81話 出張先での再会

 ポートラヴィから街道を北に進んだ先、カールバール。

 かつてはエレクファレリア帝国クルーバールとともに交易の拠点だった町だ。

 その町からさらに北へ進むと、街道を塞ぐかたちで国境警備隊の大きな基地が建てられている。彼ら国境警備隊はダムダラヴェーダ帝国民のこれ以上の北上、そしてもちろん外国人の南下を許さない。


 帝国の北の行き止まりの町。

 両帝国からの旅人のための宿屋も店も、貿易商の屋敷もなくなって久しい。

 その代わりにいる国境警備の兵士相手の商売と、泥地でいちに大きく面した広大な土地を利用しての穀物栽培と加工が主な産業となっている。


 町のシンボルは泥地の水分を海に逃がすよう掘られた運河。

 運河に沿って立ち並ぶのは、脱穀や製粉を行う工場。ほとんどの工場には大きな水車が設置されていて、全てがゆっくりと力強く回転している。

 実に壮観な風景だ。



 そのなかのひとつ。小麦の製粉工場。

 ヒューイと男が一人、工場の幹部に丁重に頭を下げて別れの挨拶をしたのちに、笑顔でその場をあとにした。


「お疲れさまでした」

「どうだったー?」


 少し離れた場所で出迎えたのは、シャーリと人の姿のフィーラ。


「お待たせ。やっと小麦粉を売ってくれるところが見つかったよ。最初は大量には売れないが、ちゃんとトラブルなく関係を続けることができれば都合をつけると言われた」

「うんうん、まずは信用を積まないとね」

「まずは一山越えましたね」


 首尾よく商談を終えたことを知ったシャーリとフィーラが安堵の笑みをこぼす。

 しかし男はヒューイに向かって苦言を呈した。


「やっとと言うが、五社目程度で話を聞いてくれる工場が見つかったのは運がいいんだぞ」

「ああ、もちろんジョセフさんの人脈のおかげです。ありがとうございます」


 ヒューイは慌ててその男にぺこぺこと頭を下げた。

 男は別に怒っているわけではなく、ヒューイの慌てる姿にがははと笑う。


「いや俺もあそこの工場長と会うのは初めてだったんだが、ウチの商売相手の弟子が独立したところとは聞いていたからな。無事話がついて、俺も顔が立ってよかった。ちゃんとウチの代表に俺のことを褒め称えておいてくれよ?」

「もちろんです」


 このジョセフという男はポートラヴィ東方通商の営業だ。

 ヒューイは助け舟をしてくれた彼に、満面の笑みで答えた。



 オイストン商会が依頼してきた物資の調達は三件。

 小麦粉の大袋。

 上質のウシ肉。

 ラプトルの肉と卵。


 このうちラプトルの肉と卵はラプトルが多く住む泥地中心部、特にミュートルでは当たり前のように食べられていた食材だ。しかしポートラヴィ周辺は野生のラプトルの生息数が少ない。家畜として飼われてはいるが荷引きや乗用がほとんどで、食肉・卵生産はごくわずかだ。ゆえにポートラヴィでは少し値の張る珍味と認識されている。

 つまりミュートルから安く仕入れればよいだけなのだが、ミュートルとの通商はポートラヴィ東方通商に任せる約束。アーディンがポートラヴィ東方通商側にオイストン商会からそれらの調達を依頼されたことを相談すると、ポートラヴィ東方通商は大喜びで下請けさせてくれと言って来た。


 ジョセフは、仕事の紹介の礼として商談についてきてくれ、期待通り小麦粉の調達の見通しがついた。

 残るはウシ肉。

 この町から東、野生の泥ウシの狩猟と加工で有名な浮島がある。これからそこに行くつもりだ。


「ジョセフさん。やはり同行はここまでなのでしょうか?」

「ああ、悪いが上からカールバールでの補助のみと言われているからな」

「残念です。あなたがいてくれると心強いのに」

「いや心配はいらない。この町ではコネのない飛び込みは難しいが、ウシ肉は現地にさえ行けば簡単に買えるはずだぞ。現地価格とあんたらが往復するためのコストを考えればいいだけだ」

「はい。わかりました」

「じゃあ俺は世話になってる工場に挨拶して回るからここでお別れだ。道中気をつけてな」

「本当にありがとうございました」


 頭を下げる三人に軽く手を振って、ジョセフは一人運河のほうに戻って行った。

 彼の姿が見えなくなり、三人はほっと見合わせ笑う。


「同行ありがたかったのは確かだが、早めに別れられてよかった」

「内密な話ができなくて不便だったもんね」

「全くです」


 商談を大いに助けてくれた人に対し失礼なことを言い合ったあと、ヒューイはすっと真顔になった。


「で、どうだった?」

「人通りの多いところを歩き回ってみたけど、見知った中央兵の気配はないね。警備隊長あたりになればわからないけど、そういう幹部はたぶん昼間は基地にいるだろうし大丈夫じゃないかな」

