を上げ、手にした短剣を放り出した男は、仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。

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