最強王女

 朝を迎え、ドレスに身を包んだフレナに続いて廃城を出るとギルバートのパーティーメンバーは気絶しているだけだった。

 フレナの回復魔法により何事も無かったかのように起き上がった彼らだが、既にフレナの姿はなく、ギルバートが事の顛末を語ると空気を読んだ三人はニヤニヤしながら転移魔法で一足先に帰郷した。



「さて、勇者様。参りましょうか」



 ギルバートの前を行くフレナは息を切らす事なく山を越え、町へ辿り着いた。

 路銀を使い切っていたギルバートの心配をよそに高級そうな食事処へ入っていくフレナは初めて見るメニュー表に瞳を輝かせた。

 と言っても、潰れた右目は翼と同じ模様の眼帯の下に隠され、輝いているのは左目だけである。



「勇者様、遠慮はいりませんわ」

「いや…しかし……」

「お腹が空いていては、いざというときに戦えません。お金はいくらでもありますので、ご遠慮なくどうぞ」



 小首を傾げるフレナに胸をときめかせるギルバートは彼女の厚意に甘え、食べたいものを食べたいだけ注文した。

 テーブルに広がる品々を見比べながら一口ずつ食していくフレナは頬を押えながら天井を仰ぐ。



「やはり人の作った食事は美味しいですわね」

「…今までは何をお召し上がりになっておられたのですか?」

「そうですわね。その辺にいた魔物の丸焼きでしょうか。同じ魔物でも扱う属性によって少々、味が異なるのですよ」



 一気に食欲をなくしそうな話を無理矢理に別の話題にすり替える。



「フレナ王女。いつまでも勇者様というのは…いかがなものかと」

「では、ギルバート様にしましょう」

「敬称も結構です」

「では、ギルバート。わたくしのこともフレナとお呼び下さい」

「それは出来ません」

「あら、どうして?」



 またしても小首を傾げる姿に負けないように頭を振り乱しながら力説したが「何故?」、「どうして?」を繰り返すフレナに根負けした。

 ギルバートは無礼ながらフレナの非常識な言動の正体を探るべく、言葉に気を遣いながら質問すると、彼女はこれまで一度も町に出たことがなく、ヴェルベット王国民も自国の王女の顔を知らないということだった。



「ですが、山や森にはよく行っていましたわ。そういえば、くしゃみで辺境伯領を焼け野原にしてしまったときはお母様に怒られてしまいました。まだ子供で力加減が分からなくて」



 口元に手を当てながら恥ずかしそうに語るフレナはギルバートの顔が引き攣っていることに気付かない。

 そんな二人が町の外へ向かっていると前方から荒れくれ者三人が堂々と道のど真ん中を歩いてくる。

 一歩前に出てフレナを庇うような位置取りをするギルバートに目を付けた彼らは行く手を阻んだ。

 ギルバートの聖剣はドラゴン討伐の際に砕けているが、自国で勇者と讃えられてる彼は素手でも十分に強い。このような者達に遅れを取る筈がなかった。



「金目の物を出しなぁ。そしたら命だけは見逃してやらぁ」

「その女の着ている服も置いていけ」



 フレナへと向かう男の腕をへし折ってやるつもりでいたギルバートの横を通過した華奢な腕は男の額の前で停止する。そして、解き放たれた中指が額を弾いた。いわゆるデコピンである。