「私は地方兵の訓練所にいましたので、国境警備隊のなかに同期がいる可能性は高いですが……彼らは私の狼の姿なら覚えているでしょうけど、人の姿はほとんど見せていないので問題ないと思います」


 ヒューイがジョセフと商談に回っていた間、シャーリとフィーラは調査にために歩き回っていたのだ。

 カールバールはおよそ安全。

 そんな調査結果を聞いて、ヒューイは満足げに頷く。


「なら今後も僕らが買い付けに来ても大丈夫かな」

「たぶんね」

「できればもっと従業員がほしいですけど」

「うん、既に手配はしてるから。いい人が来るといいね」


 そう話しながら、三人は数少ない宿を探しに行った。




    ◇◇◇




 充分な休憩を取った三人はカールバールから東の泥地に出て、浮島群生地帯の一角を目指す。

 獣除けのためフィーラは狼の姿を取り、荷物をソリに乗せて黙々と歩く。


 ここは本来エレクファレリアから侵入してくる冒険者や密輸業者を狙った盗賊が跋扈ばっこしている危険な地域。だが今は『ミレアの亡霊』の手によってその脅威は激減していた。

 単純に賊の数が減ったのと、生き残った者も多くは別の地域に逃げて行ったきり。当の亡霊はもう悪党殺しをやめているのだがそんなことは誰も知る由もなく、しばらくの間は平和な地帯であり続けるだろう。


 泥地を歩きなれている三人のこと、何事もなく数日間の旅を終えて目的の浮島に着いた。

 その浮島には大きな食肉加工場があって、今まさに数人の狩人が仕留めたばかりの泥ウシを運び込んでいる。


 加工場の受付でポートラヴィ内での営業許可証を見せて肉の値段を知りたいと告げたら、大歓迎でいろいろな加工肉を見せてくれた。

 ここのところ肉の持ち込みが多く買い手のほうが足りないようで、積極的に営業してくる。こちらにとっては有利な状況だ。今日は値段の交渉と加工肉の確保の約束だけで実際の購入は後日の予定だと答えたら、さっそく手書きの値段表を見せられた。

 特別価格だ。大口ならさらに安くする。今後突然野生ウシが減るような事態があれば相談させてほしいが、しばらくはこの値段を約束する。

 と、ここまで言われたらさらなる値段交渉は必要ない。

 ヒューイはよろしくお願いしますと、加工場の責任者と握手をした。


 このように、ウシ肉のほうは道中も交渉もなんの問題もなくことが運んだ。

 三人は祝杯をあげようと、狩人や旅人のための屋台が並ぶ広場に赴く。


 そこで事件は起きた。


「う、この気配は」

「え、まさか、ないでしょ」


 ヒューイとシャーリが、覚えのある匂いに足を止めた。

 フィーラは特に思い当たらず、狼の首を傾げる。


 二人が匂いを追った先には食事用のベンチが並ぶエリア。

 そこには案の定、見知った顔。


「クロケットさん!?」

「うわあ、それに」

「おおよかった、合流できた」


 ネズミの姿ではない、クロケット本体が呑気に出店の串肉を齧っていたのだ。

 そして彼女と同席しているのも覚えのある顔。


「驚きました。もしかして、クロケットさんは僕らがここに来ているのをご存知で」

「ああ。無事浮島の町まで来れたがこの先は旅素人のみで進むのは不安なので誰か迎えに来れないかなとクリストファーを通して伝えたら、ちょうど君たちが食肉加工場のある浮島に向かっているとアーディンに言われてな。それならばぜひ拾ってもらおうとこの浮島に来て、目立つ屋外で食事をしていたんだ」

「そういうことですか。……そして、まさかあなたまでいらっしゃるとは」


 驚きの表情のままのヒューイとシャーリ。

 その『あなた』は食べていた串肉を包み紙の上に置き、立ち上がって深く礼をする。


「ヒューイさんシャーリさん、実にお久しぶりです」


 そのあとフィーラの前でしゃがみ込み、視線の高さを合わせて丁寧に挨拶する。


「そしてあなたがフィーラさんですね。初めまして」

「は、はい」


 上品な振る舞いをする金髪の青年。


「自分はルクス・フォレスターと申します。以後お見知りおきを」

「え、あ、フォレスター殿。エヴァーディル男しゃ……」


 ルクスは口元に人差し指を立てて、それはおおやけには言わないでくださいねと示す。


 ディルイベリルで保護されている、ダムダラヴェーダ帝国エヴァーディル男爵家の末裔。

 予想外の人物がそこにいた。

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