6-9 リインカーネーションと最後の巡礼

 真白い光が目の奥でぱちぱちと弾けている。

 瞼の裏をも染め上げるような強烈な光は、リーリャの視界全てを塗りつぶし、目をくらませた。


(……何が起きたんだろう……あのとき……)


 思い出すのは、直前までの記憶。

 騎士に追いつかれ、剣で身体を貫かれそうになったところまでは覚えている。

 そのあとに突然視界が強い光で塗りつぶされ、見えていたもの全てが白く染まって何も見えなくなった。

 ぱっと考えるなら剣がリーリャの身体を貫いたのだろうが、それにしては痛みも何も感じない。軽く自分の身体をさすってみるが、身体のどこに触れても手が多量の血で汚れることはなかった。


(……生きてるの? 私)


 胸に手を当てて何度か呼吸をし、自身の胸が上下するのを確かめる。

 呼吸をするたびに上下に動く胸と静かに脈打ち続ける心臓が、リーリャの命を証明している。

 リーリャ・アルケリリオンという少女の命は、失われずに今も続いていた。


(――どうして?)


 考えられる理由としては、己の視界を焼いたあの光だ。

 白い光がリーリャの視界全てを焼き尽くしたとき、一体何が起きていた――?

 必死に思考を巡らせている間に、視界を焼き尽くしていた白く強い光が少しずつ弱まり、元の景色が形を取り戻していく。

 赤黒い色がすぐ近くで見える辺り、どうやら床に倒れ伏しているらしい。

 今の姿勢で視界に映るものを少しでも多く見ようと目を動かせば、白くぼやけた世界の中、リーリャの傍で誰かが佇んでいるのが見えた。


(……誰……?)


 何か呼びかけてきているようだが、音が遠くて上手く聞き取れない。

 ぼんやりとした目つきのまま、佇んでいる人影がより鮮明になっていくのを待つ。

 少しずつ時間が経つごとにぼやけていた視界は鮮明になっていき、どこか遠くで聞こえていた音もだんだんはっきり聞き取れるようになってきた。


「――リーリャ!」


 もう何度も耳にしてきた声が名前を呼んだ瞬間、眼前にいる人影が誰なのか、はっきり認識できた。

 くすんだ銀髪は乱れ、こちらを見つめる紫色の中には焦りとわずかな恐怖、そしてリーリャを心配する色が揺らめいている。

 身にまとう衣服にはところどころに赤が滲み、身につけている武具や外套にも乾燥して赤黒く変色した汚れがいくつか付着していた。


 いつも身につけていたハーフマスクはなく、隠されていたほうの頬には切り傷が刻まれ、いまだに血が流れていた。

 最後に目にした姿よりもボロボロで、死闘を繰り広げてきたのだとわかる姿。

 それでも、ずっと不安と心配と恐怖で揺れていたリーリャの心を安心させてくれた。


「……アヴェルティールさん」


 わずかにかすれた声でリーリャも名を呼び、口角をあげる。

 瞬間、アヴェルティールが目を大きく見開き、すぐにくしゃりと顔を歪め、抱き起こすような形でリーリャを抱きしめた。


「リーリャ……! よかった、駄目だったのかと思った……!」


 そういったアヴェルティールの声はわずかに震えていた。

 落ち着きと余裕、そして冷静さを感じさせる振る舞いとは異なる、己の心や感情を表にさらけ出したかのような声。

 この人もこんな声を出すのか――と少し驚いたが、取り繕っていない姿を見れたのだと考えれば、温かいようなくすぐったいような不思議な気持ちがリーリャの胸に広がった。


「……アヴェルティールさんも、無事でよかった……本当に……」


 リーリャもゆっくりと両腕を伸ばし、アヴェルティールの身体をぎゅうと抱きしめる。

 彼の胸に頭を擦り寄せれば、今この場に彼が生きているのだと証明する鼓動が聞こえた。


 ああ――生きている。彼も、自分も。

 この世界で生きて、呼吸をしている。


 その喜びが強くリーリャの胸に広がり、アヴェルティールを抱きしめる腕の力をより強いものへと変えた。

 リーリャに応えるかのようにアヴェルティールもより強く抱きしめ返したのち、ぱっとリーリャを離した。

 こちらからも彼を抱きしめる腕の力を弱めたところで、ふと、思う。


(そういえば、騎士たちは?)


 白い光で全てが塗りつぶされる直前、リーリャは追っ手である騎士たちに殺されかけていた。

 アヴェルティールもまた、追いかけてきた騎士のうちの何人かを足止めしていたはずだ。

 おそるおそる周囲へと視線を巡らせ、自分たちがいる祈りの間の様子を確かめる。

 祈りの間の部屋自体は白い光で塗りつぶされる前とほとんど変わらないが、リーリャに刃を向けていた騎士たちは皆が皆、床に倒れ伏していた。


「これは……一体……」


 はつり。思わず呟いたリーリャへ、アヴェルティールが答える。


「俺がここへ駆けつけたときには、もうすでにこうなっていた。追ってきた連中は皆倒れているし、お前は血痕がある箇所で倒れていた。……だから、ここに飛び込んできた瞬間は本当に驚いたし生きた心地がしなかった」


 それは――リーリャがアヴェルティールの立場でも、ひどく驚きそうだ。

 なんせリーリャが倒れていたのは赤黒い汚れ、もとい血痕が付着している箇所。遠目から見れば、血を流して倒れているようにも見えてしまいそうだ。

 倒れている騎士たちのうち、リーリャの腕を掴んでいた騎士の口元に手をやる。死んでしまったのかと一瞬思ってしまったが、どうやら気を失っているだけのようだ。

 小さく息をつき、リーリャは改めてアヴェルティールを見る。


「……リーリャ、一体何があった? 連中の相手をしていた途中、突然鋭い光が弾けて連中のみが吹き飛ばされた。お前が何かをしたのだとは思っているんだが」

「えっと……私も、何が何やら……。追いつかれて、殺されそうになって……それから……」


『一人を犠牲にし続けないと存続できない世界なんて、滅んでしまえ!』


 剣が振り下ろされる直前に叫んだ言葉がよみがえる。

 確かああ叫んだ直後に白い光がリーリャの視界を塗りつぶし――。


(……待って)


 鋭い、光?

 初代リインカーネーションが書いた日記の中にも、鋭い光が王城を貫いたという一文がなかったか?


「――!」


 ばっと弾かれたかのような動きで、リーリャは天上にある窓を見上げた。

 窓ガラスの向こう側には明け方の空が広がっており、その中に無数の白い光が瞬いているのが見えた。

 祈りを終えた直後に初代リインカーネーションが目にしたという、降り注ぐ光の矢。


 剣を振り下ろされる直前にリーリャが叫んだあの言葉が、祈りの一つとしてカウントされていたとしたら。

 リーリャの視線を追いかけてアヴェルティールも空を見上げ、目を見開く。


「ッアヴェルティールさん! 外、外!」

「ああ!」


 互いに発する言葉は不十分だが、全てを口にしなくても何が言いたいのか十分伝わる。

 すっかり慣れた動きでアヴェルティールがリーリャを抱き上げ、リーリャも彼の首に両腕を回してしがみつく。

 リーリャを落としてしまわないようにしっかりと支え、アヴェルティールが元来た道を走って戻り始めた。

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