5-5 慈悲の町 シャリテ

 シャリテ神殿。慈愛や慈悲を意味する名を与えられた神殿は、シャリテの町のすぐ近くに存在していた。

 ぱっと見た印象でも、長い歴史を感じさせる。トレランティアの神殿が古いと聞かされていたが、シャリテ神殿もそれに並ぶくらい古い神殿であるようにリーリャの目に映った。


 リインカーネーションが誕生するようになる前からあったとされているトレランティア神殿と、初代リインカーネーションが生まれたシャリテ神殿。どちらが先に作られたのかリーリャにはわからないが、きっとどちらも同じくらいに古いのだろう。

 トレランティアの神殿と同じようなところどころが煤けた白い壁の神殿は、荘厳さを放ちながらシャリテの町を見守る位置にそびえ立っていた。


「……ここが……シャリテ神殿」


 ぽつ、と小さく呟いたリーリャの声が空気に溶けていく。

 リーリャとアヴェルティール、そしてここまで案内してくれたレペンス以外に人はいない。周囲に声を遮るものがないため、小さな声も非常によく響いて聞こえた。


「他の神殿に比べると、少々修繕が追いついていない箇所も目につくかと思いますが……崩れないよう保存魔法がかけられていますので、どうか安心してください。本当は魔法に頼らず、修繕していくのが一番なのだとわかってはいるんですが……」


 レペンスが頬をかきながら苦笑いを浮かべた。

 確かに、トレランティア神殿と比べると、シャリテ神殿は煤けた壁やわずかなヒビが少々気になる。

 トレランティアには専属の神殿守がいたが、シャリテの神殿守は町長一族だ。町長の仕事をしつつ神殿を管理しなくてはならないため、神殿の管理のみに注力する余裕があまりなく、保存魔法を活用しているのだろう。

 レペンス本人はあまり良いことではないと考えているようだが、対象の状態が悪化しないように保存する効果がある魔法を使って歴史ある建造物を管理するというのも、立派な管理方法の一つだ。


「さあ、中へどうぞ。他の神殿……特にトレランティア神殿よりは散らかっているように見えると思いますが、大目に見てくれたら嬉しいです」


 レペンスが懐から鍵束を取り出し、そのうちの一本で神殿の扉を開いた。

 軋んだ音とともに扉が開かれ、彼女に連れられる形でリーリャとアヴェルティールも神殿の中へ足を踏み入れた。

 散らかっているとレペンスは言っていたが、シャリテ神殿の中はそれなりに片付いていた。

 入ってすぐのホールも、トレランティア神殿のように床がぴかぴかに磨かれているわけではないが、きちんと定期的に掃除をしているとわかるくらいには片付いている。

 昔は神殿へやってきた人間が使っていたと思われる椅子やソファーも、年代を感じさせるが、ほとんどのものが壊れていない。


 今でも多くの来客を迎えるトレランティア神殿に対し、こちらは人が多く訪れていた当時に近い状態で保存された場所――ある意味、一種の遺跡に近い印象を受けた。

 人が多く訪れていたとわかる痕跡が残されている分、シャリテ神殿のほうが物悲しさを感じてしまうが、リーリャはこちらのほうが好きだった。

 静かで落ち着くというのもあるが、シャリテ神殿のほうが『歓迎されている』ような――そんな風に感じられた。


「本当はゆっくり案内したいところなんですけど、今はそんな余裕もありませんしね。手早くリリウム様のお部屋がある場所へご案内いたします」


 迷いのない足取りで進みながら、レペンスがこちらへ振り返って柔らかく笑う。

 彼女の笑みにつられるかのように、アヴェルティールも薄く笑みを浮かべて口を開いた。


「助かります。ところで、初代リインカーネーション様がお使いになられていたお部屋はどちらにあるのでしょうか。隠し部屋というのは先ほどもお聞きしましたが」


 それはリーリャも気になっていた。

 シャリテ神殿のどこかに初代リインカーネーションが使っていた部屋があるというのは、町の中でも聞いたが、詳しい場所はまだ教えてもらっていない。

 アヴェルティールも隠し部屋の場所を聞いた辺り、具体的にはどこにあるのか気になっていたようだ。

 かつ、かつ。こつ、こつ。物が少ない廊下にリーリャたちの足音が響き渡る。


「あ、そういえば確かに具体的な場所はまだお教えしてませんでしたね……。でも、もうじき到着しますので」


 そういった直後、レペンスの足がぴたりと止まった。

 手に持った鍵束のうち、先ほどとは異なる鍵を目の前にある扉の鍵穴へさし、そっとひねる。

 かちゃんと音をたてて鍵が開き、レペンスが軽く押すだけで扉は簡単にリーリャたちをその先へ招いた。


 扉の先に広がっていた部屋を見て、まず最初に視界へ映ったのは大きなステンドグラス。ほとんど物が置かれていない中、壁に取りつけられた色鮮やかで美しいそれが見る者の目を奪った。

 次に見えるのが何も置かれていない小さなテーブル。足元に視線を落とすと古ぼけた色合いのカーペットが見え、テーブルが置かれている場所まで一直線に敷かれていた。

 トレランティアの神殿にあった彫刻こそないが、リーリャは荘厳で神聖な空気を感じられるこの場所を知っている。


 ここは――祈りの間だ。


 レペンスは先ほど初代リインカーネーションの部屋について聞かれた際、具体的な場所はまだ教えていないがもうじきに到着すると口にしていた。

 彼女の言葉を素直にとらえて考えるなら、祈りの間のどこかに初代リインカーネーションが使っていた部屋が隠されていることになる。

 かつり、こつ。軽やかな足音をたてて祈りの間に入り、レペンスはリーリャとアヴェルティールへ振り返った。


「聖女様も騎士様も、ここがどんな部屋かはなんとなく想像がつくと思います」

「……祈りの間……ですよね」


 迷わずに答えたリーリャに、レペンスが頷く。


「ここはシャリテ神殿の祈りの間。初代リインカーネーション様は、この祈りの間でお生まれになり、幼少期をここに隠された部屋の中で過ごしたと伝えられています」


 神に祈りを捧げるための部屋で生まれ、その部屋の中に隠された場所で幼少期を過ごした――初代リインカーネーションが生まれながらの聖女だという話は伝説でも語られていたが、生まれた瞬間から神に近い場所にいたとは。

 まるで、この世に生を受けた瞬間から神に見守られているかのような人だ。


「お祈りも済ませたいかと思いますが、先に隠し部屋の場所をお伝えしておきたいので……こちらへどうぞ」


 レペンスが止めていた足を動かし、祈りの間の奥に向かって歩き出した。

 アヴェルティールも祈りの間へ足を踏み入れ、リーリャもほんのわずかに遅れてその後に続く。

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