第二話 忍耐の町 トレランティア
2-1 忍耐の町 トレランティア
リインカーネーションと世界の滅亡について、真実を知る。
アヴェルティールが操る馬の背の上で、リーリャは昨日彼が口にしていた言葉を何度も頭の中で繰り返していた。
宿でゆっくりと休み、再び太陽が空に昇った今。手早く朝食を取り終えたリーリャはあの祭服を身にまとい、アヴェルティールとともに神殿へ向かっていた。
トレランティアを出てから馬に乗って進む道は、神殿まで向かいやすいようにある程度整備されている。風に吹かれて揺れる草原の緑が、神殿はトレランティアから距離がある場所に――町の外に存在しているのだということをはっきり物語っていた。
流れていく景色の中、頭の中で繰り返される言葉を何度も心の中で噛みしめながら考える。
彼が――アヴェルティールが口にしていたことは、この世界で古くから伝えられているリインカーネーションの伝説のことだろう。
神の怒りに触れた世界と、怒りに触れたが故に滅びへ向かうようになった世界を救うために現れるようになった救世の聖女、救世の聖人。彼ら、彼女らが犠牲になることで滅びゆく世界が繋ぎ止められるようになったという伝説。
この世界では、誰もがその話を聞いて育つ。実際にリインカーネーションも一定の周期で誕生しているのもあり、リインカーネーションに関する伝説は誰もが真実なのだと信じて疑わない。
そして、今代のリインカーネーションであるリーリャも例外ではない。
(……でも、アヴェルティールさんは、あのお話が本当に真実なのか疑ってる……?)
リーリャは生まれてから、まだ十五年しか生きていない。
しかし、これまでの人生の中でリインカーネーションの伝説が真実ではないかもしれないと疑っている人物など一度も目にしたことがなかった。
(アヴェルティールさんは、どうしてあの伝説が本当なのかって、疑問に思ったの……?)
疑ったということは、何かきっかけがあったはずだ。
ぐるぐると答えの出ないことを考え続けるリーリャだったが、その思考は頭上から降ってきた声で打ち切られた。
「何をそんなに考え込んでいる?」
馬を走らせる音に混じって聞こえた声。誰の声なのかと考えなくても答えはわかる。
俯いていた顔をあげ、頭上へ目を向ける。
ばちりとアヴェルティールと一瞬だけ視線が絡み、彼の目の中にリーリャの姿が映し出された。
一回、二回。はくはくと数回唇を動かしたのち、リーリャはアヴェルティールへ答える。
「……あ、アヴェルティールさんが……リインカーネーションの伝説に疑問を感じたのは……なぜ、ですか」
あの伝説は真実なのだと示している証拠が多いだろうに。
馬が駆ける音のみが少しの間響いたあと、アヴェルティールが静かに口を開いた。
「リーリャ。お前は、この世界を見守っている神がどのような存在なのか知っているか?」
「それは……もちろん」
この世界を見守っているという神。
数多くの言い伝えがあるが、この世界の神は古くから人間に力と知恵を分け与えてきた。困っている者には手を差し伸べ、悪の道に手を染めた者には罰を与える――この世に生まれ落ちた人間全ての父や母のような存在であると。
男神なのか女神なのかも解釈が分かれるが、どのような解釈であっても人間のことを愛している親のような神であるという点は共通している。
自身の記憶を探りながら頷いたリーリャへ、アヴェルティールも小さく頷き返した。
「神々についての文献を探ったが、この世界を見守っている神は人間を愛する慈愛に満ちた存在であると表記されていた。良い行いをした人間には祝福を、悪い行いをした人間には罰を。……そういう判断をする存在だと」
アヴェルティールの言葉に耳を傾けながら、今度はリーリャが頷いて続きを促す。
「だが、現在語られているリインカーネーションの伝説の中では、人間が神々の怒りに触れた結果、世界が何度か滅びに向かうようになり、それを食い止めるためにリインカーネーションが誕生するようになったといわれている」
それも、リーリャが幼い頃から聞かされていた伝説だ。
