82話 ルクスの目的

 ニュータウンの家のリビングはすし詰め状態だ。

 普段からいるイルクとエリスとアーディン、出張先から帰ってきたヒューイとシャーリとフィーラ。それにクロケットとルクスまでいるのだから。


 クリストファーとキャサリンが久しぶりに会う飼い主にじゃれついている横で、ルクスはエリスに頭を下げる。


「エリシーズ姫。先日はあなたに非常に重い責を背負わせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「いいえ。あなたもあなたのお爺様に言われて仕方なくやったことでしょう。私も責に耐えられずイルクとリオくんに相談して……当事者といえるリオくんとは話がついてるから、心配しないで大丈夫ですよ」


 エリスに『皇族を殺す毒』を無理やり手渡して逃げたことの謝罪。しかしルクスにも立場があったのだと理解してエリスは許す。


「ああ安心しました。いずれ殿下にも謝罪の機会があればよいのですが」


 ルクスは安堵の笑みを見せた。


「毒も健在ということで、ほっとしました。あれは魔法による解毒が効かないため敵陣営に捕虜とされた際の自害用としても優秀ですから」


 だがその表情とは不釣り合いな不穏な言葉。みなが違和感を抱くが『皇族を殺す毒』の管理者一族ならではの発言だろうとその場は流す。


「悪いが二人は玄関のそばで他人の気配を警戒していてくれ」

「うんわかった」

「はい」


 ただヒューイだけは表情を硬くしながら、シャーリとフィーラに警戒を促した。




 ヒューイたち三人が商談のためにカールバールと浮島群生地帯へ旅立った数日後、聖地に戻ったと思われていたクロケットから『浮島の町にいる』と連絡が来た。

 当然イルクたちは驚いた。

 しかも賢人会議のメンバーの一人ケイズ・フォレスター、本名ケイザード・エヴァーディル男爵の孫ルクスも同行しているというのだから。


『ルクスくんが聖地からイヤーカフを届けてくれて、そのまま彼の希望でともにダムダラヴェーダ帝国入りした。エレクファレリア帝国の監視の目を欺くのに時間がかかったのと泥地でいち移動中は通信ができなく連絡に時間がかかってしまったが、無事浮島の町のうちのひとつまで辿り着けての今なんだ。だがこの先を進むには我らには旅の知識が足りない。誰か迎えに来てはくれないだろうか?』


 クリストファーの口を借りてそう言うクロケット。

 イルク側からルクスの目的を問うても、込み入った話になるからポートラヴィにたどり着いてから本人から話させるとしか答えない。

 だがイルク側としてはルクスの合流には不安がある。事前に目的を知りたい。

 そう訴えられたクロケットは少し思案したあと、答えた。


『ノア皇子毒殺計画の後押しのためではないよ。上手くいけば君たちの計画の助けになる』


 クロケットの言葉を信じ、ヒューイ一行がちょうど浮島のひとつに向かっていることを伝えた結果の現状だった。




 ケイズ・フォレスターは女帝と直接会ったことのある数少ない人物だ。それゆえ人一倍恐怖も抱いており、賢人会議においては皇族暗殺用に作られた毒を勇者に持たせることを提案。しかしイルクが毒の所持を拒否したため、のちに聖地で修行中のエリスに毒を託す。

 そのようなケイズの意図に従って毒を届けた者こそ、ケイズの孫ルクスなのだ。

 イルクとしては警戒せざるを得ない。


「ルクスさん。申し訳ないですが、俺としてはあなたを歓迎する前にあなたの意図を確認しないといけない。もし」

「もし祖父の指示で良からぬことを企んでいたら……ですか?」


 ルクスは苦笑いで返す。

 イルクは真顔で認める。


「そのとおり、内容によっては帰ってもらうことになります。クロケットさんが大丈夫だと言う以上、大丈夫だと思いたいですけど」

「私はイルクくんの方針を全面的に支持しているし、ルクスくんの行動も理解しているよ」


 クロケットはクリストファーたちを部屋の隅に置きながらそう言った。

 ルクスは振り返りクロケットに一礼したのち、語り始める。


「自分がここを訪れたのは、皆さまに挨拶と謝罪、そして自分の目的をお伝えするためです。ご心配なさらずともその後は皆さまとは縁を切るつもりです」

「縁を切る?」


 イルクもエリスもアーディンも、全く同じ疑問を口にした。

 離れたシャーリとフィーラは無言。

 ルクスは意味深な笑みを浮かべて続ける。


「本来勇者パーティ関係者の力を借りずここまで来るべきだったのですが、自分には力が足りず。でもクロケット殿やヒューイさんたちとともにいる間は極力他人に顔を見せないようしておりましたし、この家に入るところも誰にも見られておりません。今後の自分の行動のせいで皆さまがたに迷惑をかけることはないとお約束します」

