5-9 慈悲の町 シャリテ

 はつり。辿り着いた答えを呟いたアヴェルティールの声は、わずかに震えていた。

 地位を守りたいと考える者にとって、リインカーネーションたちは非常に厄介な存在だ。だが、民を守る存在であるという話が広まっている以上、適当な理由をつけて殺すと反発される。


 しかし、それが『国を守るために必要である』と思わせることができればどうだ?


 手始めに、リインカーネーションに仕えてきた一族を追放して後に生まれてくる聖女や聖人の守り手を遠ざけた。

 さらに、リインカーネーションの伝説を自分にとって都合のいい形に歪め、それを新たな解釈として人々に広めた。

 弱者のための存在から世界を守るための存在に歪め、世界を救うために命を捧げなくてはならないということにした。

 その結果、出来上がったのはリインカーネーションが死んでも違和感を持たれない理由だ。


 だが、これだけでは正しい伝説を知る者からの反発がある。

 故に正しい伝説を知る者や町の肩身が狭くなるように追い詰め、現在の伝説に異を唱える者はおかしいのだと思われるくらいに歪められた伝説を広めた。

 神々の怒りに触れたという事実を織り交ぜて歪められた伝説は、時の流れとともに『正しい伝説』として人々の間に広まっていった。


「昔はリインカーネーションの代替わりが緩やかだったのも、普通に天寿を全うしていたんだろう。だが、カルド王の時代になってからは問題が解決されていない状態でリインカーネーションが命を落とすようになった」

「だから、新たなリインカーネーションが誕生し続けた……。でも、カルド王はリインカーネーションが現れるのを望まずに殺し続けていた。だから、リインカーネーションの代替わりが頻繁になっていた……」


 アヴェルティールの言葉を引き継ぎ、リーリャも呟く。


(初代リインカーネーションは、リリウム様は、こうなることを危惧していたからあんな手紙を……?)


 最初に人々を救った人だからこそ、そしてかつての第一王子――すなわち王族とともに旅をした人だからこそ、後に生まれてくる王族が自分たちリインカーネーションを敵視する者が現れるかもしれないと考えてあのような手紙を残したのだろう。


(……これが真実なら、死ぬわけにはいかない)


 伝説が歪められているのなら、全ての明らかにしてほしいというのが初代リインカーネーションが後世に託した願いだ。

 リーリャが初代リインカーネーションと非常によく似た容姿を持って生まれてきたのも、誰よりも彼女に近い力を持って生まれてきたという疑惑があるのも、リーリャがずっと隠されていた初代リインカーネーションの手紙を見つけたのも――きっと意味がある。


 生き延びなくては。

 手紙という媒体で、初代リインカーネーションから願いを託されたのだから。


「……アヴェルティールさん」

「なんだ」

「守ってくれますか。私、生きないといけない……ううん、生きたいです」


 リーリャは長い間、国のために死ぬのが正しいのだと自分に言い聞かせ続けていた。

 けれど、今は違う。国のために死ぬのがリインカーネーションの聖女として正しいあり方ではない。

 リーリャの胸の中で大樹のように大きく育った生への願いは大きく花開き、強い決意へと姿を変えていた。


「……お前が生きたいと願うなら叶えよう」


 出会いは最悪だったけれど。

 自分勝手な理由で振り回したけれど。

 リーリャという少女は、今のアヴェルティールにとって守りたいと願う人になったのだから。


「始まりは偽りだったが、俺はお前を守る巡礼騎士なのだから」


 大切に思わなければいいと思っていたが、もう認めよう。

 アヴェルティール・マニフィカートは、彼女のことを大切に思っているのだと。


 リーリャ・アルケリリオン。

 この少女が、己にできた――新たな『守りたいもの』だ。

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