何かおかしいところがあるだろうか――考え込んでいたリーリャだったが、続いたアヴェルティールの言葉を聞いた瞬間に気づいた。
「良い行いをした人間は助け、悪い行いをした人間には罰を与える。そのような判決を下す神が、怒りに触れたからといって善人も悪人もひっくるめて罰を与えるような選択をするだろうか」
は、と。リーリャの目が大きく見開いた。
言われてみれば確かにそうだ。リインカーネーションの伝説で語られている神の姿は、良い行いをしている者も悪い行いをしている者もひっくるめて罰を与えていることになる。世界が滅んでしまえば、善人も悪人も関係なく命を落とすだろうから。
慈愛に満ちた神がそこまでの判断をするほどに怒らせたのだと言われればそれまでだが、改めて考えてみると確かに少しだけ首を傾げてしまうものがある。
「……それに、人を愛する神が本当に一人の人間を犠牲にし続けなくてはならない制度を強制してくるのかも疑わしい。そこまで手ひどく神を怒らせたのだと言われるが、何か隠されているのではという思いが拭えない」
「……だから……調べようと思ったのですか。真実なのか」
アヴェルティールが最小限の動きで頷き、返事をした。
「各地に存在する神殿には、リインカーネーションの伝説に関する書物が残されている。神殿に残されていない場合でも、神殿を管理する人間の手にそれらの書物があることが多い。それらを一つ一つ調べて、真実なのかどうかを確かめる」
「……伝説が……真実なのかを、調べる旅」
「そのためにも、お前にはアクシデントに見舞われながらも生き残った巡礼騎士とともに旅をしているリインカーネーションとして俺に同行してもらう。もし仮に現在伝えられている伝説に誤りがあれば、リーリャ。お前もその若さで死ななくて済むかもしれない」
どくり、と。音がはっきり聞こえそうになるほど、リーリャの心臓が強く脈打った。
片手で胸元を強く握る。
国と世界を守るため、リインカーネーションは生まれてきた。国と世界が滅ぶのを守るため、リインカーネーションはその命を使う――この世界で生きる多くの人間はそのように考えている。その認識が普通という空気さえある。
だが、リーリャだって死なないといけないと理解している頭の片隅で、できるならば死にたくないと考えている。
まだたったの十五年しか生きていないのだ。まだやりたいことだってある。家族と一緒に生きていたかったという思いもある。
歴代のリインカーネーションの全てがそうだったとは限らないが、中には今のリーリャのように死にたくないという思いを抱えていた者もいたはずだ。
死にたくない。飲み込んでいたはずの思いが、リーリャの中で少しずつ膨れ上がっていく。
「とはいえ、現在の言い伝えが真実であったと確定した場合は、お前の運命も一つしかないということになる。そのときのために覚悟もしておけ」
それは――言われなくてもわかっている。
リインカーネーションが本当に死ななくては世界が滅ぶと確定したら、そのときはリーリャも自分の家族や友人、仲間たちを守るために死ななくてはならない。
まだ生きていたかったという思いを完全に飲み込むことはできないだろうが、もしかしたら死ななくてよかったのかもしれないという疑惑を抱きながら死ぬよりはマシだ。
こくり、と。小さく、けれどしっかりと頷いてアヴェルティールへ返事をする。
言葉のない返事だったが、リーリャの思いをアヴェルティールに伝えるには十分だった。
「――さて、話をしていたら見えてきたな」
アヴェルティールの声に反応し、リーリャは改めて正面へと視線を向けた。
流れ続ける景色の中心。馬が前に進むごとに近づいてくる、古ぼけた印象がある少し煤けた白壁の神殿。
人の手を借りながらも古くからこの世に存在し続けているその場所が、リーリャとアヴェルティールの前に姿を現していた。
「あれが、お前たちリインカーネーションが最初に足を運ぶ神殿。トレランティアの神殿だ」
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