78話 商談 2

 待ち合わせ場所に着いた。しかしアーディンとエリスはまだいない。

 イルクは花壇のふちに座り、数軒向こうのオイストン商会の建物を臨む。多少古ぼけてはいるが品のいい建物だ。老舗の風格を醸し出している。 


 そこそこの時間が経って、その建物から一歩出て内側に向かって頭を下げる二人の姿が見えた。こちらに気付いて向かってくる表情からして、いい話ができたことが見て取れる。


「やあ、待たせたかな」

「凄く緊張したよー」


 イルクの前まで来たアーディンは堂々と胸を張っていて、エリスは対照的に前かがみ。駆け出し商人の初商談なのだからエリスの疲弊のほうが自然で、アーディンの肝っ玉には感動すら覚える。


「お疲れさま。首尾はどうだった?」

「うん、ちゃんとお仕事もらえ……」

「待ちなさいイルクくんエリスくん、道端で話す内容ではないな」

「あ」


 イルクの問いにエリスが答えようとしたが、アーディンが制止した。

 止められて、二人は気付いた。ここは大小さまざまな商会の本部がある街区の休憩所。オイストン商会の客人として出てきた見かけない二人のことを、ちらちらと横目で観察している者たちがいたのだ。


「すみませんアーディンさん」

「いや俺が短絡的だった」

「謝るほどのことではないよ。それよりイルクくんのほうはどうだったかい?」


 アーディンは二人の反省を笑い飛ばし、逆にイルクに問う。

 それはもちろんオールドタウンの二人についてだ。


「『姉』のほうへの礼は留守だったから言えてないよ。『弟』のほうには会えて、アーディンさんとの面会の了承を得た。むしろ向こうもあなたに挨拶しないといけないと思ってたってさ」

「おお、それはありがたい」


 喜ぶアーディン。

 周囲の人々は、警戒されてオイストン商会とは関係ない話になったと残念そうに距離を取る。

 エリスはそんな周囲の雰囲気を、見回して確認したあと小声で問うた。


「アルマちゃんはステージに行ってるってことかな?」

「ああ、ちょうど今の時間歌ってるはず。終わるころに店に行って一緒に帰って来るといいとリオからアドバイスされた」

「それはいいね」

「イルクくん、それって例の酒場でだよね?」

「そうだよ」


 アーディンはアルマのいる場所を確認するや否や、北方面に足を向けた。


「よし向かおう。ここより北、ニュータウン側だったよね。徒歩ではどれくらいかな?」

「馬車の駅ひとつぶんくらい? 遠いってほどじゃないけど、歩くのはまあまあ疲れると思う」

「俺は馬車に乗って来た」

「おいおい若者が一駅くらいなんだい。その一駅のために乗り場に行って馬車を待つなんてダルいじゃないか。さっさと歩こう」


 そして他の二人の返事も待たず、すたすたと歩き出すアーディン。

 誰よりも元気な足取りに、イルクとエリスは一度見合わせたあと急いであとを追った。




 大通りから入った道を曲がると夕景せっけい亭が見えた。

 客がぞろぞろと退出している様子も。


「お、ちょうど終わったとこかな」

「そうか。歌姫のステージを見てみたかったのに残念だ」

「席取れてないと、外から音を聴くのがやっとだよ」

「へえ、聞いた以上の人気なんだね」


 出ていく人並みが落ち着いたあと、三人は店に入った。

 店の人はイルクとエリスの顔を見て軽く頭を下げ、頼まなくても黒服を呼んでくれた。


「どうもこんにちは」

「歌姫との面会か?」

「これから彼女の家に寄るつもりだったから一緒に帰ろうと思ったんだけど、大丈夫か尋ねてもらっていいです?」

「わかった訊いてこよう」


 黒服は奥の扉へと消えていった。

 まもなく戻って来て扉のほうへと手招きする。


「次回の簡単な打ち合わせをしたあとに帰るから、奥の個室で茶でも飲んで待っていろとのことだ。家まで警護は要るか?」

「俺たちがいるから大丈夫だよ」

「わかった」


 そして黒服に案内され、個室に入った。



 茶が出され、個室の扉が閉められる。

 アーディンは茶を一気に飲み干して、扉の外に人の気配がないか気にしたあとに話を始めた。


「商談の件。お試しで見積もりの依頼を受けたよ。三種の物資調達」

「へえ」


 イルクも茶を口にする。

 エリスは説明をアーディンに任せるとばかりに茶菓子に手を伸ばした。


「調査のために入手した物資は買い取ってくれるらしいが、そのあと長期契約になるかは見積もり金額次第かな」

「できそうなやつ?」

「やるしかないだろう。物資のうち一つはミュートルが一大産地だからウチの契約上ポートラヴィ東方通商さんを通さないといけないから、おそらく良い価格は出せない。あとの二つは私たちで調整できると思うから、それらで勝負だな」

