83話 伝達
「――それを聞かされた僕は、どう感じたとするのが正しいの?」
ルクスの一件はその翌日にイルクからリオの耳に届けられた。
リオにとっても重大な事態になりかねない作戦についての通常連絡なのだが、彼は小首を傾げてイルクに問う。突然現れた協力者の予想外の行動について『普通ならば』どういう感情を抱くべきかの試問と受け取ったようだ。
「ああ、別に感傷的になれって言ってるんじゃない。もしルクスさんが大失敗すれば勇者の侵入と第二皇子の生存が帝国側にバレる可能性があるからしばらくは身の回りの警戒を怠るなっていう、我らが参謀殿からの通達だよ」
「なるほど? 彼の自己犠牲に心を痛めるべきだと指導されているわけではないんだね」
「まだ失敗するって決まってないぞ」
「心を痛めるどころか全く勝手な行動だと憤っていいくらいです。下手を打てば全ての計画が台無しになる」
「そういう冷たい反応は君が君だから?」
「わたくしだからっていったいどういう意味でございますか?」
「君の発言を普通の基準としていいのか僕には判断できないという意味」
「おいおい喧嘩はやめてくれよ……」
今日はアルマも家にいて、リオとともにクロケットからの伝達を聞いている。
そしてリオの純粋な疑問か煽りか微妙な発言にアルマが噛みつき、睨み合う二人をイルクは苦笑いで宥める。
「アルマの、見知らぬ人物の末路よりも自分たちの身の心配をするのも当然の反応だと思う。でもそこはクロケットさんが許した行動だからさ。もし失敗したうえ自害も止められ勇者と皇子の所在を吐かされたとしてもルクスさんが正しく知っているのは俺の人相と居場所だけ。クロケットさんはルクスさんに、リオは薄汚い姿で貧民に紛れながらアウトサイドと
「そういうこと。そうであれば確かに最悪リオ様だけは守られる」
やっとアルマは納得した。
だがリオはさらに首を捻る。
「だが僕だけが無事で意味があるのか? 君と合流する前の、ここでただ足止めを食らっている状況に戻ってしまうというのに。いや帝国側に僕が生きていることが知られてしまっているぶん悪化している」
「まあそこは賭けだよ。
「分がいい?」
「ああ。クロケットさんが言ってたことをそのまま伝えるけどさ。『先代領主は死んだはずの旧友からの手紙が届けば間違いなく喜ぶ、ましてやその孫が持ってきたとなれば。当然協力依頼の話にも耳を傾けるし、たとえ受け入れてもらえなくてもきっと内密にしてくれるだろう』って」
「そういうものかな?」
「ああ。だからいちばん可能性が高いのが全面的に協力はできないが話は聞く、次が全面的協力。その次が先代領主がもうボケてたり非協力的な雰囲気だったりを感じ取って協力依頼をしないまま撤退。最後が、信頼できると思って話をするが断られたうえに心象の悪さを感じ取る。ルクスさんはこの時点で迷わず毒を飲むってさ。だから毒を飲むこと自体を阻止され捕縛の可能性は低い。そしてその毒は治癒、蘇生不可。よほどのことがあっても俺の人相や居場所まですら辿りつかないだろうって」
「ふうん? この点ではアルマはどう思う?」
「わたくしが正しいかわからないのに訊くんですか?」
「一応ね」
イルクは丁寧に説明したが、それでもリオは表情に疑問を浮かべたままだ。
リオはアルマにも意見を請い、アルマも多少噛みつきつつも真摯に答える。
「お聞きした限り、協力する、もしくは協力はできないが見逃すの可能性が高いのはわかります。しかし失敗時にルクス様が服毒を
「確かに。並の決意では自害なんかできないよね」
「つまりわたくしは皆さまの見立てよりも勇者の侵入・皇子の生存が帝国側に知られてしまう可能性が高く危険な作戦と感じました。クロケット殿の人となりはよく存じておりませんが、そういう大切な部分を隠そうとするかたでなければよいと思います」
それはなかなか厳しい指摘でイルクも頭を抱えた。
「でも俺は俺たちをずっと支えてくれたクロケットさんを信じてるし、俺から見てもルクスさんの覚悟は決まってて肝心なところで日和りそうではなかった。失敗を感じた瞬間責任を取ってその場で死ねというのは非情だが、失敗したら死ぬのは俺たち最前線組だって一緒だ。作戦遂行を祈るしかない」
