2-3 忍耐の町 トレランティア
最初に見えたのは、神殿へ来た者に対応するために用意されたと思われるアンティーク調のデスク。そして、ソファーや小さいテーブルがいくつか用意されたロビーだ。
ぴかぴかに磨かれた床に、設置された家具たち。少しの間だけならくつろげるように整えられたロビーは、リーリャに少しだけ意外だという気持ちを与えた。
神殿の内部なのだから、もっと神聖さに溢れる構造になっているのかと想像していた。
故に、己が想像していたものと違った様子に驚いてしまったのだ。
かつり、こつり。かつり。ロビーを通り抜け、奥へ進む三人分の足音が響く。
「宿から連絡を受けたときは本当に驚きました。まさか、今回の巡礼の旅が始まって間もない段階で襲撃を受けるとは……巡礼騎士の方々は大変だったと思いますが、今代の聖女様に何事もなくてよかった」
「聖女様をお守りするのが我々巡礼騎士の仕事ですから。傷ついた仲間たちを置いていくのには心が痛みましたが……」
神殿守とアヴェルティールの声に耳を傾けながら、リーリャはきょろりと周囲に視線を向けた。
ロビーの床もそうだったが、神殿の廊下も隅々まで掃除されており、ぴかぴかに磨かれている。歩きやすいよう落ち着いた色合いの絨毯が敷かれているため問題なく歩けているが、そうでない場所はうっかりすると滑ってしまいそうだ。
リーリャが立っている場所から左側は壁になっており、右側の壁はガラス張りになっている。ガラスの向こう側にはリーリャが今身にまとっている祭服と非常によく似た格好をした女性の彫刻があった。
彫刻の周囲は花壇やトピアリーで飾られ、色とりどりの花々や緑が中央に存在する女性の彫刻が引き立てられているように見えた。
「……聖女様。あちらにある彫刻が気になりますか?」
じぃ、と。彫刻を見つめているリーリャへ、アヴェルティールが声をかけた。
はっとしてアヴェルティールを見れば、彼だけでなく前を歩いていた神殿守もこちらへ視線を向けているのがちらりと見えた。
二人分の視線を受け、少し気恥ずかしいような気持ちになりながらも、リーリャは小さく頷く。
「あ……え、と……はい。その……私と同じ祭服を着ているように見えたので……」
言葉に少しつまりつつも、リーリャは二人へ返事をする。
すると、アヴェルティールは納得したような顔で「ああ」と声を出し、神殿守は微笑ましそうに柔らかく目を細めた。
「なるほど。それで彫刻を見つめていらしたんですね」
アヴェルティールの言葉を引き継ぐように、神殿守が言葉を紡ぐ。
「あちらの中庭にある彫刻は、初代リインカーネーション様のお姿を形どった彫刻なのです。ですから、聖女様の祭服と同じものをお召しになられているのです」
「……あれが……初代リインカーネーションの……」
「はい」
神殿守がリーリャの呟きに頷き、頭のてっぺんから爪先までじっとリーリャを見つめる。
そして、指先でわずかに自身の顎をなでたのち、まるで眩しいものを見たかのように目を細めた。
「今代の聖女様は、初代リインカーネーションによく似ておられる」
「……え?」
「世界の始まりの色に近い髪も、全ての命に流れる色を宿した瞳も。そして、お話があまり得意ではなさそうなご様子も――全て、書物に記されている初代リインカーネーション様を写したかのようです」
神殿守が発した言葉を前に、リーリャの目が大きく見開かれた。
リーリャの髪は銀色で、目は赤い。神秘的な雰囲気をまとっているようにも見えるが、人によっては不気味にも見えてしまう色合いを持って生まれてきたのがリーリャだ。
だが、まさか伝説に登場している最初のリインカーネーションも同じ銀髪に赤い目をしていたなんて――そのうえ、リーリャと同様に生まれつきなのか後天的な理由なのかはわからないが、上手く話せない点まで一致しているとは。
(これまで聞いていたリインカーネーションの伝説では、どのような髪や目の色だったのか……っていうところまでは……語られていなかった、はず……)
目を丸くしたリーリャの隣で、アヴェルティールが口を開く。
「初代リインカーネーション様のお姿について記された書物が残されているのですか? こちらでもリインカーネーション様のお話について記された書物や資料には触れてきたつもりなのですが」
「はい。我々トレランティアの神殿を管理する神殿守の間で代々伝えられている書物があります。その中に、初代リインカーネーション様がどのようなお方であったのかが記されております」
神殿守の返事を前に、アヴェルティールが考え込む。
アヴェルティールの目的はリインカーネーションの伝説が真実であるかどうかを調べることだ。これまで伝えられてきた伝説の中で語られていない情報がある書物が存在するとなれば、考え込みたくもなってしまうだろう。
ほんの少しの時間を置いたあと、アヴェルティールの唇がゆっくり開かれた。
「可能であれば、聖女様がお祈りをされている間、その書物を見せてもらうことは可能でしょうか。王城で保管されている書物の中には、初代リインカーネーション様のお姿について記されたものはなくて。聖女様をお守りする者として、最初に世界を救ってくださったリインカーネーション様について詳しく知っておきたいのです」
神殿守の男性をじっと見つめ、アヴェルティールが凛とした声で頼み込む。
一族の間で代々伝えられている貴重な書物なら、たとえ巡礼騎士であっても一族以外の人間が触れることを禁止しているかもしれない。
だが、ここでその書物に触れることができれば、アヴェルティールの目的が達成に一歩近づく可能性がある。
アヴェルティールはもちろん、彼の目的を知っているリーリャもわずかな緊張感を感じながら神殿守を見つめた。
神殿守は無言でじっと考え込んでおり、アヴェルティールへすぐに返事を返すことはない。
数分か、それともそれ以上か。長く感じられる沈黙がしばしの間広がり――やがて、小さく頷いた。
「わかりました。代々一族の間で伝えられてきたものですので、王城へ献上することはできません。しかし、騎士様にお見せする程度であれば先祖も許してくれるでしょう」
「……では」
アヴェルティールの声にわずかな期待の色が滲んだ。
口元に緩く笑みを浮かべた神殿守が頷き、アヴェルティールの期待を肯定した。
「ええ。騎士様に我々トレランティアの神殿守に伝えられている書物をお見せしましょう。ただし、絶対に持ち出さないように。我々にとって非常に重要なものですから」
「もちろん、それはお約束いたします。我々も神殿守の方々にとって大切なものを奪うわけにはいきませんから。……ありがとうございます」
一度足を止め、アヴェルティールが胸に手を当てて深々とお辞儀をした。
そんなアヴェルティールに対し、神殿守は驚いたかのようにわずかに目を見開き、少し焦った調子で口を開いた。
「そんな、顔をお上げください! マニフィカート様! トレランティアの神殿守はかつてあなた様が率いる騎士団に助けられたのですから。これはその恩返しだと思ってください」
マニフィカート。神殿守の男性が口にした家名を耳にした途端、リーリャの脳裏に一つの記憶がよぎった。
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