1-5 リインカーネーションの旅の始まり
この世界には、各地にリインカーネーションの伝説に関する神殿が存在している。
中には管理が十分にできなくなって遺跡に近い状態になってしまっているものもあるが、多くの神殿は人の手によって管理されている。リインカーネーションたちは各地に存在しているこれらの神殿を巡り、世界と人々のために祈りを捧げることになっている。
アヴェルティールに連れられてやってきた町、トレランティアはリインカーネーションの伝説にまつわる神殿が存在している町の一つだ。
巡礼の旅で訪れる最初の町でもあり、王城で聞いた話では多くのリインカーネーションたちが巡礼騎士とともにトレランティアに滞在してきたそうだ。
だからだろうか。アヴェルティールが門番相手に町へ入るために必要な手続きをしている間も、いざ町の中へ足を踏み入れてからも、聖女としての格好をしたリーリャには多くの視線が向けられた。
かつ、かつ。こつ、こつ。
大勢の人たちで賑わうトレランティアの町の空気に、リーリャとアヴェルティールの足音も混ざる。
片手をしっかりとアヴェルティールに掴まれた状態で町を歩きながら、リーリャはちらりと町並みに視線を向けた。
(こういう町なんだ。トレランティアって)
トレランティアの町並みは、ほとんどの建物が白く染められた特徴的なものだ。
町中に敷かれたテラコッタタイルの道も白く、太陽の光を反射して町全体が輝いているようにすら見える。並んでいる店は一般的な店から旅人向けの店まで、さまざまな店が存在していた。その中に混ざって、さまざまなアミュレットやお札といった神聖さを感じさせるものを販売している店もあり、ぼんやりとリインカーネーションの伝説を思い出させるものがあった。
生まれ育った農村とも、今代のリインカーネーションであると聞かされてから巡礼の旅に出るまでの間に過ごしていた王城とも異なる未知の町。もう二度と目にできないだろう景色は、全てがリーリャの胸を躍らせた。
「……楽しそうだな」
はつり。アヴェルティールの声がリーリャの耳に届く。
はっとして町並みからアヴェルティールに視線を戻すと、いつのまにか彼はこちらへ目を向け、静かにリーリャを見ていた。
はしゃいでいた様子を見られていた――ちょっとした気恥ずかしさを感じ、リーリャは小さく咳払いをしてから答える。
「……そ、の。はじめて……目にする景色、ばかり……でした、ので」
なんせ、リーリャは王城から離れた農場育ち。
自分一人だけで世界を見て回る力もなく、知っているのはほんの少しの景色のみだ。
だからこそ、未知の景色を目の前にするとどうしてもはしゃいでしまう。
気持ちを落ち着けるため、軽く深呼吸をしてから、リーリャは言葉を続けた。
「ところで。……アヴェルティールさんは、私をどこに、連れて行くおつもりなんでしょうか」
トレランティアに到着する前は、ずっと馬に乗った状態で。
トレランティアに到着してからは、こうして手を繋いだ――というよりは、手を握られた状態で。
アヴェルティールは、リーリャが逃走できない状態を作りながら、どこかを目指し続けている。
トレランティアに到着してからはどこを目指しているのか疑問に思いながら問いかければ、アヴェルティールはすぐに答えた。
「宿だ。巡礼の旅をしているリインカーネーションと巡礼騎士が利用し続けている宿へ向かう」
神殿がある町――リインカーネーションが巡礼の旅で訪れる町には、必ずリインカーネーションとその護衛専用の宿がある。巡礼の旅の一団は結構な人数になってしまうことも多く、町で暮らす人々が萎縮や居心地の悪さを感じてしまわないようにするため、専用の宿を利用することになっているのだと。
しかし、世界の命運を握る聖女に何かがあってはいけないため、リインカーネーション用の宿の場所は公にされていない。知っているのは、巡礼騎士の中でも高い地位にいる者だ。
だが、どうしてそれをアヴェルティールが知っているのかという疑問が残る。
巡礼騎士が身につけている篭手や胴当てを身に着けていたり、巡礼の旅で使用する宿を知っていたり、アヴェルティールという男には気になる点がたくさん存在していた。
(巡礼騎士と何か関係があるのは間違いない……と思うけど……)
思考を巡らせるうちに、だんだん不安が広がってリーリャの表情に影が落ちる。
考えているうちに賑やかな大通りから外れ、アヴェルティールの足は人通りが少ない静かな小道へ向かう。大勢の人の声や気配がほんの少し遠ざかり、空気に混じる静けさの色がわずかに強まった。
交わす言葉もなく、わずかな息苦しさも覚える中、動き続けていたリーリャの足が止まったのは小道の奥にひっそりと存在する宿屋に辿り着いたときだった。
「……ここ、ですか?」
「ああ」
リーリャの眼前にある宿屋は、予想よりも素朴な印象があるところだった。
てっきりリインカーネーションと巡礼騎士が利用する場所だから豪奢な印象がある宿屋だと思っていたが、実際にはそんな雰囲気は全くない。庶民向けの施設の中に並んでいても違和感がないほど、シンプルで素朴な印象がある宿屋だ。
本当にここで合っているのかとすら思ってしまったが、アヴェルティールの足は迷わずにここへ向かっていた。
(なら、ここで合ってる……のかな)
首を傾げて考えているリーリャの耳へ、アヴェルティールの声が届く。
「入るぞ」
「……はい」
少し考え込んでいたが、すぐに首を緩く振って頷いた。
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