13節 プロテクション・アーツ
クラルテ司祭が編み出した神殿式格闘術、《プロテクション・アーツ》。
《護りの盾》で攻撃を防ぎ、『気』を練った体術で敵を制する、神官のための武術。
《盾》と『気』。その二つさえ修得できれば、私のように低位の法術しか扱えなくとも、戦う
「神官を非力と侮っている相手を成敗するための技」、というのは、司祭さまの談だが。
――――
これで一人。とりあえずは倒せたことに胸を撫で下ろす。
が、それもつかの間。予想以上に早く回復したもう一人の襲撃者、その振り上げた斧槍が、視界に入り込んできた。
受けるかかわすか一瞬迷う。が、すぐに思い直す。この質量と勢いは受けきれない!
咄嗟に急所を守りながら横に跳ぶ。
目の前を、数秒前まで自分がいた空間を、大上段から振り下ろされた鋼鉄の塊が通過していく。
耳に響く轟音。肌で感じる風圧。――もし、受け止めていたら。
あり得たかもしれない未来、明確な殺意に、体を強張らせる。
初撃がかわされても、相手は手を緩めなかった。斬撃から刺突に切り替え、攻撃を継続してくる。
再び光の盾を生み出し、切っ先の側面に当て受け流す。が。
男が柄の中ほどを支点に、右手で握った石突きをかき回すように動かすと、斧槍の先端も連動して回転し、受け流したはずの切っ先が私の顔を薙ぎ払うように襲い来る。
「っ!」
背を反らしながらなんとか腕を引き戻し、盾を前方に掲げてそれを弾き返す。
しかし私が防ぐのも計算ずくだったのか、男は弾かれた武器の勢いまでも利用し振りかぶり、力を、体重を込め、再び全力の一撃を繰り出す!
「っ――《プロテクション!》」
少しでも威力を
一瞬だけ、光の盾が斧槍を受け止め……しかし次には易々と破壊され、光の粒子になって散っていく。刃先が地面を
いくら重量のある武器とはいえ、神の盾は容易に破れるものじゃない。それをこうまで簡単に為してしまえるのは、相手も攻撃に『気』を込めているからだ。
当たり前だ。武術は私だけのものじゃない。ある程度以上の実力の持ち主なら、それを使えることは予想して
受け身を取り、片膝立ちの姿勢で男に向き直るが、すぐには立ち上がれなかった。
繰り返される死の恐怖に、足が震えている。心臓が早鐘を打ち続けている。
それは相手にしてみれば止めを刺すのに十分な隙だったはずだが、追撃はなかった。
各下への余裕か(あるいは全力で打ち込みすぎたのか)、男の姿勢は斧槍を地面にめり込ませた状態から動いておらず、今になってようやくゆっくりと引き抜くところだった。
「フンっ、やるじゃねえか姉ちゃん」
男は武器を担ぎ直し、鼻から血を流したまま笑みを浮かべる。しかし笑っているのは口元だけだった。
額には青筋が浮かび、見開いた瞳が、先刻までの攻撃が、雄弁に殺気を訴えかけてくる。
私の人生で初めて、私一人にだけ向けられる、純粋な殺意。
怖い――怖い――正直に言えば、逃げ出したい程に……
だけど、そんなことできない。
私はアレニエさんと約束したのだ。彼女の元へは通さない、と。
男の視線を受け止め、震える足を力尽くで立ち上がらせる。
「格闘術を使う神官とは珍しい。〈聖拳〉の真似事か? だがまだ未熟だな。俺を一撃で落とせなかったのがいい証拠だ」
そんなことは言われずとも分かっている。
男への初撃が浅かったのは相手の反応以前に、おそらく私の動きが固かったせいだ。
アレニエさんに励まされ覚悟を決めたつもりでも、まだ足りなかった。実戦への恐怖や迷いが、体に現れていた。
克服するには、おそらく経験を積むしかない。そしてそれは、すぐにどうこうできるものじゃない。
だから今からでも私が思うべきは、目の前の相手を倒すこと。そして彼女に言われたように、死なないことだけだ。
余計な思考は邪魔にしかならない。覚悟が足りないなら改めて固めろ。再び拳を握り、私は飛び出した。
「懐に潜り込むつもりか!? バカがっ! その前に真っ二つよ!」
男は担いだ武器を瞬時に構え直し、迎撃のために振りかぶる。
相手の言葉通り、このまま近づこうとしても間に合わず、盾を出したとしても再び砕かれてしまうだろう。だが。
「《プロテクション!》」
