5-7 慈悲の町 シャリテ

「ひとまず、こうして簡単には見つかりそうにない場所を提供してもらえた。祈りの間と似たような祭壇も用意されているのなら、ここで祈ることもできるだろう。お前も慣れない野宿で疲れているはずだ、今日はゆっくり休め」

「……アヴェルティールさんはどうするんですか?」


 荷物を床に置き、アヴェルティールがそういった。

 気遣ってもらえるのはとてもありがたいが、アヴェルティールはどうするのかが少し気になった。

 はつり。呟くように問いかけたリーリャを見て、アヴェルティールが唇を開く。


「俺はこの部屋を調べてみる。本棚もあるし、ここにしかない資料があるかもしれない」


 アヴェルティールの目が室内を見渡し、壁際に設置された本棚を見つめる。

 先ほどは気づかなかったが、設置された本棚をじっと見てみると、確かに本が収まっている。

 近づいて見てみると、子供向けの童話から始まり、小説や歴史書、語学書といった勉学に役立ちそうなものまで豊富な種類の本が入っているのがわかった。

 その中でも特に多いのが日記らしき本だ。表紙に年代と何月何日から何月何日までという日付が記されている。本棚の一角に年代と日付が異なる本が何冊も置かれており、誰かがここで生活していたのだと物語っていた。


 どれも保存状態がよさそうだが、いずれの本も古そうだ。きっと本棚に収められたまま、ここで長い時を過ごしてきたのだろう。

 初代リインカーネーションが生きていた時代にあったものなら、確かに資料になりそうなものや当時の様子を知ることができそうなものがありそうだ。


「……アヴェルティールさんも、ちゃんと休んでくださいね?」


 本棚からアヴェルティールへ視線を移し、リーリャは心配そうに眉尻を下げた。

 疲れているのはアヴェルティールも同じのはずだ。特に、彼はシャリテに到着するまでずっと馬を走らせてくれていた。野宿に慣れないリーリャのためにあれこれと世話も焼いてくれたため、リーリャ以上に疲れているはずだ。

 けれど、今リーリャの目の前にいる彼は疲れた様子など一切見せない――だからこそ心配になってしまう。


「――……何、そんな顔をしなくてもいい。ほどほどのところできちんと休む」

「本当ですか? 本当ですね? 約束ですよ」

「ああ、約束だ」


 アヴェルティールが柔らかく表情を緩め、リーリャに歩み寄り、ぽんと頭に手を乗せた。

 撫でるでもない、ただリーリャの頭に手を乗せるだけのふれあい。

 スキンシップともいえないやり取りだが、リーリャの胸がまたわずかに音をたてた。

 顔に熱が集まりそうなのを隠すため、すぐにまた目の前にそびえ立つ本棚へ視線を向ける。

 それでも気恥ずかしさが薄れず、とっさに目についたところにある本を手にとり、視線を落とした。


「……うん?」


 開かれたページに記されている文字列に視線を落とし、気づく。

 アヴェルティールに顔を見られにくくするため、とっさに選んで開いた本だが、ちょうど開かれたページには気になる文字が綴られていた。


『神様のお声を聞いた。未来を見据え、苦しめられる弱き民を救いなさいと神様はおっしゃっていた』

『私に宿る力は、この世界を見守る神様から賜った力に違いない。苦しめられる民が少しでも減るよう、この国で生きる人々を少しでも守らなくては』

『第一王子の手を取り、王城に来てから数日が経過した。王城に入って見えてきたのは、今の国王の政治は貴族が得をして平民が苦しい思いをするものになっている。第二王子もこのことに心を痛めているようだった』


 それぞれの文章と一緒に記されている日付は、それぞれ異なるもの。この文章がそれぞれ違う日に起きたことだと示していた。

 慌てて表紙を確認すると、年代と日付が記されているものの一冊――日記らしきものの一冊だ。

 誰が遺した日記なのかなんて、考えなくてもすぐにわかる。

 朱に染まる顔を隠そうとしていたなんていう当初の目的がすっかり頭から抜け落ち、リーリャはばっと顔をあげてアヴェルティールを見上げた。


「アヴェルティールさん、これ、初代リインカーネーションが遺した日記です!」


 急に大声を出して咳き込んだが、こんなものを手にしたら誰だって大声を出したくなるはずだ。

 だって、これは――今はもう過ぎ去ってしまった、最初の聖女が生きていた時代に何があったのかを知る大きな手がかりになるのだから。


「急に大声を出すな。……しかし、初代リインカーネーションの日記だと?」

「すみません、とても驚いてしまって。……でも、間違いないと思います」


 アヴェルティールもリーリャの手元にある日記を覗き込む。

 彼にも何が記されているのかよく見えるよう持ち直してから、リーリャはページをめくった。


『第一王子に頼んで、実際に複数の町を見て回り、国民の暮らしを見てきた。トレランティア、アルズ、そして私の故郷であるシャリテ。私が王都に向かってから数年、シャリテで暮らしている人々の暮らしにも苦しさの色があった。アルズもシャリテも貴族があまり住んでいない町だ。平民が多い分、弱い立場にある彼ら彼女らの暮らしがいかに苦しいのかがよくわかった』


『ディリジェンテ、テムペランス、ユンシュルト。他にもさまざまな町や都市を巡ったが、どの町を見ても貴族が楽に富を得て、平民の暮らしは悪くなるばかり。第二王子が今の国の状況を嘆く理由がよくわかった』


「……これって……まさか、初代リインカーネーションから見た最初の巡礼の旅……?」


 トレランティア。

 アルズ。

 シャリテ。

 ディリジェンテ。

 テムペランス。

 ユンシュルト。


 聞いたことのない町や都市の名前も混ざっているが、前半にあげられた名称にはリーリャとアヴェルティールにも覚えがある。

 初代リインカーネーションが第二王子とともに各地を巡ったという町――これは今で言う『巡礼の旅』の元になった旅だ。

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