4-5 逃亡と真実の断片
記録と宿の主人は言っていたが、中身はどちらかといえば日記に近かった。細かい年代と日付とともに、その代のリインカーネーションがどのような順番で神殿を巡ったのかが持ち主の視点で書かれている。
記録は途中で途切れているが、確かに綴られている中にベシャイデンという言葉は出てきていなかった。
『××××年 春の月 トレランティアの神殿へ到着。今代のリインカーネーション様のはじめてのお務めだ。緊張されているようだったため、祈りの間に到着するまでの間に軽くお話をした。わずかだが緊張がほぐれたようで、祈りの間に到着する頃には柔らかい顔をされていてほっとした』
『××××年 春の月 アルズに到着。ちょうど春祭りの時期だったらしく、町はとても賑わっていた。普段から華やかな町だが、やはり春祭りが開催されている間はより華やかな印象が強い。リインカーネーション様もお祭りに興味がおありの様子。せっかくだし、春祭りを巡ろうかと思う』
『××××年 春の月 シャリテの神殿に到着。予定していた道が通れず、思っていたよりも少々時間がかかってしまったが、リインカーネーション様も我々も無事に到着できた。お祈りをするのはこれで二度目だが、トレランティアのときよりも落ち着いてお祈りができたと話してくださった。リインカーネーション様の笑顔を見れると、私も嬉しい気持ちになる』
『××××年 春の月――……』
丁寧にページをめくり、記されている文字列へゆっくりと目を通していく。
トレランティアとアルズは、リーリャも実際に訪れた町と神殿だ。
だが、一緒に記されているシャリテの神殿はまだ一度も訪れたことがない。聖女教育の中でも耳にした覚えはない、完全に知らない町と神殿だ。
横目でアヴェルティールの反応を見てみるが、彼もどこか困ったような顔をしている。
(アヴェルティールさんも、シャリテ神殿のことを知らない……?)
元巡礼騎士で、プリエ騎士団を率いてきた騎士団長でもあったアヴェルティールも知らない。
リインカーネーションのすぐ傍にいる巡礼騎士であった彼も知らないのであれば、これはリインカーネーションに関する情報のうち一切表に出ていなかったものだ。
初代リインカーネーションの名前や容姿、ある年を境にリインカーネーションの代替わりが頻繁に行われるようになっていると考えられる情報と同じように。
静かに冊子を閉じ、リーリャは宿屋の主人へ返却するために差し出した。
「ありがとうございました。……あの、こちらの記録は……」
「一族以外の人間に見せるのは、聖女様と騎士様がはじめてです。……下手に外部の人間に見せたら、偽りの記録だとされて処分されてしまいそうだと思ったので」
その可能性はない――とは言い切れない。
思わず表情を曇らせたリーリャの隣で、アヴェルティールが口を開いた。
「こちらの記録は途中で途切れていたようですが……記録が止まった年代で何があったのか、ご存知でしょうか」
リーリャとアヴェルティールが見た記録は、確かにかつてのリインカーネーションの足取りを記したものだった。
だが、その記録は完全なものではなく、ある年代を迎えた瞬間に途切れている。
リインカーネーションを長く支え続けてきた一族の記録なら、もっと多くの情報が残されていてもおかしくないだろうに、途中で途切れているのは少々不自然だ。
今はこの場にいないが、リーリャへ声をかけてきたあの少年が『こんな場所に追いやられた身だけど』という表現を使っていたため、何らかの理由でリインカーネーションの傍にいられなくなって記録が途切れたと想像はできる。
問題は、その年で何があったか――だ。
しんと沈黙が場を支配する。
少しの間だけ黙り込んだのち、宿屋の主人がそっと息を吸い込んで口を開いた。
「……我々一族が、当時の国王からリインカーネーション様方のお傍にいることを禁じられ、王城から追われた年です」
「!」
雷に打たれたかのような強い衝撃がリーリャの全身に走った。
アヴェルティールも同じだったのだろう、大きく見開かれた紫の目には強い驚愕と動揺の色が揺れていた。
「リインカーネーション様を支えるふりをして、命を奪おうとしていたのだろう――という疑惑をかけられたそうです。我々の先祖は疑惑を否定したそうですが、聞き入れてもらえず……結果、王城から遠く離れたアルズに追放されました」
「そんな……ことが……」
「……先祖が残した日記によれば、その日から数日後、これまでの伝説の解釈が間違っていたと国王が発表したそうです。聖女様や聖人様方がシャリテではなくベシャイデン神殿へ向かうようになったのも、その年からだったと」
誰よりもリインカーネーションたちのことを知る一族が追放された。
それだけでも大きな衝撃だったのに、巡礼の旅で訪れる神殿まで変更されていたとは。
伝説をなぞって神殿を巡るのであれば、訪れる神殿が途中で変更されるのはおかしい。その時点で、最初に世界を救ったリインカーネーションの伝説と異なってしまう。
(……一瞬思考が止まりかけたけど、おかげで確信できた)
現在、言い伝えられているリインカーネーションの伝説は――昔とは異なる姿になっている。
「……アヴェルティールさん」
「ええ。わかっています、聖女様」
アヴェルティールの目的は、リインカーネーションの伝説の真実を確かめること。
巡礼の旅の途中でリーリャの中に生まれた目的は、リインカーネーションの伝説が今と昔で異なる姿に変化してしまっているか確かめること。
最初はアヴェルティールが己の目的のためにリーリャを連れ回していたが、現在では『リインカーネーションの伝説について確かめる』という共通した目的を持った旅になっている。
現在の言い伝えが昔と異なる姿になっていると確信できた今、次にリーリャがとる行動は一つしかない。
(今のリインカーネーションの伝説がどう変わってしまっているのか、確かめたい)
そのためには、もっと情報が必要だ。
多くの人が知っているものではない――さまざまな理由によって隠されていた、ほとんどの人が知らないであろう情報が。
シャリテに行けば、きっとリインカーネーションに関する新たな情報が見つかるに違いない。アヴェルティールも同じことを考えているはずだ。
リーリャがシャリテの町へ行くにはどうすればいいか問いかけようと口を開いたそのとき、宿の扉が勢いよく開かれる。
直後、リーリャを宿まで案内してくれたあの少年が、焦りを浮かべた顔で室内に飛び込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます