6-8 リインカーネーションと最後の巡礼
純潔と奇跡の装身具、これはおそらくリーリャが身につけている指輪とペンダントのことだ。
光り輝く神の膝元というのは、天窓から光が差し込んできている場所だと思われる。
我らが母に祈りを捧げ、目にしてきた痛みと嘆きを告白せよ――という一文は、各地の神殿で行ってきた祈りのことを指しているはずだ。
天の国に愛されし御子とその兄弟姉妹が意味するのは、最初に奇跡を起こした初代リインカーネーションと後世に生まれてきたリインカーネーションたち。
間違いない。これは――初代リインカーネーションが起こした奇跡、本来言い伝えられるべき彼女の伝説のことだ。
かつては初代リインカーネーションを、そして今はリーリャの身体を飾っている指輪とペンダントへ視線を落とす。
「……この指輪は、初代リインカーネーションがトレランティア神殿に隠していた。自分に近い力を持った人が見つけられるように」
現在と違う形でリインカーネーションの話が伝えられているのなら、全てを明らかにしてほしい。
その願いとともに、最初に神の奇跡を起こした聖女は指輪を隠した。
ペンダントはシャリテをまとめ続ける町長一族の手に渡り、長く保管されてきた。
そして長い時が経ち、彼女の憂いどおりに捻じ曲げられた伝説が言い伝えられ、浸透しきった時代に――リーリャが生まれ、指輪を見つけ、ペンダントを受け取ってここまで来た。
初代リインカーネーションが生きた時代から長い時が経ってから、彼女に非常によく似た容姿を持ってリーリャが生まれてきたという部分も含め、運命に近いものを感じる。
この世界を見守っている神々が、今の時代にもう一度初代リインカーネーションが起こした奇跡を起こせと言っているかのように。
「……初代リインカーネーション……リリウム様も、こんな気持ちだったのかな」
彼女は最初に生まれた救国の聖女だ、本当に神の声を聞いたのかもしれない。
かつて彼女が聞いた神の声とは、また少し違うものだろうが――リーリャも今、確かに神の声を聞いた。
「聖女様!」
慌ただしい足音が近づいてきたかと思えば、リーリャ一人しかいなかった祈りの間に扉が開かれる音が響いた。
乱暴に扉を開く音に驚き、ばっと振り返る。
「……騎士様……」
開かれた扉の向こうに立っている騎士には見覚えがある。
アヴェルティールと出会ったあの日、馬車の中でリーリャのすぐ隣に座っていた騎士――そして、襲撃の報告が入った際にリーリャへ外に出ないよう忠告したあの騎士だ。
最後に見た姿はひどく疲弊し、傷ついた姿だったが、あのあと無事に必要な手当てを受けられたようだ。
包帯を巻き、ガーゼを貼りつけた姿は見ていて痛ましいが、無事でいてくれたことには安心できる。
だが、己の命を奪う立場にいる人なのだと思えば、少々複雑な思いがある。
「聖女様、よかった……ご無事だったんですね」
心底安心した顔をして、騎士がこちらへ近づいてくる。
とっさに後ろへ下がろうとし、とんと背中が先ほどまで見つめていた壁に触れた。
背中を壁に預けたまま、真っ直ぐに騎士を見つめたまま、リーリャは横へ一歩移動して彼から距離を取った。
以前とは異なるリーリャの様子に、騎士の足もぴたりと止まった。
「聖女様? どうかされたんですか? 早くこちらへ……」
「……私の無事を喜んだのは、私が何かあったら儀式を行えなくなるからですか?」
リーリャが一言そういった瞬間、場を包んでいた空気に緊張感が走った。
こちらを見据える騎士も、彼の後ろに控えていた騎士団のメンバーも顔を引きつらせる。
何か取り繕おうと唇を何度か開閉させているが、その反応がリーリャの言葉を肯定していた。
(――ああ、やっぱりそうなんだ)
今代のリインカーネーションの命を奪えなかったら困るから。
彼らが国王からどのように命じられているのか知らないが、現在の歪められた伝説を信じ切っているのだろう。
「……純粋にこちらの身を心配しての言葉だったら、素直に受け取れたかもしれないのに」
「……ッ確かに、聖女様のご無事を喜んだのは儀式のこともあります。しかし、本当に聖女様の御身を心配する思いもあっての言葉です!」
「今さら言われても信じられない!」
上手く音を発さない喉では、胸で煮えたぎる思いの全てを吐き出せない。
それでも自分が出せる最大の声量で叫ぶ。
もともと大声を出すのが不得意な喉だ、その影響で大きく咳き込み、身体を丸めて口元を覆う。
「聖女様!」
「っ来ないで!」
はっとした顔をし、騎士が止まっていた足を動かしてこちらへ駆け寄ってくる。
腕を握られるが、リーリャもはっとし、すかさずその手を振り払った。
明確な拒絶に騎士は一瞬呆気にとられていたが、すぐに我に返ると再度リーリャの腕を掴んだ。
今度は簡単に振り払えないよう、やや力が込められている。何度か振り払おうと腕を振るったが、目の前にいる彼の手は離れなかった。
敵意を含んだ目で睨みつければ怯んだようだったが、ぐっと顔をしかめたのち、騎士の手にさらなる力が込められた。
握られている腕に痛みが走り、リーリャは思わず顔をしかめる。
「複雑なお気持ちはわかります、しかし聖女様がお務めを果たさなければこの世界そのものが危機に瀕するんです!」
「だから死んでくれって言われて、はいそうですかって頷けるわけないじゃないですか!」
歴代のリインカーネーションたちの中にも、死にたくないと思っていた人はいたはずだ。
一度は自分を納得させても、眼前に死が迫ればもろく崩れ去り、死にたくないという飲み込んだはずの本心が顔を出すはず。
眼前に己の死が迫っても平気でいられる人間はほんの一握りだ、全てのリインカーネーションがそうだったとは考えづらい。
「……っ」
「おい、もう刻限が近い! 強行するしかない!」
騎士がまた苦い顔をしたが、後ろにいた仲間の声を聞き、強く歯噛みする。
直後、強い力でリーリャの腕を引き、外からの光が差し込んでいる箇所へ引っ張っていく。
とっさに両足に力を入れて抵抗するが、リーリャはまだ十五歳だ。十五歳の少女が成人男性の力に勝てるわけがない。
引きずられるようにして光が差し込んできている箇所へ――赤黒い汚れが付着している箇所へ連れて行かれた。
「……ッ私たちリインカーネーションが何をしたっていうんですか……」
他の騎士がリーリャの傍に立ち、腰にさげている剣を鞘から引き抜く。
差し込んできている光を反射しているそれは、凶悪な光を放っているかのようだ。
自分の腕を掴んで逃亡を阻止している騎士を、そして剣を引き抜いたもう一人の騎士を、リーリャは怒りを込めた鋭い目で睨みつける。
リーリャが王都へ連れて行かれる日、反対してくれた両親のように、これまで命を落としたリインカーネーションにも家族や友人、大切な仲間がいたはずだ。
彼ら、彼女らの悲しみは完全に無視し、特定の人々のみに悲しみを押し付けて、この国は存続し続けている。
「……こんな世界……」
リインカーネーション本人だけでなく、周囲にいる関係者にも深い悲しみを味わわせながら存続する世界なんて。
「一人を犠牲にし続けないと存続できない世界なんて、滅んでしまえ!」
怒りに満ちた聖女が天に吠える。
白刃が煌めく。
空から月が姿を消し、入れ替わりに太陽が天に昇る。
剣の刃がリーリャの身体を貫く直前、真白い雷が祈りの間を貫いた。
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