5-6 慈悲の町 シャリテ

 壁の向こう側に広がっていた通路へ足を踏み入れ、奥へ進んでいく。

 明かりのない通路は暗闇に包まれており、前に一歩進むだけでも緊張してしまう。

 少しの不安を飲み込み、足元に十分気をつけながらレペンスとアヴェルティールに追いつかれないよう歩を進めていく。

 少しずつ、けれど確実に進んでいくうち、通路の奥にぼんやりとした光が見えてきた。

 光が差し込んできているその場所に辿り着いた瞬間、ほのかな明かりがリーリャとアヴェルティール、そしてレペンスを出迎えた。


「わ……!」


 通路を進んだ先には、一つの大きな部屋が広がっていた。

 狭い部屋を想像していたが、二人部屋とほとんど同じ広さの作りになっており、人が生活を送っていくだけに十分な設備が整えられていた。

 ベッドも二人分用意されており、初代リインカーネーションだけでなく他の人物も一緒に過ごしていたのを感じ取れた。椅子ももちろん二人分あり、テーブルも二人で使えそうなほど大きなものだ。


 基本的な家具のほかには、ドレッサーをはじめとした女性が使う家具が用意されている。

 また、小さな十字架の置き物と祈りの間にも設置されていた小さめの机も置かれており、ここでも祈りを捧げられるようになっていた。

 魔法石を使った照明から降り注ぐ優しい光で包まれたその部屋の中は、長い時が流れているのにも関わらず、万全の状態が保たれていた。


(ここが……初代リインカーネーションが使っていた部屋……)


 用意されている家具の一つ一つがほとんど壊れずに残っているのは、シャリテ神殿を管理してきたレペンスたち町長一族がしっかり管理してきたからだろう。

 自分に似ていると言われている人物が使っていたという情報を耳にしているためだろうか、なんだか少しだけ落ち着くような不思議な雰囲気がその部屋にはあった。

 ぼんやりと部屋を眺めるリーリャの隣で、アヴェルティールは興味深そうな視線をあちらこちらへ向けている。

 それぞれ異なる反応を見せる二人の様子に、レペンスがくすりと笑みを浮かべた。


「ここにあるものは、お好きなようにお使いください。ここを離れたいと思った際は、私に声をかけずに離れてくださって構いません。……それから、これもお渡ししておきます」


 レペンスの手がリーリャの手をとり、手のひらの上にペンダントを乗せた。

 ところどころが黒ずみのような汚れが付着した、繊細なシルバーの台座とそこに収まる薔薇の形に加工された青い宝石。

 長い時の流れに埋もれない輝きを放つペンダントは、レペンスが隠し部屋への道を開く際に使ったものだ。


「これ……レペンスさんたちが代々管理してきたものなのでは……」


 いくら初代リインカーネーションに似ているからといって、ぽっと出のリーリャに渡していいものではないはずだ。

 慌ててレペンスに返そうと差し出したが、彼女は首を左右に振るとリーリャの手を取り、そっと押し返した。


「言ったでしょう? これはリリウム様が身につけておられたものです。リリウム様がトレランティア神殿に隠されていた指輪を見つけたのなら、聖女様はリリウム様に近いお力を持っていることの証明です。であれば、私よりも聖女様がお持ちになられたほうがいいはずです」


 凛とした声で言葉を紡ぎ、レペンスは柔らかくリーリャへ笑いかけた。

 己の意志を曲げるつもりがないとわかる声色でそういわれてしまえば、リーリャもぐっと言葉に詰まってしまった。

 一回、二回と唇を動かして何か反論しようにも、肝心の言葉は出て来ないままに終わった。


「リリウム様が身につけておられたものです、きっと聖女様を守ってくれます。……それでは、私はこれで」


 どうぞ、ごゆっくりお休みください。

 最後にその一言を告げ、レペンスは深々とお辞儀をした。

 ゆっくりと顔を上げるとリーリャとアヴェルティールに背を向け、元来た通路を引き返していく。

 聞こえていた足音がどんどん遠ざかっていき、仕掛け扉が動いているような重い音が空気を震わせたあと――辺りはしんとした空気に包まれた。

 アヴェルティールと二人きりになった部屋の中で、リーリャは深く息を吐きだした。


「……本当に私が受け取ってもよかったんでしょうか、これは……」


 己の手の中にあるペンダントを見つめ、リーリャは戸惑いを含んだ声で呟いた。

 レペンスたち町長一族が大事に保管してきたものを、かつての持ち主である初代リインカーネーションに似ているだけの自分が本当に受け取ってしまってよかったのだろうか。

 不安と心配を織り交ぜた目でペンダントを見つめるリーリャの背中に、アヴェルティールが声をかける。


「……レペンスが渡しても問題ないと判断したんだろう。何の関係もない第三者ではなく、それを持っていた一族の一員が渡してきたんだ。受け取っておけ」

「ううん……だといいんですけど……」


 今さら返却しようにも、もう遅い。大人しく受け取るしかない。

 もう一度息を吐き出してから、リーリャは諦めたようにペンダントを身に着けた。

 わずかに考えてから、トレランティアで見つけた指輪もそっと指にはめる。


 ペンダント以上に汚れた箇所が目立つため、指にはめると変に目立っていたが、妙にしっくりくる感覚もある。

 自分は今、初代リインカーネーションと同じ格好をしている――そう考えれば、自然と背筋が伸びた。

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