「……どういうことだ?」


 ルクスは懐から包みを取り出し、中身を取り出した。

 封書のようだがなにが書かれているかは見えない。ただ裏面に鮮やかな封蝋が押されているのが見える。


「賢人会議での自分は祖父を支える杖でしかなく発言権はありませんでしたが、自分も勇者殿の主張に感銘を受けた一人です。しかし自分にとって祖父は偉大で、最初はとても祖父に反旗を翻すことはできず。結果祖父の言うがままにエリシーズ姫に大きな負担をかけてしまいました。自分はあのあと姫の困惑の表情が忘れられず、きっと勇者殿にも迷惑をかけることになるだろう。後悔し、祖父に申し出ました。自分も勇者殿とリィゼリオ殿下の助けになりたいと。強く反対されましたが、ダムダラヴェーダ帝国行きを許してもらえるよう何度も懇願しました。そんな数日ののち、祖父は倒れました」

「フォレスター殿が」


 イルクの驚きに、ルクスは小さく頷く。


「もともと身体は弱ってきていたのですが、賢人会議に呼ばれ、驚くほど元気になっていたのが皆さまの見ていた祖父の姿です。ですがとうとう限界が来たのでしょう。私は祖父が亡くなったあと伝手ツテがなくとも旅立とうと決め、せめてそれまではと最期のお世話をしていました。そしていよいよ事切れるという日、これを渡されたのです」


 ルクスは手にした封書を表にして机に置いた。

 書かれてあった宛先は『ダムダラヴェーダ帝国子爵 シオン・カルセドリス閣下』。


「子爵?」


 イルクは首を捻るが、ルクスの回答にみな驚く。


「カルセドリス子爵家は、ポートラヴィの領主になります」

「領主!?」

「はい。祖父がまだ男爵家の嫡男という立場だったころ、とても仲良くしていただいたそうです。ヒューイさんに聞いたところ残念ながらシオン卿はもう領主の座を長子に譲って隠居されたがきっとお元気だ、ということで安心しております」

「領主一族に接触、か……」


 アーディンは口に手を当て怪訝な表情。

 エリスがアーディンが感じたのと同じ不安を口にした。


「先代領主に協力を求めるというの? 上手くいけばありがたいことこの上ないけど、領主経験者となればきっとあなたの祖父のように女帝の恐ろしさを知っている。叛逆はんぎゃくを疑われるのを恐れ、当局に通報される可能性が高いのでは?」

「はい。だから自分はあなたがたとは一時、縁を切ると言っているのです」


 ルクスは封書を手に取り、丁寧に包みなおした。


「自分はあくまで、祖父の旧友に手紙を渡すためにポートラヴィに来たのです。そしてその相手が話の通じるかたならば、自分の立ち位置を明かし、勇者殿とリィゼリオ殿下の意向を伝え、協力を求めたいと思っています。しかしそれが叶いそうになければ適当に昔話でもして帰るつもりですが、少しでも不審に思われたり、たとえばディルイベリルからのスパイなどと思われたりしたら……皆さまにまで足がつかないよう、最善を尽くします」

「最善、とは」


 イルクとエリスが唾を飲む。

 アーディンは非情にも、先ほどの違和感を言い当てた。


「それが解毒不可の毒の話に繋がるのかい?」

「はい」


 ルクスもまるで何事でもないと言わんばかりに微笑む。


「魔法で記憶を読まれたり吐かされたり物理的に拷問されたりする前に、必ずあなたがたまでの動線を消します。ご安心ください」


 少しでも失敗の気配があれば服毒自殺をする、と言っているのに、だ。

 イルクは強く否定する。


「そんな計画は認められない!」

「あなたに報告義務はあると思いましたが、自分はあなたの配下ではありません。命令は拒否します」

「命令とかじゃなく、どうして無関係のあなたが命を賭けないといけないんだ」

「無関係とは冷たいですね。ここは自分の祖国です。自分は、私は勝手に、祖国の希望を取り戻そうとするあなたたちに心から協力したいと思っているだけです」

「協力は嬉しい。しかしそんな」

「祖父はどうせ自分の死後に旅立つだろう私の、せめてもの助けになればと死の間際にこの手紙を書いてくれたのです。私は祖父から手紙を預かり、それを届けに行くだけ。どうか心配しないでください。ただ昔話をして、ディルイベリルにそっと追い返されるだけかもしれませんよ?」


