77話 商談 1

 ポートラヴィ東方通商の事務室。

 アーディンとシャーリが帳簿の整理をしていたところ、事務室の扉がノックもないまま勢いよく開いた。


「おい! あんたらいったいどんな魔法を使ったんだ!?」


 ポートラヴィ東方通商の幹部が大声を出しながら飛び込んできたのだ。

 『あんたら』のうちエリスとシャーリが魔法が使えるが、なぜ魔法を使える者が商人になったと疑念を持たれないよう秘密にしている。二人は顔を見合わせたのち、アーディンが肩をすくめてみせた。


「自分たちのメンバーに魔法を使える者はいませんが?」

「そういう直接的な意味じゃない!」


 またも幹部は大声で言い返し、咳払いしたあと事情を説明し始める。


「オイストン商会から、あんたら果て星旅商ご指名で仕事を依頼したいと連絡が入ったんだ。どういうツテがあったんだよ」

「オイストン商会? それってどこでしたっけ?」

「はあ?」


 魔法の件と違ってしらばっくれているわけでもなく、本当に聞き覚えのない商会名。アーディンが首を傾げていると幹部が呆れ顔で教えてくれた。


「知らないって言うのかよ。オールドタウンを拠点にしてる大商会だよ! セントラルのお貴族さんとの取引もある店だ。あんたら南進が目的だったろう? 興味ないなら俺が話聞きに行くぞ!」

「え、オールドタウン。待ってください待ってください行ってきます是非行かせてください」

「全く……」


 幹部は封筒をアーディンの目の前にばんと置いた。


「招待状だ。トンネル前の衛士に見せれば通してもらえる」

「おお、素晴らしい」

「指定日は明後日と聞いている。その日はここに出勤しなくていいぞ。まあせいