5-4 慈悲の町 シャリテ
女性は、名をレペンスと名乗った。
レペンスは代々シャリテをまとめてきた町長の家に生まれた、現在のシャリテ町長らしい。
「本当にまたここへ聖女様がいらしてくれてよかったです。住民総出でお出迎えできたらよかったのですが、このとおり、今のシャリテにはあまり人が住んでいなくて」
かつ、こつ。かぽ、かぽ。
靴底が足元に敷かれたタイルに触れる音と、馬の蹄の音が静かなシャリテの町に響いている。
リーリャは馬に乗ったまま、アヴェルティールは馬から降りて両足を地につけ、レペンスとともにシャリテの町を歩いていた。
二人だけで町を歩いていたときも思ったが、やはりシャリテは人が少ない。店舗や住居と思われる建物は多い辺り、かつては多くの人で賑わっていたと思われる痕跡は感じられた。
だからこそ、人が少なくなってから長い時間が経ったと思われる今の姿が物悲しく感じられてしまう。
「確かに、それは私も聖女様も感じておりました。シャリテにはアルズで出会った方からお話を聞き、長く訪れていないのであれば向かわねばならないと考えてこちらへ参ったのですが」
シャリテに続く道も整備されておらず、肝心の町も人気が少ない。
初代リインカーネーション――最初にこの世界を滅びの運命から救った聖女が生まれた地なら、ここは聖地と呼ばれていてもおかしくなさそうなのに。
かつてシャリテで何があったのか。直接的な言葉にはせずにアヴェルティールがレペンスへ問いかける。
リーリャもちらりと彼女を見ると、レペンスは苦々しい思いを無理に隠しているかのような様子で苦笑いを浮かべた。
「……シャリテへリインカーネーションの聖女様や聖人様方が訪れなくなったのは、今から遠い昔のことだそうです。それまではシャリテには多くの人々が住み、聖女様や聖人様方も巡礼の旅の途中で滞在してくださっていました」
はつり。静かな声で言葉を紡ぎながら、レペンスは歩を進める。
「シャリテから人がいなくなるようになった大きなきっかけは、王様がリインカーネーションの伝説に関する解釈を改めてからです。初代リインカーネーション――リリウム様が誕生されたのはシャリテではなくベシャイデンの地だった、と」
「それがきっかけになって、シャリテから人がいなくなったんですか?」
おそるおそるリーリャが問いかけると、レペンスは小さく頷く。
「王様がその発表をしてから、シャリテは聖女誕生の地ではないのに聖地を騙っていたと言われるようになり……人々の足はどんどん遠のき、かつての活気は失われていってしまいました。昔の町長が王様に訴えても状況は変わらず、むしろ正しい解釈を否定する者という扱いを受けたそうです」
それがシャリテからの人の流出を加速させ、他の町や都市、村に住んでいる人々の足も遠のかせた。
町から人が消えれば道を整備する手も少なくなり、多くの人が歩いた道も、そこを歩く人間が少なくなれば自然と荒れていってしまう――それがあの道中の険しさを生んだのだろう。
レペンスが紡ぐ言葉一つ一つを耳にしながら、リーリャは思わず表情を曇らせた。
国王が急にリインカーネーションの伝説の解釈を改め、シャリテの人々やリインカーネーションに仕えてきた一族を遠ざけた理由はわからない。
わからないけれど、初代リインカーネーションは特定の人々が遠ざけられるのを知れば、心を痛めるだろう。
(……あれ?)
ふと、気づく。
初代リインカーネーションに代々仕えてきた一族は、ある年に突然リインカーネーションの傍から遠ざけられた。
初代リインカーネーションが生まれた町は解釈が変更された結果、町に訪れる人々が少なくなり、もともと暮らしていた住民も流出していった。
突然リインカーネーションの伝説に対する解釈が変更され、聖女や聖人から遠ざけられたのは初代リインカーネーションについて知っている立場の人や町に住んでいる人間だ。
特定の条件を満たしている人間だけが不利益をこうむっている。
(……初代リインカーネーションと深い関係がある人たちが、リインカーネーションの聖女や聖人たちから遠ざけられている?)
だとしたら、その理由はなんだろうか?
初代リインカーネーションという、伝説の中で描かれた人物に寄り添っている人々を遠ざけて得られるメリットとは一体なんだ?
