9節 露天商の少女

「えーと、そのスローイングダガー十本と、あとは……え、銀の短剣、一本しかないの?」


「贅沢言うな。あるだけマシと思え」


『月の光を封じ込めた』と言われる銀の輝きは、暗闇を裂き、魔を払う力を宿しており、実際に魔物討伐などで重宝ちょうほうされている。これから戦う魔将への備えだろう。一本しかないのは残念だったが。


「しょうがないなぁ。じゃあ、今言ったの全部まとめて買うから、おまけよろしくね」


「一本分だけ、まけといてやる。毎度あり」


 顔馴染みらしいドワーフの主人に代金を渡し、品物を受け取ったアレニエさんは、腰のポーチや鎧の裏などに手早くそれらをしまい込んだ。傍目には買う前と変わらないように見える。



  ――――



 私たちは下層南地区の商店街へ、これからの旅に備えて買い物に来ていた。

 正式に引き受けてくれたアレニエさんに報酬の前金を渡すと、彼女は早速とばかりに宿を出てしまったため、私も慌てて付き添うことになったのだ。


 こうして明るいうちに出歩くと、昨夜は気づかなかった下層の姿が見えてくる。

 上の二層からは、「劣悪で人が住める環境ではない」とも言われるが、実際には噂に聞いた程ではないように思う。

 建物は古いがしっかりと補修されているし、路面の土も綺麗にならされている。早朝から活気のある商店街の様子からは、伝えられていた治安の悪さもあまり感じない。


 とはいえアレニエさんによれば、今いるこの南地区(〈剣の継承亭〉が建てられているのもここだった)は、下層の中では比較的安全な地域とのことだ。

 少し場所を移せば、私が聞いた噂通りの下層の様子が見られるという。できれば近づくのは遠慮したい。


「よう、アレニエ」


 不意に掛けられた気安い、けれど淡泊な呼びかけは、若い女性のものだった。

 声のした方に顔を向ければ、木箱に布を敷いた簡素な陳列棚で露店を開いている、一人の少女の姿がある。


 私と同じくらいか、あるいはもっと若いかもしれない。

 綺麗な水色の長髪を大きな帽子で覆い、上半身は動きやすそうな薄着、下半身は膝丈ぐらいのダボっとしたズボンを穿いている。

 彼女は大きな瞳を少し眠そうに(というよりほとんど半眼にしながら)細め、こちらに視線を向けていた。名前を呼んでいたし、アレニエさんの知り合いだろうか。


「ユティル。帰ってたんだ?」


「ああ。少し前にな」


 ユティルというのが、少女の名前らしい。やはり既知きちの間柄のようだ。


「……珍しいな。あんたが誰かと連れ歩いてるなんて。しかもその聖服、総本山のだよな。『上』のヤツと一緒だなんて、ますます珍しい」


「その総本山から依頼を受けたから、旅に備えて買い出しに来たの。この子はその依頼人」


「へぇ……」


 彼女――ユティルさんが、私を値踏みするような目で見る。

 あまり人との交流に慣れていない私は、視線にさらに身を固くするが、それに押し負けないよう一歩前に出る。何事も、まずは挨拶からだ。


「は、はじめまして。リュイス・フェルムといいます」


 半ば睨みつけるようにこちらを見ていた少女は、挨拶と共に頭を下げる私に、細めていた目を丸くする。……そんなに変な挨拶はしてないつもりだけど。


「……あんた、本当に総本山の神官か?」


「え? はい、一応……あの、どこか、疑わしいところがありましたか……?」


「いや、疑わしいというか……あそこの連中が、あたしらに頭下げるわけないだろ」


「……えーと……」


 そう言われましても。


「頭だけじゃない。口調も態度も、そこらの神官より丁寧なくらいだ。あんた、本当に『上』の人間か?」


 普通に挨拶しただけで驚かれる現状に、上層の人間の素行を垣間見てしまう。


「ね。変わってるでしょ、リュイスちゃん」


 なぜかアレニエさんが得意気だった。


「正直わたしも最初は疑ったけど、本物みたいだよ。ちゃんと紹介状もあるし、そもそもあの人の弟子らしいしね」


「あぁ、あの司祭さんの…………弟子とか取れたのかあの人」


「やー、びっくりだよね」


 おそらく私が眠っている間に確認などを済ませていたのだろう。それはともかく外でどう見られてるんでしょうか司祭さま。

 ひとしきり驚いた後、険しかった目つきを和らげる彼女を、アレニエさんがこちらに紹介する。


「この子はユティル。ふらっと旅に出ては変な物仕入れて、こうやって露店開いてるの」


「その〝変な物〟を主に買ってるのはあんただろ」


 文句を言いつつ、彼女は改めて私に向き直った。


「ユティル・フルニールだ。さっきは悪かった。『上』の連中にはあんまりいい印象がないから、つい警戒しちまって」


「いえ、気にしないでください」


 上層には下層を見下す人間が多い。彼女の反応はもっともだ。


「ありがと。やっぱあんた、『上』の人っぽくないな」


 彼女は先刻までの警戒心を詫びるように、快活に笑いながら礼を言う。さっぱりとした性格みたいだ。


「そうだ、アレニエ。あんたを呼び止めたのは、それこそ新しいのを仕入れたからなんだ。見ていけよ」


 言いながら彼女は、自身の露店に並べた品(日常的に使う調味料。この辺りではあまり見ない香辛料。様々な農作物の種。水薬や膏薬こうやく、包帯。用途の分からない謎の球体等々――)を手振りで指し示す。続いて私に向き直り。


「そっちの神官さんも。さっきのお詫びに、少しまけとくよ?」


「え、ほんと?」


 即座に返答したのは私――ではなく、アレニエさん。


「あんたは普通に買え。依頼で稼いでるだろ」


「えー」


「えー、じゃない。まあ、とりあえず、アレニエにはこの煙を吹き出す魔具とかどうだ?」


 ユティルさんは露天に並べた品の中から謎の球体(手の平ほどの大きさだった)を掴み、アレニエさんの目の前に掲げる。


「通常の魔具は持ち主が自分の魔力を込めなきゃいけないが、こいつは強い衝撃を与えるとそこらに漂ってる魔力で勝手に起動してくれる。〝持ってない〟あんたでも気軽に使えるよ。あと、同じ仕組みで普通に爆発するやつ」


 普通に爆発。


「あ、いいね。便利そう。まけてくれるんだよね?」


「普通に買えって言ってんだろ」


 目の前で交わされるその遠慮のないやり取りに、思わず笑みがこぼれてしまう。

 私は彼女の厚意に素直に甘え、アレニエさんと一緒に露店を覗かせてもらうことにした。

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