86話 進む計画 1

 ルクスが行動を起こして、五日が過ぎた。


 ここニュータウンでは特に兵士の動きに異変はない。つまりこの都市に勇者の侵入を許してしまっていることが問題になってはいない。とはいえルクスもこちらに連絡ができる状況ではないようで、イルクたちはやきもきした日々を送っていた。


 だからと言ってみな、兵士の襲来を恐れてアジトに引きこもっていていいほど暇ではなく。


「イルクさん、今日はお付き合いくださりありがとうございました」

「いや無事に終わってよかった。アーディンさんに代わりに行ってきてくれって言われたときはどうなるかと思ったけど」

「ふふ。ほらアーディンさんはどこか胡散臭く見えるじゃないですか。あなたは不思議と誰からも信用されるから」

「えー、そうかあ?」


 イルクは手にした鍵の束をくるくる回しながら首を傾げた。

 ヒューイは笑い、道の先を指さす。


「さ、間違いなく鍵が開くか確認に行きましょう」

「ああ」


 二人は不動産仲介業者を訪ね、商会の本部として使う予定の建物の借用契約に行っていた。

 内覧は昨日アーディンとヒューイで済ませており、今日は必要書類と前金を持って行っての本契約。喋っていたのはほとんどヒューイだったのでイルクはたいした仕事はしていない。それでもイルクの醸し出す天性の人たらしの雰囲気が、話を円滑に進めるのに充分な役割を担っていた。


「でもこんな大きな取引、ルクスさんの件が落ち着いたらのほうがよかったんじゃないか?」

「いえ。そうするともしルクスさんがいつまでも帰って来なくしかし追手もなく、となったら無駄な時間をいつまでも過ごすことになりますよ。最悪の状況になったら全てを棄てて逃げ出さないといけないのは一緒ですから、僕らは僕らでやるべきことを粛々とやっておくべきです」

「度胸あるなあ」


 そして二人は借りたばかりの建物へと向かった。




    ◇◇◇




 一方、拠点一階のリビング。

 アーディンは一枚の紙をじっくり読み込んだあと、目の前に掲げて満足げに笑った。


「これで最後の見積もりも完成だ」


 昨日ポートラヴィ東方通商に下請けに出すことにしたラプトルの卵の調達費がやっとサンプルとともに届けられ、とうとうオルストン商会に提出する三種の商材の見積もりが全て出来上がったのだ。

 机の反対側で同じく書類とにらめっこをしていたエリスが顔を上げる。


「お疲れ様です。すぐにでもオールドタウンに行きますか?」

「ルクスくんの件もあるし若干不安だが、そうするべきだよね。君のほうの進捗はどうだい?」

「あー……季節的にちょうどよく、値段もお手頃というのは種類に限りがあって悩んでます」

「悩むくらいなら最初は園芸屋出来合いの寄せ植えプランターでも買えばいいんじゃない」

「それじゃせっかく園芸担当引き受けた意味がないし……寄せ植えも見ましたけど高かったし」

「資金なんて、リオくん提供のブツをいくらでも使えばいいのに」

「盗品と疑われないよう宝石売り捌くのだって大変なんです」

「ああ、いっそ盗品でも気にせず買い取ってくれるような店を発掘したいとこだね」

「ヒューイさんが、違法なことは避けてたほうがいいって」

「彼が言うなら素直に従うべきか。ちょっと見せておくれ」


 アーディンはエリスの前の書類に手を伸ばした。

 それは店先に植物をどう植えるかの計画書。この拠点ではない別の建物の見取り図に、どう植物を配置するかが丁寧に書き込まれている。


「これ以上悩む必要がないくらい立派じゃないか。さすがレオングラード先王邸の庭をいじっていただけある」

「そう? よかった。イルクのくれた本がすごく参考になったんです」

「彼、意外と気が利くね」

「はい」

「問題はこの建物が無事契約できるかだけだ」

「そうなんですよね。私も書類見せてください。正直なにもわからないけど」

「ああ、不明瞭なとこなどあったら教えておくれ」


 エリスもアーディンの書いた見積もり書に手を伸ばす。

 それぞれの書類におかしいところがないか二人で見直していると、階段のほうから足音が。


「やっと終わったよ」

「こちらもだいたい終わりました」


 クロケットが二階から下りてきたのだ。

 下りきったあとリビングを見回して、小さく首を傾げる。


「やけに人が少ないね」


 アーディンが図面をエリスに返して答えた。


「イルクくんとヒューイくんは昨日決めた空き店舗の借用契約に行ってもらっています」

「ああ君の代理で行かせたのか」

「シャーリくんとフィーラくんは街の空気に異変がないか探りに出ています」

「みんな暑い中ご苦労なことだ」


 長椅子に疲れた様子で座るクロケット。

 エリスは机の上に置いていた焼き菓子の籠を差し出し、クロケットはその中から一枚受け取る。


「リオくんとの話、長かったですね。またなにか指南を求められてたんですか?」

「オールドタウン側に異変がないか訊きたかっただけなのだが、結局そうなったね」

「リオくん相変わらず真面目だなあ」

「いいことだよ」


 笑うクロケットに、アーディンは茶を差し出した。


「で、肝心の異変はどうだったんです?」

「まだ何事もないようだよ」

「それはなにより。イルクくんたちが戻ったら、今のうちにオールドタウンに付き合ってもらおうかな」

「あまり彼らに無理をさせないようにね」


 一仕事終わったエリスとアーディンとクロケットは、焼き菓子を囲んでイルクたちの帰りを待つことにした。




    ◇◇◇




 貸し店舗の確認を済ませたイルクとヒューイは、店舗を確実に施錠し、帰宅の途につく。


「結構時間が経ってしまいましたね」

「まあまあ気疲れしたな」

「見積もり作成が終わったアーディンさんに今からオールドタウンに行けと言われないよう祈りましょう」


 苦笑いしながら歩いていると、通りの向こうから手を振りながら走ってくる二人の姿が。


「おーい、二人ともー」


 シャーリとフィーラだ。

 笑顔であるし、なにか問題があったわけではないだろう。

 近くまで来た二人にヒューイが問う。


「今から帰るところかい?」

「帰るところだったけど、二人にここで会えたから帰らなくていいかな」

「ん、どういうこと」


 シャーリは小声で続けた。


「ある店でルクスさんと落ち合う約束をしてる。現地に行くのは少人数がいいと思う。現在ルクスさんに監視はないけど、念のためヒューイは私たちと一緒に周辺警備に回ってほしいかな」

「……了解だ」


 ヒューイは真顔で応答し、イルクに視線を向けた。


「あなたとクロケットさんが向かうのがよいと思います」

「わかった。同行をお願いしてこよう」


 イルクも神妙に頷いた。

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