88話 進む計画 3

 ルクスはヒューイとフィーラに見守られながらオールドタウンへと戻って行った。

 ヒューイは、ルクスには全く監視がつけられていなかったのでオールドタウンでも危険はなく過ごせるだろうと判断。

 ならば勇者一行が今、最優先でやるべきことは。


「よし、急いで逃げ出さないといけない心配がなくなったうえに店舗も決まった。今日はもう遅いから業務終了だが、明日から我ら果て星旅商は本格的に営業開始だ。みんな頑張ろう!」


 アーディンが号令をかける。

 そのあまりに生き生きとした姿にみな、本当に商人業は隠れ蓑にすぎないって自覚あるのかな? と若干の不安を感じつつ。


「おー」

「がんばろー」

「がんばります」

「がんばるー」

「尽力します!」

「まあほどほどにな」

「なんだなんだ、フィーラくん以外は気合が入ってないなあ」


 団結の声をあげた。




    ◇◇◇




「で、今日アーディンさんと俺たちと三人でこっちに来てさ。最初にオイストン商会に行って見積もりとサンプル商品置いてきて、そのあと運送業名乗りながらカルセドリス卿の別荘に行って、拠点に残してたルクスさんの私物を届けてきたところなんだ」

「半日契約で借りたレンタル馬車を早く返さないといけないって、アーディンさんは先に帰っちゃった。リオくんたちによろしくって」

「気忙しいものだね。馬車くらい買わないの?」

「そのうち買うかもだが、今は馬の世話までできるヤツがいないからなあ」

「あ、リオくんが馬の世話しに来る?」

「興味はあるけど無理かな」

「だよね」


 翌日。

 イルクとエリスは商業方面に気合いが入っているアーディンの補助でオールドタウンを訪れ、その業務帰りにリオたちの家を訪ねていた。

 家にはリオが一人珍しく本も読まずにくつろいでいて、アルマは不在。

 既にルクスが無事に帰ってきた件はクロケットからクリストファーを通して二人に伝えられてはいたが、細かい説明はイルクに任されていて、の来訪だった。


「ルクスさんが無事前領主の懐に潜り込んだのなら、僕はルクスさんのもとに挨拶に行かされると思っていた。その必要はなかったの?」

「ああ。慎重を期して、まだまだ先にしようってなっててさ。ええっと」


 リオの問いに、イルクはなぜか言い淀む。

 イルクの様子に自分の役目を思い出したエリスは、あっそうだったと小さく口にしてリオに尋ねた。


「ねえリオくん。私が来たのはアルマちゃんの相手をするためだったんだけど、彼女は今日も仕事? それともちょっと出かけてるだけ?」

「ん、仕事だよ。帰るのは夕方になると聞いている」

「そっかあ」

「相手をするってどういう意味なのか知らないけれど、アルマが帰るまでここで待っていて構わないよ。もし急ぎならばお店に行って呼び出してもらえばいい。歌っているとき以外ならば大丈夫のはず」

「ああいや、本当になにか用があるわけではなく……私はアルマちゃんを外に連れ出すか家に引き留めるかして、あなたとイルクを二人きりにする役目で来たの。ルクスさんと会うタイミングの件は、多分あなたがアルマちゃんに聞かれたくない内容に触れる必要があったからさ。だからアルマちゃんが話し中に帰ってきやしないかなって」

「へえ? どれのことかな。話の流れ的に、アルマに嘘をついてまで工作員を殺しに行った件かな」

「さすが察しがいいなあ」


 リオとの約束を守るため、耳のいいアルマが帰ってきてうっかり秘密を聴かせてしまわないようにとイルクは心配していたのだった。

 そんな気遣いにリオは苦笑う。


「まあもうバレたってかまわないのだけれど」

「えー、クロケットさんも気を遣ってアルマちゃんの前で話さないようにしてくれたのに」

「ごめんね。クロケット師にも謝罪しておいて」

「謝るほどの話じゃないと思うけど、わかった。じゃあ私の仕事は終わり。勝手にお茶入れるね」

「うん」


 エリスは席を立ってキッチンに行った。


「じゃ、安心して状況説明するぞ」


 イルクは真面目に語り始めた。

 リオに作戦を納得してもらうには可能な限り正確に詳細にでないといけないからだ。


「ルクスさんに尾行がついていなかったことから、カルセドリス卿はもちろんその周辺にも危険はないと判断できる。だから予定ではルクスさんにお前を紹介して、そのあとカルセドリス卿にお前の存在を知らせて更なる協力を求める……はずではあったんだけど、その工作員たちと戦うとき、あいつら『勇者の剣』を持ってきてるって言ってたじゃん?」

