1-7 リインカーネーションの旅の始まり

 ぱたり。扉が閉まる音が空気を震わせる。

 鼓膜を震わせた音に反応し、リーリャはぼんやりと眺めていた窓から部屋の出入り口へ目を向けた。

 宿屋の少女の手によって案内された部屋は、二人分の大きめのベッドとその他の家具が置かれたシンプルな二人部屋だった。


 壁には大きな窓が一つ作られており、そこから町の様子を眺めることができる。夜になれば月明かりが、朝になれば朝日が差し込んできそうな窓は、部屋全体に開放感を与えていた。


 他にもテーブルや椅子といった基本的な家具や、書き物をするのにちょうどよさそうなライティングビューロも設置されている。クローゼットの中には着心地がよさそうな衣服が何着か用意されており、リインカーネーションがゆっくり過ごせるように整えられていた。

 その部屋で一人、リーリャはアヴェルティールがやってくるのを待っていた。ただ静かに。


「……上手に嘘をつくんですね」


 部屋に入ってきたアヴェルティールへ、リーリャが一言声をかける。

 アヴェルティールは出入り口の前に立っていたが、リーリャの声に反応してちらりとそちらへ目を向けた。

 だが、すぐにまた視線をそらすと、身にまとっている外套の留め具を外しながら椅子へ歩み寄り、ばさりと外套を床へ放り出す。

 アヴェルティールが少々乱暴に椅子へ座った瞬間、ぎ、と椅子がわずかに軋んだ音をたてた。


「ああでも言わないと納得しないだろう。……それに、リインカーネーションが完全に行方不明となれば余計な混乱が広がる」


 だから、あのような嘘をついたのだと。アヴェルティールが言葉少ななに答える。

 つまり、余計な混乱を広げないためにリインカーネーションと巡礼騎士という立場だと偽り、歴代のリインカーネーションたちが利用してきた宿を利用したということか――アヴェルティールを静かに見つめたまま、リーリャは思考を巡らせる。


 本来リーリャの護衛についていた巡礼騎士が意識を保っていたため、リーリャがアヴェルティールに連れ去られたのはいつか明らかになる。そのときにリーリャの行方が完全に追えない状態に陥っていれば、余計な混乱が広がることが予想される。

 しかし、リインカーネーションがきちんと巡礼の旅を続けられていると思われる目撃情報があればどうだ。余計な混乱が広がり、リーリャを探す手が加速するのをほんのわずかに緩和できるかもしれない。


 だが、目撃情報があれば、それを辿っていけばいつかはアヴェルティールとリーリャがいる場所へ辿り着く。襲撃犯であるアヴェルティールからしたら、自分の居場所を追っ手に知らせ続けるようなものだ。誘拐されたリーリャ側からすると非常に助かるが。


(……本当に、この人の考えてること、わからない……)


 リーリャが眉間にシワを寄せた瞬間、アヴェルティールの声がかかる。


「お前、名前は?」

「……え?」

「リインカーネーションだの聖女だの呼ばれてるが、お前にも名前があるだろう。お前の名前は?」


 眉間に寄っていたシワが消え、かわりにきょとんとした顔になった。

 わずかな時間を置いたあと、リーリャは静かに唇を開き、己の名前を声に出した。


「……リーリャ、です。リーリャ・アルケリリオン」


 リインカーネーションとして選ばれてから、すっかり呼ばれていなかった名前を名乗る。

 昔はよく呼ばれていた名前。けれど、今代のリインカーネーションだとわかってからはずっと呼ばれていなかった名前。

 リーリャが紡いだその名前を口にすると、アヴェルティールはわずかに頷き、舌先で転がした。


「リーリャ。明日は神殿に向かってもらう。身を清めるなり何なりして、休むといい」


 それだけ告げて、アヴェルティールは目を伏せた。

 リインカーネーションではなく、名前を自分以外の誰かに呼んでもらう。

 たったそれだけのことだったが、じんわりとリーリャの胸がわずかに温まるような感覚がした。

 何度か心の中でアヴェルティールの声を思い返すが、途中ではっと我に返り、改めて彼へ問いかける。


「あ、の……。……あなたの目的を……改めてお聞きしても、よろしいですか」


 一度は尋ねたけれど、答えてはもらえなかった言葉をもう一度紡ぐ。

 すると、アヴェルティールは伏せていた目をわずかに開き、ゆっくりと口を開いた。


「……リインカーネーションと世界の滅亡。その伝説について、真実を知ることだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る