5-8 慈悲の町 シャリテ
だとすると、やはり現在の巡礼の旅で巡る町が一致していないのはおかしい。巡礼の旅は、初代リインカーネーションのかつての旅路を辿っているはずなのに。
確信に近かった思いが、二人の中で正式に確信へと姿を変える。
リーリャがアヴェルティールを見上げ、アヴェルティールもリーリャを見る。声を発さずに頷きあい、二人はさらに手元の日記を読み進めた。
『各地を巡り、神殿で祈りを捧げ、神様の御声に耳を傾け続けた。最後にリベラリタスの神殿で祈りを捧げたとき、天から無数の光が降り注いだ。祈りを終えた瞬間に目にした、あの光景は一生忘れることがないだろう』
『その中でも、王城を貫いた光の矢。雷が落ちるかのように王城がある方向へ鋭い光が落ちた様子は、まるで天上の国にいらっしゃる神々の怒りが形になったかのようだった』
『私たちが王都へ戻って数日後。国王が病に倒れ、第一王子が新たな王座につくことになったと聞かされた。その瞬間、理解した。あれはまさに神々の怒りであったのだと』
「……これだ」
はつり、と。リーリャの唇からそんな言葉がこぼれた。
読み進めた先で目に止まった一文が示すのは、世界を救ったと伝えられてきたリインカーネーション――その真実の姿だ。
リーリャが大きく目を見開き、アヴェルティールもひゅっと短い呼吸をこぼした。
当時の第一王子とともに各地を巡り、神殿で神々に祈りを捧げた結果、天から降り注いだ無数の光。
降り注いだ光は何だったのかまでは具体的に記されておらず、はっきりともしていない。だが、貴族のみが得をして平民が苦しむ政治をしていた国王が倒れるきっかけになったのなら、それはまさしく神々の怒りといえる。
「これがリインカーネーションの伝説の真実ですよ、アヴェルティールさん!」
初代リインカーネーションが日記に記したのは、当時彼女がどのような旅路を歩み、何が起きたか――巡礼の旅とその結果だ。
最初のリインカーネーションが誕生した時代は、国王が貴族を優遇して平民を冷遇していた時代。多くの平民が苦しんでいた時代に、初代リインカーネーションが誕生した。
そして、第一王子の手を取って王城へ向かい――彼女はそこで現実を知った。それが巡礼の旅のきっかけになった。
初代リインカーネーションが遺した情報を一つ一つ繋ぎ合わせていけば、リインカーネーションという存在の本来の姿が見えてきた。
救国の聖女。救国の聖人。リインカーネーション。
世界ではなく苦しんでいた人々を救った――神の御声を聞いた者。
「……これが真実なら、リインカーネーションが祈ったことによって国王が変わったという見方ができる」
リーリャは本来、農村で生まれ育ったただの平民だ。王族の一員でもなければ、政治について幼い頃から学んだわけでもない。
そんなリーリャでも、リインカーネーションの聖女や聖人たちが背負う役目がどれだけ大きいものなのかは簡単に想像できた。
「かつての国王が民を苦しめる政治をしていたときに、初代リインカーネーションが現れた。なら、リインカーネーションが現れるのは世界が滅亡するときではない。国王が国民を苦しめているときだ」
リーリャの脳裏に、アルズで出会った宿屋の少年と主人、そしてシャリテの町の様子が思い浮かんだ。
アルズの町に暮らしていた彼らは、町の人々から白い目を向けられてひっそりと暮らしていた。
シャリテの町は活気がなくなっているのに、まるで存在を無視されているかのようだった。
現在のリインカーネーションの伝説を素直に信じていると思われる人々は普通に暮らしていて、かつてのリインカーネーションと寄り添っていた人々や昔のリインカーネーションと深い関係がある場所は苦い思いをしている。
これが『国王が国民を苦しめている』ことになるとしたら、リーリャという今代のリインカーネーションが誕生したのも頷ける。
世界が滅ぶのを食い止めるためにリインカーネーションが誕生するのではない。
苦しみにあえぐ弱者を救うためにリインカーネーションが誕生する。
「弱者にとって、リインカーネーションの存在は救いだ。誤った道へ進む国王を止める最後の手段としても、リインカーネーションの聖女や聖人たちの存在は大きい」
「……でも……誤った道を進んでいる人からすれば、リインカーネーションたちはいつ自分を王座から引きずり下ろすかわからない危険因子ですよね」
そこまで口にしたところで、リーリャの頭の中でかちりとパズルのピースがはまった。
リインカーネーションの伝説の解釈が途中で変えられた理由。
最初に人々を救った聖女を知る一族や深い関係がある町が現在のリインカーネーションから遠ざけられた理由。
道を誤った王族にとって、リインカーネーションという存在がどれだけ厄介で危険なものであるかという現実。
ある年代を境に、リインカーネーションの代替わりが頻繁になった理由。
それら全てのピースがぱちりぱちりとはまっていき、リーリャとアヴェルティールの目の前で真実へと姿を変えた。
「……アヴェルティールさん。この国をまとめる王族のうち、もっとも長く王座についていたのはカルド様でしたよね?」
「ああ。カルド王本人はすでに亡くなっているが、カルド王の血を継ぐ王子が次の王座につき、彼の息子も王座についた。今の王座はカルド王の子孫が独占している」
「……リインカーネーションの代替わりが頻繁になったのって、カルド王が王座についた年なんじゃないですか?」
王族ならば、リインカーネーションがどのような存在なのか具体的に知っていたはずだ。
リインカーネーションという存在が、王族にとっていかに厄介で危険な存在であるかも、はっきり理解していたはずだ。
かつて王座についたカルド王がリインカーネーションの存在を邪魔だと考えていたのなら。
「……カルドの王とその子孫の方々は、自分たちの地位を守るためにリインカーネーションを殺し続けていたのでは……?」
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