「言っていたね。君が、受け取りたくない剣」

「ルクスさんからの情報だけど、あのあとあいつらの死体と所持品全部、一旦ポートラヴィ現領主のもとに運び込まれたんだと。であの剣。俺が以前見たときはエレクシファル神殿で清められた印がなされてただけだったんだけど、今回はそれプラス手紙付きだったらしいんだ」

「手紙?」

「ああ。中身はエレクファレリア皇帝からの命令書。勇者は女帝のもとへ向かえ。二人の工作員は好きに使ってよいという内容」

「へえ。ターゲットが女帝に戻ったってことだね」

「本音は『跡取りを作ったらさっさと食われに行け』だけどな。だから帝国側はとうの昔から勇者が今この辺にいるかもしれないって認識だったんだってさ。だからもうしばらく警戒態勢でいようってなった」

「ふうん? 随分と慎重なんだね」


 イルクの説明に、リオは首を傾げた。

 エリスもお湯を沸かしながら説明を挟む。


「勇者捜索はきっと『死の案内人』が駆り出されるだろうからって、元『死の案内人』のシャーリちゃん自身が積極的に警戒してくれてる。しばらくの間凌いだら帝国側ももう勇者はどこかに移動してるって空気になるだろうから、カルセドリス卿がそう感じたら安全宣言出してくれるってさ」

「しかし工作員が回収されて久しい。慎重すぎるのも今更という気はする」

「いやまだ勇者がいるかもだぞってだけならいいんだよ、そもそも来てて当たり前なんだから。最悪はお前の生存が帝国側に知られるパターン。それだけは避けないといけない。だから念のためまだカルセドリス卿にはお前のことは伝えてないし、ルクスさんとの接触ももう少しあとのほうがいいってなってる」

「そう。では僕自身はどう警戒すれば?」

「まあ気をつけるべきは俺であって、お前は今までどおり目立たない行動を心がけてればいいんじゃないか。今まで誰にも見つかってないんだし」

「まあ、そうかもね」


 リオはひとつ溜息をついて、天井を仰ぐ。


「……実は通っている道場から、しばらく来ないように言われている。怪しい者と関係を持っていないかなどの監査があるらしい。師匠は魔法を扱う道場ではよくあることだと言っていたが、関連があるのかもしれないね」

「そりゃよくないな」

「関連があるにしろないにしろ、道場立ち入り禁止が解けたら伝えるよ」

「ああよろしく。念のため、警戒しててくれよな」

「うんわかった」


 リオは神妙に頷いた。

 意味がわからないとか詰められないで済んでよかった、とイルクもエリスもうっすらと安堵。


 一方、リオはその神妙な表情のまま小さく呟く。


「正直、残念だよ」

「え?」

「道場も行けなく、読む本もなくなって退屈していたし……」


 リオの落胆の理由をイルクは察することができず、深く考えず、思いついたことをそのまま言った。


「そんなにルクスさんに会っときたかった?」

「え?」


 リオは一瞬、虚をつかれたような表情をして。


「……その程度だったのか」


 さらにがっかりした様子で頬杖をついた。

 気分害したのではなく、純粋な落胆。イルクは理由がわからず困惑する。


「え? だからどういう?」

「いやもういい。今日はどうするの、もう帰る?」

「いやせっかくだからアルマにも会っておきたいとは思ってるけど……なんでそんな言いかた冷たいんだ」

「さあ?」

「さあって」


 明らかにスネた態度に、ただイルクはおたおたしているばかり。

 キッチンで様子を見ていたエリスが深く息を吐いて、お茶を持ってきながら言った。


「ごめんねリオくん。ほらイルクは鈍いからさあ……前にあなたが街歩き付き合ってくれたの彼凄い喜んでたから、また落ち着いたら付き合ってあげてよ」

「ならばどうしてあんなに素っ気ないんだ」

「んー、だから鈍いからじゃない?」


 その会話でイルクは理解した。


「え、あれ、もしかして本当に楽しみにしてくれてた? 社交辞令でなく?」

「僕が君に社交辞令を言う必要がどこに?」

「お、じゃ、落ち着いたら即行こう! そうだ、退屈してるならこれから泥地でいちに行こうぜ。いいよなエリス?」

「私はいいけどアルマちゃんに挨拶してからにしなよー。てか肝心のリオくんは?」

「別に僕に気を遣って社交辞令なんか言わなくてもいいのけれど」

「なんだよ機嫌直せよー」


 エリスは呆れ気味に、「イルクが悪いから仕方ないね」と肩をすくめる。

 

 その後リオの不機嫌は、ドラゴンの巣に到着するまで続いたという……

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