「その二つをほかの商会より安く調達ってことだろ? できそう?」

「たとえばイルクくんエリスくんが調達についてきてくれれば用心棒代がいらないから一般的旅商人よりは有利だよね。フィーラくんがいれば道案内代もいらないし。ただフィーラくんはともかくイルクくんたちに常時働いてもらうわけには行かず、そこは考えないといけないとこだ」

「確かにたまにならいいけど、常時手伝うのは難しいな」

「フィーラくんが戦いもできるといいんだけどねえ。まあそれを言っても仕方ないのだが」


 アーディンは苦笑いを浮かべながら、茶菓子を手に取った。

 彼女の口がふさがっている隙に、エリスがアーディンに言う。


「イルクはリオくんのケアをしないといけないから常時は無理だろうけど、私はいつでも使ってくれていいです。ですが調達を下請けに出すのはダメなんでしょうか」

「ん。別に悪くはないけどね」

「調達代が高くなるのはわかります。でもたとえばリオくんから泥地でいちの落とし物を貰って、それらの売却代金を下請け代金に回すとかは?」


 アーディンはエリスの意見に、ふふっと笑う。


「儲けにはなる。いわゆる不当廉売すらできるねえ」

「不当……? になりますか?」


 エリスがさらに問う。

 イルクも首を傾げる。


「見積もりには余計なことを書かず、別資金から雇い賃を下請けに払えばいいんだろうけど、バレたときが面倒かな。まあ他国では違法行為なのだが、ダムダラヴェーダのみ違法行為ではない。取り締まる法がないという意味だから脱法行為か」

「脱法……」

「ダムダラヴェーダが世界と孤立した時期から脱法扱いになったって習ったね。それはそうとだ、小さい商会相手ならば脱法行為もいいだろう。だがお貴族様の相手もする大商会ともなると、怪しい方法で調達された物資は取り扱いたくないのではないか。だからこそのしっかりとした見積もり提出依頼だと思う、たぶんだけどね」


 アーディンは淡々と説明する。

 エリスはなるほどと聞いているが、イルクはそもそもの単語がわからない。


「ちょっとごめん。不当れん、ばい? ってなんだっけ?」

「本来ならあり得ない低価格で物資調達などをする行為のことだよ。たとえば私たちの場合なら、小麦粉一袋を諸経費込みで千シェルで仕入れたけど拾い物売却の儲けぶん引いた五百シェルでいいや、みたいなね」

「でもそれってどっちにも利益があってよかったりしない?」

「ええとだねえ。たとえ私たちに悪意が無くても、異常な安値での小麦粉調達をやり続けたらほかの業者は撤退するしかないじゃない。そうして残った私たち独占商会がこれからは小麦粉一袋二千シェルですよって言ったら誰も抵抗できないだろう? 私たちを除く商会と買い付け相手のみんなが苦しむ。そういうのはよくないからみんなでできないようにしようってこと」

「ああ……なるほど」

「そもそも私たちの目的は儲けではない。まずは他の商会とそんなに変わらない無難な値段を提示して、ちょっと高いと言われたらちょっと下げて、これじゃ商売にならないと言われたら別の仕事を提案してってやっていこうかなって。大丈夫、少しばかり残念な見積もりを出してしまっても、歌姫のコネがあるんだからいきなり縁を切られはしないさ。オールドタウンに来れる今のうち、違う商会や買い付け相手などともコネを作って自由に行き来できる権利を多く得ておくのもいいよね」

「うーん、ありがとう。わかった気がする」


 イルクはだいたい理解したと何度か頷く。

 エリスも目が覚めたという表情。


「そうかー。儲けが目的じゃない。当たり前のことなのになんだか忘れてた」

「清廉潔白な仕事をして、オイストン商会に限らずオールドタウンのどこでもいいから私たちを気に入ってもらって長く入場していられるようにする、次はどこかの貴族に気に入られる。最終目的は君たち『従業員』をトラブルなく帝都まで連れて行けるような大商人になることだよ。だからまだまだ先は長い。失敗したら君たちは真正面から殴り込みに行かないといけないんだ。そうはならないで済むよう頑張らないとね」