わざわざ遠ざけるくらいだ、きっと何らかの理由が隠されているに違いない。
馬に揺られながら考え込むリーリャに、歩く足を止めずに思考を巡らせるアヴェルティール。
揃って考え込む今代の聖女と騎士を横目で見やり、レペンスがおずおずと口を開いた。
「あの……聖女様、騎士様。お二人とも、本日はシャリテに滞在するご予定でしょうか?」
「……そのつもりではあります、が」
これまでの道中できちんと休んではいたが、きちんと宿で休んだ場合と野宿をした場合では疲労の回復量が違う。
無事にシャリテへ辿り着くまでの間、ずっと野宿をしていたことを考えれば、シャリテに滞在して休むのが一番だ。
だが、リーリャとアヴェルティールはアルズで一度追っ手に追いつかれそうになった。あまり長くシャリテに滞在したら、追っ手の騎士たちに追いつかれてしまうかもしれない。
ベシャイデンではなくシャリテに向かったのだとすぐに気づかれても、アルズからシャリテにまで続く道に溢れている自然が追っ手の足止めをしてくれるはずだ――だが、過信しすぎず、用心しすぎるくらいでちょうどいい。
「今、私と聖女様は訳あって追われている身です。不安に揺れるシャリテの人々のために長く滞在したい思いはありますが、あまり長く滞在するのは難しいとも考えています」
どうやら、アヴェルティールもリーリャと同じことを考えていたらしい。
返された言葉を耳にし、レペンスが大きく目を見開く。
何事かを問いかけようとして――けれど、すぐに何やら考え込みだすと、そっと口を開いた。
「……どうして追われている身なのかはとても気になりますが……きっと理由があるのだと思いますし……」
小さな声で何やらぶつぶつと呟いてから、こくりと大きく頷いた。
レペンスの強い意志を込めた目が、リーリャとアヴェルティールへ向けられる。
「それでしたら、シャリテの神殿へどうぞ」
「シャリテ神殿へ? ……確かに、シャリテ神殿には向かうつもりでいましたが」
早くシャリテ神殿で祈りを捧げ、次の町に向かったほうがいいと言いたいのだろうか。
頭の片隅で考えながら言葉を返したアヴェルティールへ、レペンスがもう一度頷く。
「シャリテ神殿はリリウム様が最初に祈りを捧げた神殿であり、リリウム様が幼少期をお過ごしになられた神殿でもあります。話によれば、リリウム様が当時使っていたお部屋が神殿内のどこかにあるそうです」
「初代リインカーネーション様がお使いになられていた部屋が?」
「はい。そのお部屋は隠し部屋になっていますので、簡単には見つからないはずです。リリウム様のお部屋なら、身を隠しながらゆっくり休めるはず」
シャリテ神殿の中にある隠し部屋――なるほど、隠されている場所なら追っ手の騎士がシャリテ神殿まで来ても即座に見つけられることはないはずだ。
はたり、はたり。数回ほどゆっくり瞬きをしたのち、リーリャは思わずぽつりと呟いた。
「……レペンスさんは、初代リインカーネーション……ええっと、リリウム様についてお詳しいんですね」
もしかしたら、リーリャが知らないだけでシャリテの町には初代リインカーネーションの話が何らかの形で詳しく伝えられているのかもしれない。
だが、シャリテ神殿にある初代リインカーネーションの部屋――それも隠し部屋になっている部屋まで知っているとなると、非常に詳しいのではとリーリャには感じられた。
一瞬レペンスがきょとんとした顔をし、けれどすぐに笑う。
「もちろんです。なんていったって、私はシャリテの現町長。そして……シャリテ神殿を管理し続けている神殿守でもありますから」
とんと胸を軽く叩き、レペンスは悪戯っ子のように笑いながらウインクをした。
町長であると同時にシャリテの神殿守であるのは驚いたが、そうであるならば安心して提案に頷ける。
アヴェルティールもどこか納得したような顔をし、一つ頷いてからレペンスへ言った。
「……ならば、シャリテ神殿のほうへ案内してもらえますか? いつ追いつかれるかわからない以上、できるだけ身を隠しておきたいので」
「もちろんです。……あ、少し家に立ち寄ってもよろしいでしょうか。これを置いておきたいので」
そういいながら、レペンスは手に持っている紙袋を軽く揺らした。
今すぐにでもシャリテ神殿へ向かいたい気持ちはあるが、荷物を置いていくぐらいの時間の余裕もある。
アヴェルティールのかわりに小さく頷き、リーリャはレペンスへ返事をした。
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