 イルクはぐっと拳を握り、ヒューイに視線を向けた。


「ヒューイさん、毒はあなたの部屋に保管していたよな。決して渡さないでくれ」

「……もうお渡ししております。さっき、旅の荷物を置いてきたときに取り出して」

「どうして!?」

「ルクスさんの想い、僕は感銘を受けました。不遜ながら毒の管理は僕に一任されていたはずです」


 ヒューイの反論にイルクは二の句が告げない。

 ルクスはヒューイに声をかけた。


「ではヒューイさん。勇者殿とそのご一向に報告も終わりましたし、さっそくオールドタウン方面へ、人目につかないような道を選んで案内をしていただけますか?」

「わかりました」

「クロケット殿、大変お世話になりました」

「こちらこそだ。武運を祈る」

「勇者殿、エリシーズ姫、アーディン師、そして月華の皆さまも、どうかお元気で」


 慌てて頭を下げるシャーリとフィーラの間を通り、有無を言わさずヒューイとともに出ていくルクス。

 誰もが呆然と見送るしかなかった。




 残った人物のなか、責められるのは当然彼とともに密入国してきたクロケット。


「クロケットさん! どうしてあんな計画を認めて連れてきたんですか」


 イルクの怒号にクロケットは平然と答える。


「君が犠牲を伴う行為を忌避する性格なのは知ってるし、私も誰かの犠牲を是とするわけではない。でも勝手にやってきた彼が勝手に貴族との縁を作ってくれれば、正直ありがたいことだろう?」

「そんな冷徹な」

「ルクスくんとヒューイくんから聞く限り、フォレスター卿と先代領主は十ほど歳は離れていたが仲の良い兄弟のように親しく、さらに先代領主は歳を召して以降もなかなかの人格者だったらしい。きっと大丈夫さ」


 クロケットは一息吐き、頬杖をついて疲れているという様子を見せた。


「まあ旅してきたばかりでへとへとの年寄りをそんなに責めないでくれよ。アーディン、なにか甘いものをくれ。どうせ隠し持っているだろう?」

「そんな非常識なまでの若作りしていて都合のいいときだけ年寄りアピールするのやめていただけます?」


 自室に向かうアーディン。

 エリスはため息混じりに紅茶を入れる。


 イルクは憤りが覚めず、自室に向かう。


「イルクくんを怒らせたかな」

「彼の性格を考えたらルクスさんの目的なんて知っておく必要はなかったかもだけど、彼自体が勇者周りの全ての計画を知っておきたいと言うんだから仕方ないです。私、ちょっとなだめに行ってきますね」

「頼むよ」


 エリスもイルクの自室に向かい、リビングはアーディンの秘蔵の菓子を摘むクロケットとアーディン、シャーリとフィーラの四人だけになった。




    ◇◇◇




「あれがオールドタウンへのトンネルです」

「ではここでお別れですね」


 ルクスとヒューイの二人は、ついにニュータウンとオールドタウンの境に辿り着いていた。

 ルクスはヒューイに礼をする。


「ヒューイさん、ここまで本当にありがとうございました」

「ルクスさん、お礼を言うにはこちらのほうです。誠にありがとうございます」


 ルクスが右手を差し出して、ヒューイと硬く握手を交わした。

 手を握り合ったまま、ルクスが告げる。


「あなたほどのかたに進言するのは失礼かもしれませんが、以降兵士などが人探しをする気配があれば、皆さまの身だけをお守りくださるようお願いします。どうか私の身のことなど案じませんよう」

「……どうか、ご無事で」

「ふふ。私はただ祖父の旧友に手紙を届けに行くだけですよ」


 手を離し、ルクスはそれ以上は会話を交わさず踵を返す。

 ヒューイも同じく無言で、来た道を引き返した。




「ご公務中失礼いたします」

「ん、なんの用だ」


 この周辺では見かけたことのない男に声をかけられ、兵士は訝しげにルクスを見る。


「自分はポートセントラルにお住まいの貴族様の知人から手紙を預かっている者です。お届けするためにはどうすればよいか相談させていただきたいのですが」

「手紙? 貴族と知人というのは間違いないか」

「そう伺っております」

「手紙を出してみろ」

「はい」


 ルクスの取り出した手紙を見た兵士はその宛名に驚き、そして裏に差出人の名がないことに気づく。


「これは……どなたからだ?」

「先方様のためにも内密と命じられておりまして、ここで差出人の名は明かせません。裏の封印で宛先のかたには伝わると聞いております。私自身の手でお屋敷に届けさせていただくか、それが不可能でしたら代理送付をお願いしたく、さらにその内容についての返答をお待ちしたいのです」

「こちらに来い。責任者を呼んでくる」

「お手数をおかけします」


 ルクスは兵士とともに、詰め所の中へと消えていった。

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