「うん、お願いします」

「ヒューイくんたちのようなこの帝国を理解しきっている人材がいるのだし、きっと大丈夫さ」

「ですね」


 アーディンが話を締めて、エリスが笑顔で同意した。

 小難しいやりとりが終わり、イルクはふうと溜息をつく。


「商業組は大変だな……」

「私からしたら君ら実働部隊のほうがよっぽど大変に思うけど。そもそも私だって今は机上の空論を語ってるだけだよ。大変なのを実感するのはこれからさ」


 アーディンも笑い、茶菓子を口に入れた。

 一時の無言。

 すると扉がノックされ、そっと開かれた。


「失礼します。難しいお話をされていらっしゃいましたね」

「あ、アルマちゃん久しぶりー」

「よう、お疲れ」


 アルマは三人の会話の邪魔をしないよう、タイミングを見計らって部屋に入ってきたのだった。

 彼女は扉を閉めて、アーディンに向かって一礼する。


「初めまして、アルマリア・クルーバールと申します。聖地のお方ですよね? お会いできて嬉しいです」


 耳のいいアルマは個室に入る前から、初めて聴く声の女性が何者なのか会話の内容から察することができていた。言い当てられたアーディンはすっと椅子から立ち上がる。


「初めまして! 商業部門担当のフィオナ・アーディンだよ。たった今、オイストン商会殿の本部に行って仕事をもらったところだ。歌姫には多大なるご厚意を賜り、心からの感謝を申し上げたい」

「そんな大袈裟ですわ。わたくしたちは目的を同じくする者同士ですもの。今後ともご支援ご協力のほどよろしくお願いいたします」

「もちろんだ。こちらこそ末長く、我が果て星通商をご贔屓に」


 二人は同時にうやうやしく頭を下げた。


「なんか芝居がかってるところ、似てない?」

「確かに似てる」


 まるで事前に打ち合わせていたような動きに、イルクとエリスはひそひそと話す。

 アルマはアーディンに腰を下ろすよう促して、自分もテーブル席についた。


「少しお待ちくださいね。一緒に帰ってくださると聞きましたので、五人分の夕食を持ち帰れるようお店にお願いしております」

「お、ありがたい」

「ところでアーディン様は、もう彼とはお会いになりましたの?」

「いやまだだよ。今日事前に会いに行ったのはイルクくんだけだね」

「そうですか」


 アルマがイルクに視線を向ける。

 リオが面会を許可しているか心配しているんだなとイルクは察した。


「アーディンさんを連れて行く許可は貰ってるよ」

「ああ。なら安心ですね」


 そのやりとりにアーディンは苦笑いで呟く。


「実に気を使うんだねえ」

「外面だけは良いですので大丈夫と思うのですが、念のためですわ」

「ふむふむ、では彼が素顔を見せるのはアルマくんにくらいなのかな?」

「わたくしよりも……彼が容赦無いのはイルク様にですね」

「なるほど、さすが自称お兄ちゃん。身内扱いなんだね」


 だがアーディンの言葉で思い出した。容赦無いどころか反抗心のカケラもなかった彼のことを。

 イルクはアルマに問う。


「そういえばさ、リオなんか元気がないと思ったんだけど体調落ちてる? 本人は疲れてはないって言ってたけど」

「やはり思いました? 道場でも疲れているように見えるとお休みを指示されて。わたくしにもなんともないとはおっしゃるんですけど、どこかおかしいのですよね」


 首を傾げながら答えるアルマ。


「リオくん弱ってるのかー。あんなスペックのくせに体力だけないもんね、心配」

「いえ。弱ってるというわけでもなく、なんと言いましょうか、殺気だってないというか」

「はは、殺気だってないほうが周囲に不安がられるのって凄いね」


 エリスの呟きに対するアルマの返答にアーディンがつい笑う。


「抜き身の剣まんまみたいな子だからね」

「トゲトゲしさがないのは悪いことではないのですが気になって。みなさまはなにか思い当たることはないですか?」


 アルマ以外のみな、正直思い当たるとことはあった。

 リオは何度かアルマの魔法道場に行くと嘘をついてアウトサイドに来ていた。その疲れが出ているのかもしれない。エレクファレリア兵士の暗殺でなにか思うところがあったのかもしれない。

 でもリオはそのことはアルマには秘密にしておいてほしいと希望しており。


「……わからないな」

「そうですか」


 イルクはそう答えるしかなかった。

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