87話 進む計画 2

 イルクが拠点に戻りクロケットを連れ出し、その後シャーリと合流。

 彼女に案内された道すがら、路上で人待ちをしているかのように佇むフィーラを見かけた。

 彼女と、どこか別の場所にいるヒューイは待ち合わせ場所周辺の警備をしているのだ。三人は彼女に声をかけることも目を合わせることもせず、目的地へと進む。


 たどり着いたのは地味な食事処。

 こんなところで大丈夫なのかというイルクとクロケットの表情を察して「個室があるから安心して」とシャーリが言う。


 店に入り、知人を待たせていますと告げて案内された個室の扉をイルクが開けた。


「ご心配をおかけしました」


 個室中央のテーブルの前に礼儀正しく立って、イルクたちの訪問を待っていたのは間違いなくルクス。しかし見慣れない、シンプルできちっとしたスーツを着ている。


「ルクスさん、無事でよかった」

「本当によく戻って来た」


 まずイルクとクロケットが個室に入り、あとからシャーリが周囲を警戒しつつ個室に入って扉を閉めた。


「お話し中に邪魔が入らないよう勝手に飲み物を用意させていただきました。どうぞこちらへ。みなさまの好みに合えばよいのですが」


 テーブルには人数分の紅茶と菓子が置かれていて、三人をテーブルへと招く仕草はさすが時代が時代ならば貴族の嫡男だという品の良さ。

 イルクとクロケットは招きに応じて椅子に座った。

「私はこのまま警戒してるね」と、シャーリは扉の前での待機を選んだ。




    ◇◇◇




 イルクとクロケットはルクスの話に耳を傾ける。


 ポートラヴィの前領主シオン・カルセドリスは、ルクスを親友ケイザード・エヴァーディルの孫と認めた。ルクスの持ってきた手紙が間違いなくケイザードの文字であり文章であり、なによりルクス自身に若き日のケイザードの面影があったからだ。


 そのうえでルクスは前領主シオンに、エヴァーディル家は今代勇者に協力していること、エヴァーディル家だけでなくその他複数のダムダラヴェーダ帝国関係者も今代勇者と友好協力関係にあり、帝国関係者共通の願いを叶えるため秘密行動をしていることを明かした。


「『願いとは皇帝陛下の手からリィゼノア殿下を救出することです』と告げると、カルセドリス卿は『なぜ殿下の名を』と驚いたあと『殿下が一部臣下を他国に逃しているという噂はあったが』と頭を抱えてしまいました」


 笑うルクス。

 その話にイルクは首を傾げた。


「リオの名前はまだ出していないってことか?」

「ええ。リィゼリオ殿下がこちらにおられることはなにより重要な情報ですから」

「協力者に対し、それはいいのか?」


 いずれリオの存在が知られたとき、隠していたことを不審に思われないか?

 イルクの不安に、ルクスはまっすぐ答える。


「卿にはまだ告げられない大きな事実があることと、それを秘密にすることについて許しを得ています。ご安心ください」

「そうなのか? 許しを得てるならまあ――」

「ああそうか、用心深いな」


 それでいいのかなという表情のイルクと反してクロケットはなるほどと頷いた。

 そして扉の前のシャーリに尋ねる。


「シャーリくん。ルクスくんに見張りはついていたのか?」

「ん、ううん。誰もついてきてない」

「ならばカルセドリス卿とリオくんとを引き合わせることができる日も遠くないだろう」

「ありがたいことです」


 そこでイルクは理解した。

 たとえ前領主自身が信用できるとしても、屋敷内に別サイドのスパイが絶対いないとは言い切れないのだ。もしそういう者がいれば、滅びた貴族家の末裔を名乗る怪しい者など当然尾行されているだろう。

