2-2 忍耐の町 トレランティア
トレランティア神殿。各地に存在している神殿のうち、リインカーネーションが最初に向かうことになっているのが、忍耐という意味の名前を持つこの神殿だ。
現存している神殿の中で古い歴史があるといわれており、リインカーネーションが誕生するようになる前から多くの人々の願いと祈りを聞き届け続けてきた。戦争が多く行われていた時代では逃げ惑う人々の居場所にもなり、人々を支え続けてきたのだと聞いている。
アヴェルティールの手を借りて馬から降り、リーリャはすぐ目の前にそびえ立つ神殿を見上げた。
遠目から見たときも感じたが、白い壁は少し煤けており古ぼけた印象がある。だが、損傷している箇所は非常に少なく、細かく人の手が入っているであろうことが簡単に予想できた。トレランティア神殿の歴史を考えると、戦争があった時代からここまで綺麗に残り続けているのは純粋に素晴らしいことのように思える。
晴れ渡った空から降り注ぐ日光をわずかに反射しているその姿からは、なんともいえない神聖さを感じさせるようだった。
「リーリャ」
「!」
はじめての神殿を前に、少しだけぼうっとしていた意識が引き戻される。
神殿から視線を外し、ぱっと声が聞こえたほうへ目を向ければ、じっと静かにこちらを見下ろすアヴェルティールと目が合った。
「……そんなに珍しいか? 神殿が」
「え、ええと……その……はい。私ははじめて目にするので……」
神殿が近くにある町や、神殿を管理する役目を持っている町に生まれた者なら足を運んだ経験があるかもしれない。
だが、王都から離れた農村で生まれ育ったリーリャにはそのような経験はなく、わざわざ神殿へ足を運ぶきっかけもなかった。
「だから……リインカーネーションたちが祈りを捧げてきた神殿って、こんなに綺麗で……すごい場所だったんだって思って」
「……そうか」
アヴェルティールが呟くように短く言葉を返す。
とても短い言葉からは彼が何を思っているのか読み取りにくいものがあったが、嫌悪感をはじめとした感情を持っていないことは声色からなんとなく想像ができた。
「神殿内をじっくり見て回ることは難しいが、少しなら見て回ることができる。内部も軽く見ておくといい」
行くぞ。
最後に一言そう付け足し、アヴェルティールが片手を差し出す。
彼の言葉に思わずきょとんとした顔をしたリーリャだったが、すぐに表情をわずかに緩め、差し出された彼の手に己の手を重ねた。
「はい」
一言返事をしながら、アヴェルティールの手を軽く握る。
アヴェルティールからもリーリャが痛がらない程度の力加減で手を握り返される。
ちらりと見上げてみれば、そこにいるのは襲撃犯としての彼ではなく、リインカーネーションをたった一人で守っている巡礼騎士としての彼に切り替わっていた。
一歩、一歩。アヴェルティールに連れられて神殿の入り口へ向かっていく。
そうしながらも、リーリャの頭の中ではやはり彼に関することが巡り続けていた。
(……怖い人なのか、優しい人なのか、やっぱりわからない……)
出会った直後は恐ろしい人なのだと思っていた。
リーリャが乗っていた馬車を襲撃してきたのもそうだし、大勢いた巡礼騎士をたった一人で全て倒してしまった。さらには、唯一意識が残っていたけれどほとんど抵抗できない騎士にも何らかの危害を加えようとしていたから。
しかし、リーリャに対してはその冷酷さが発揮されない。リーリャが世界の行方を握る今代のリインカーネーションだからという理由もあるだろう。しかし、手を繋ぐときは痛すぎない力加減にしたり、馬車から連れ出すときは優しく抱き上げてきたり、彼の行動の細部にはほんのわずかな優しさがある。
リーリャの命に関わらない程度に乱暴な扱いをするという選択肢もあるだろうに、アヴェルティールは今のところ、その選択肢を選ばなかった。
怖い人なら、なぜリーリャには優しさを見せるのか。
優しい人なら、なぜ馬車を襲撃してリインカーネーションを連れ出すという恐ろしい方法を選んだのか。
(アヴェルティールさんと一緒にいるうちに、わかるのかな)
きっと、もうしばらくはアヴェルティールに連れられて各地の神殿を巡ることになる。
その旅路の中で、アヴェルティールがどのような人物なのか、彼の本性は何なのか見極められるかもしれない。
リーリャの頭がそう結論をはじき出したとき、ごんごんとドアノッカーが扉を叩く重い音が鼓膜を震わせた。
「今代の聖女様をお連れしました」
凛、と。アヴェルティールの声が続き、聖女の来訪を知らせる。
まもなくして、眼前にあった神殿の扉が内側からゆっくりと開かれた。
「――お待ちしておりました、聖女様。騎士の方も、お一人でよくいらっしゃいました」
そういってリーリャとアヴェルティールを出迎えたのは、真っ白な神殿衣に身を包んだ年老いた男性だ。
髪は年老いて白く染まりつつあり、顔にもシワが目立つ。手にも同様に細かいシワが刻まれており、彼がリーリャよりも昔の時代に生まれたのだとはっきり物語っていた。
男性の目は、まずリーリャへ向けられ、その後にアヴェルティールへと向けられる。たった一人の巡礼騎士と今代のリインカーネーションを労るように優しい目で見つめてから、ゆっくりと頷いた。
「大体のお話は宿を管理している者から聞いています。神殿の中は安全が約束されております。聖女様は脅威を気にせずにお祈りへ集中し、巡礼騎士の方は聖女様をこの先もお守りできるよう、ゆっくり身体を休めてください」
「神殿守のお心遣いに深く感謝します」
感謝の言葉を口にし、アヴェルティールは深く一礼した。
リーリャも彼を真似するように一礼する。
馬車を襲撃した犯人が今こうして話しているアヴェルティールであり、今代のリインカーネーションは彼の手によって連れ出されている最中だなんて誰も気づかない。
アヴェルティールが見せる巡礼騎士としての振る舞いは非常に手慣れており、違和感を覚えさせにくいものだった。
「どうぞ、お二人とも中へ」
神殿守と呼ばれた男性へ促され、リーリャはアヴェルティールとともに神殿の中へ足を踏み入れた。
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