駆けながら祈りを捧げ、前方に盾を生み出す。振り下ろされる斧槍の刃先……その下の、柄の部分に。
「――んなっ!?」
力も早さも乗りきっていないタイミング。しかも、切っ先を当てることもできない斧槍は、盾を砕くどころか、反動で後方に弾かれる。
駆け抜け、懐に潜り込む。
ここは相手の武器の内側。そしてこちらの拳が届く距離。長物での迎撃は間に合わない。
だが男は、あろうことか即座に武器を手放し両腕を交差させ、首から上を守る姿勢を取る。
「こうしちまえば打つ手がねえだろ! 一撃防げば俺の勝ちだ!」
一瞬で判断し武器を手放せるのは、それこそ経験の賜物だろう。
しかしこちらも、初撃が入った頭部を反射的に守ろうとするのは、予測していた。
だから私の狙いは最初からその下方。鎧に包まれた胴体部分だ。
「《プロ! テク! ションっ!》」
再三、光の盾を。今度は範囲を狭め、硬度を凝縮させたものを三つ、重ねて発現させる。
指定箇所は右手前方。輝き連なる神の盾が、右拳を光で包み込む。
同時に全身の『気』を集め、引き絞り、解放。力の全てを拳に、その先の盾に乗せ、男の腹部に撃ち放つ!
ズドンンンっ!
「ガっ…………!!??」
それは、男にとって予想外の衝撃だったはずだ。疑問と苦悶の声が喉から漏れる。
光の拳は金属製の鎧を陥没させ、その奥の胴体にまで衝撃を届かせた。
手を止めず、さらに向こうまで打ち抜くように力を込め、叫ぶ。
「《プロテクトバンカー!》」
掛け声と共に、『気』を乗せた光の盾が零距離から射出され、陥没した鎧を殴打する。そして――
三 ――連なる三枚の盾が、男の体を後方に吹き飛ばし。
二 ――先端の二枚が、最後尾の盾を踏み台にさらに加速し、追撃。
一 ――そして撃ち出された最後の一枚が、宙を滑るように吹き飛ぶ男を、さらに越える勢いで、打撃を叩き込む。
ここまでが、右の拳を打ち込んでから一瞬で行われた。
男は後方に吹き飛び、思ったより長い滞空の末、墜落。地面をゴロゴロと転がり、やがて勢いを失い、ようやく仰向けに倒れて動きを止めた。
以前アレニエさんに話した通り、私はあまり高位の法術は使えない。けれど、術の制御や操作には、少しだけ自信がある。
これは、そんな私のために司祭さまが考案してくださった、《プロテクトバンカー》。同一箇所に加速する連撃を叩きこみ、威力を倍加させる、私が持ちうる最大の技。ちなみに命名も司祭さま。
「はぁ……! はぁ……!」
呼吸が乱れる。
考えないようにしていた緊張と恐怖が、少しづつ戻ってくる。
本来は体から逃げてしまう力を――体を守るために逃がしている力までもを――無理やり集める『気』の運用は、それゆえ体に強い負担を強いる。魔術が魔力を消費するように、武術は体力を消耗させる。
それを、極度の緊張下で続けざまに使った反動も混ざっているんだろう。体が、重い。
疲労を感じながら、男の様子を窺う。
手足はピクリとも動かないが、胸は浅く上下している。穢れも発生していない。おそらくは、気絶しているだけだ。
手加減など考える余裕もなく、とにかく全力で撃ち込んだのだけど……あまりに勢いよく飛んで行ったので、ちょっと不安になってしまったのだ。
「はぁぁぁ~………」
どちらの襲撃者もすぐには起き上がらないと判断し、ようやく私は大きく息を吐き出しながら、へなへなとその場に座り込んだ。
時間にしてみれば、ほんのわずか。人数も、たった二人の相手をしたに過ぎない。
それでも、心身はこんなにも
ともあれ初めての実戦を、自分も相手も死なせずに済ませることができた。私にとっては大きな一歩だ。
正直、相手の油断に不意討ちでようやくなんとかなったようなものだが。
「(……いや、まだだ)」
安堵で緩みかけた心を奮い立たせ、立ち上がる。
まだ二人倒しただけなのだ。残りの六人は今も、アレニエさんが単身で相手取っているはず。放ってはおけない。
一刻も早く彼女の加勢をするべく振り向いた私の目に映ったのは――
「…………え?」
当のアレニエさんと
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