「僕もあれだけ僕らに親身になってくれているクロケット師に、悪意があると思わない」
リオもイルクに賛同したことで、アルマはもう一度溜息をつく。
「イルク様とリオ様がそうおっしゃるなら、わたくしも参謀殿を信じます。そのうえでわたくしの意見を申し上げれば、たとえ全てが上手くいったとしても貴族などを全面的に信用してはいけない。以上です」
「君が言うと実感があるね」
「ええ。もちろんわたくしのことも、あまり信用しないほうがいいですわ」
そう言い放って軽く微笑むアルマに、イルクは苦笑いを浮かべるしかなかった。
リオはアルマの放言に慣れきっていて笑いも呆れもせずに小さく「わかった」と答え、イルクに顔を向けた。
「僕は他人の信念や覚悟などを前提とするものを予測するのは不得手だ。だからみながルクスさんに賭ける価値があると判断しているならば、僕は異を唱えない」
「相談もなしにこんなことになって、すまなかったな」
「君が謝ることじゃないよ。君だって不本意だったが突然のことでどうしようもなかったのでしょう? こうなってしまった以上、もし作戦失敗ならばすぐに、もちろん無事に貴族との繋がりができたときもすぐに僕に教えてくれればいい」
「ああもちろん。そのためのあいつだ」
イルクは視線を部屋の隅に向ける。
その先には小さなベッドの上で寝る、白地に茶色ぶちの毛のディルンバット・クリストファー。緊急連絡用にと飼育セットとともにクロケットに持たされたのだった。
「しかし僕もアルマも留守が多いのだが、ちゃんと飼えるかな?」
「仮にも魔物だ。二・三日飲まず食わずでも平気だよ。監視されているようで不快だったらケージに入れたまま布でも被せて目隠ししておくといい、とクロケットさんは言っていた」
「どちらも可哀想では?」
「ペットのネズミと思えばそんなものでしょう」
「別に僕はクロケット師に監視されていたとしても構わない。むしろ定期的にやってきてもらって指導を受けたいくらいだ」
「わたくしは監視されるのは抵抗があります」
リオはクリストファーを見ながら、アルマは一枚の紙を見ながらイルクの言葉に答える。その紙に書かれているのはディルンバットの世話の方法だ。
「クロケットさんはよほどのことがない限りこちらには来ないって言ってたぞ。なにかあればメモのとおり呼び出してくれって」
「でもさっき一読はしたが、呼び出す方法が……」
言葉を濁すリオ。
アルマはすかさず、呼び出す方法が書かれた部分を読み上げた。
「『危険を感じたら飼い主に伝えるよう仕込んでいるので、用事があるときはクリストファーを背後から刃物などで刺してみてくれ。できれば今後のために、誰がやったか顔を見られないようにするといい』」
「できるわけがないだろう?」
無表情なアルマと対照的に、リオはイルクに吐き捨てるように訴える。
やっぱこいつって持って生まれた力と与えられた教育の凶悪さに反してふつーに優しいよな。
思うが口には出さず、イルクは笑う。
「はは。俺たちも一度もやってみたことがないよ」
「よかった。君たちはいつも平気で刺していたとか言われていたら、ますます『普通』の感性っていうのがわからなくなっていたところだった」
リオは立ち上がり、クリストファーのほうに歩み寄り、何事かと顔を上げたクリストファーの頭を撫でる。ペットを飼うなんて面倒だなという様子でメモを読むアルマとは全く逆の表情で。
「お前は常識に疎いだけで、感性自体はわりと普通よりだと思うぞ」
「そう……なのかな?」
「そりゃ能力は普通とはかけ離れてるけど、それを隠せば一般人に紛れることができてるしな」
イルクがそう言うと、リオはクリストファーを抱え上げながら返す。
「そこは、ずっとアルマと一緒にいるおかげで、中身が変でも外見さえ取り繕っておけば全く問題ないということは理解できているから」
「ああ! なるほど! そうだな!」
その発言にイルクが大きく膝を叩き。
「わたくしを話のオチにするのはやめてくださいませ」
アルマはメモを見ている渋い表情のまま文句を言った。
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