 その場に居た筈の男は一瞬にして後方へ吹っ飛び、壁に激突して瓦礫に埋められた。



「あら?案外、脆いのですね。この程度は耐えられる筈なのに…」



 絶対にそんな事はありませんよ。と言いたげな視線を向けるギルバートには気付かない。

 フレナは何事もなかったかのように残された二人の男達の隣を通り過ぎた。



「私は不要なのではありませんか?」

「そんな事はありません」



 振り向いたフレナは満面の笑みで手を差し出した。



「ギルバートがいなければ一体だれがこの寂しげな右手をとってくれるのでしょうか」

「……申し訳…ございません」



 呼吸すら忘れたギルバートは何故、自分が謝っているのか理解できずにフレナの右手をとりエスコートを始める。

 満足げに頷いた彼女は舞踏会に誘われるかのように歩き出し、町を後にしたのだった。



「野宿というのも久しぶりには良いものですね」

「ご経験があるのですか?」

「もちろん。幼い頃からお母様には厳しく躾けられましたの。いつか出会う勇者様と添い遂げる為の花嫁修行ですわ」



 きっと騙されてますよ。とは言えないギルバートが火起こしに奮闘していると、フレナの可愛らしい口の端から炎が漏れ出し、フッと息を吐くと瞬く間に薪に着火した。

 どこからともなく取り出したハンカチで口元を拭う姿を見て、誰がこの王女様が炎を吐き出したと想像できるだろうか。

 焚き火は暖をとるにはもってこいだが、敵や魔物に居場所を教える危険性を伴う。

 もれなく十数匹の魔物に囲まれたギルバートは立ち上がり、松明を持って対峙する。

 その勇ましい背中に見惚れるフレナが彼に隠れて左目に魔力を込めると、狼のような魔物達は尻尾を下げ、とぼとぼと森の奥底へ消えて行った。



「さすがです、ギルバート!」



 絶対、何かしたでしょ。と心の中でつっこむギルバートの溜め息には気付かない。

 昼に購入しておいた簡易的な食事を摂るフレナはポツリと言葉を紡ぎ始めた。



「わたくし達、ヴェルベット王家の女はこの身を傷物にした者と一生添い遂げるのです」

「どうしてそのような事に?」

「ドラゴンの宿命でしょうか。より強い者も求めてしまうのです」

「その身に宿るドラゴンはどうなるのですか?」

「我が子へと、次の世代へ移るのです。ギルバートにはそのお相手をしていただきたいのです」



 この二人旅は永遠には続かない。

 次期ヴェルベット王を選定する為の試練が終わったのなら、次はフレナの身に宿るドラゴンを子供に引き継がせる為の儀式が始まるのだ。



「私で宜しいのでしょうか」

「貴方しかいないのです。わたくしの右目となり、共に我が子の成長を見守ってくださいませ」



 フレナの翼を寝台代わりにしたギルバートはこれまでに味わったことのない快眠を得ていた。



「歩くのにも飽きましたわね。それに、この調子ではお母様の叱られてしまいますわ」



 そう言うとフレナは人目もはばからずドラゴン形態となり、ギルバートの前にしゃがみ込んだ。

 なんだ、まさか乗れと言うのか…。ギルバートは首を横に振り、ドラゴンになったフレナもまた首を横に振った。

 人とドラゴンが首を振り合う異様な光景を見ることができた者は残念ながら一人としていない。

 このやり取りにも飽きたフレナが息を吐くと昨日とは比べものにならないブレスが辺り一面を焼き払った。

 冷や汗を流すギルバートは恐れながらドラゴンの背中に跨がり、背びれを必死に掴む。



「ギルバート、着きましたよ」



 頬をペチペチと叩かれる感触と心地よい声によって目覚めたギルバートは自分が気絶していたことに気付いていなかった。

 どれくらい気を失っていただろうか。辺りを見回すとヴェルベット王国の門が目の前にそびえ立っていた。



「さて、勇者様。参りましょうか」



 異国の勇者・ギルバートは言われた通り、あたかも自分が連れ帰ったと言わんばかりの誇らしげな表情でフレナの手を引き、ヴェルベット王国へ帰還し、盛大な凱旋パレードの末に婚姻の儀が執り行われた。





 ギルバートが勇者から国王になった日から十八年後――。

 ヴェルベット王国の快晴の空には立派な模様の描かれた翼をはためかせるドラゴンが飛翔し、ギルバート国王とフレナ王妃の娘であるシャキナ・ヴェルベット王女が攫われたと言う噂が流れた。

 そして、世界中から彼女を救い出す為に勇気ある若者が立ち上がるのだ。



「なるほど。前国王はこのようなお気持ちだったのだな」

「色々と思うところはおありでしょう。それはそうと、わたくしは右目の痛みを一日たりとも忘れた日はございません」

「…それについては何度も謝ったではないか。王妃と出会った時から、この身を賭して王妃と王家の秘密を守り抜くと誓っておる」

「えぇ、賢明なご判断ですわ」



 フレナは今日もギルバートの隣で微笑みを絶やさない。

 彼女もまた母・マルギーナ前王妃と同様に「きっとシャキナは激戦の果てに見初めた男性と共に帰還する」と信じて止まないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者様、さらわれ竜姫にご用心~王女奪還は楽じゃない!?~ 桜枕 @sakuramakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