 つまり前領主は本人も周囲もおそらく安全。


「その前に僕も殿下に謁見させてくださいよ」

「ああそうだったな」


 笑い合うクロケットとルクス。

 だがそれは警戒すべき事項がひとつクリアできたというだけ。

 イルクが問う。


「カルセドリス卿が信用に値するのはわかった。で、卿はどれくらいの協力をしてくれそうなんだ?」

「まだこちらの手の内を全て明かしていない段階なので、今後はわかりませんが……この服、なんだかわかりますか?」


 ルクスは自身のスーツのジャケットを軽くひらめかせた。

 それは貴族の服装とまではいかないもので、とは言っても一般庶民の服でもない。


「貴族や豪族の、使用人の服とかっぽいが……」

「はい。そのとおりです」


 ルクスは次に胸に光るバッジを指さす。


「戦争で滅びた貴族家の末裔が帰ってきたとなると、僕一人中央に連れて行かれることになってしまいかねません。もしそうなり、死ねないまま心でも読まれたら、取り返しのつかないことに。でもありがたいことにカルセドリス卿は僕に仮の役目を与えてくださいました。ニュータウンにある卿の別宅の管理人役です。これがその証となる、カルセドリス子爵家の従僕の紋です」

「おお、それはいい」


 クロケットは身を乗り出し、バッジを見て目を輝かせる。


「これはどれほどのランクの従僕の印になるのか? 果て星旅商に物品を発注できる権利はあるかい? あるならぜひカルセドリス卿邸宅への納入業者になりたい。なんでも用意できるよう努力するよ」


 とても聖地の重鎮とは思えない営業トークにイルクはつい笑いそうになるが、ルクスは至って真面目な顔。


「いきなり僕のコネで新しい物品を納入するのは、ほかの従僕から不正を疑われる可能性があります。それなりに筋のとおる理由がほしい……皆さまが商人として最低限の実績を積みカタチだけでも適当な品物を持って僕のいる館に営業に来てくだされば、なんとか理由をでっち上げます。卿が不正取引を疑われない程度のものでですけど」

「おお、そうだな。卿や君にくだらない疑惑がかかるようなことは避けないといけない。アーディンに上手いこと考えさせるよ」

「お願いします。管理人として働いているうち、なにか足りないものが思いつけばリストアップしておきます」

「それはいい。ぜひ頼むよ。これは大商人を目指してもっともっとアーディンに営業頑張らせないといけないな」

「ではアーディンさんがいつか館に営業に来られるようにするため、さりげなく事前接触の機会というか、偶然を装い出会えるようにできるでしょうか」

「そうだなあ。……ああそうだ。君がある程度自由な時間が取れるなら、アルマくんの働く酒場になんとなく立ち寄り、常連になっておくのはいいかもしれない。すでにあの系列店とはコネができている」

「なるほど。店の名前と場所は」

「名前は『夕景せっけい亭』だったよね。場所はイルクくん、教えられるか」

「あ、はい。ええと馬車乗り場がある中央広場から――」


 庶民として帝都に入ることができるのは物流に関わる商人のみ。

 だから勇者一行は商人に身をやつし、じわじわと中央に近づいていく作戦を立てている。

 それは重々理解しているが、有能な人材が揃っている一行のことだ。特にアーディンは元々商人をやっていてこの作戦にかなり乗り気なうえに聖地の席に未練がない。


「これは、果て星旅商は本当にポートラヴィの大商人になってしまうかもねえ」


 クロケットはそう言ってほくそ笑む。


「そうなっても俺らが帝国宮殿に突っ込んだあとは足がつく前にみんな夜逃げするんですよね……もったいないな」


 その姿にイルクが呟くと、クロケットは慌てて言い訳をした。


「ああいや失言だった。あくまで果て星旅商は隠れ蓑、最終目標のためのものだ。どんなに成功したとしても未練はない。君たち実働組の成果が全てなのだ。気にせず邁進してくれ」

「はは、わかってるよ。頑張ります」


 その様子に、ルクスはにこやかな笑顔で続けた。


「そうですよ。僕らみんな、いついかなるときでも未練なく毒を飲む覚悟はできています」

「いやその覚悟は私はできていないぞ?」

「勝手に全員殺さないでくれよ」


 が、これには二人とも真顔になるしかなかった。

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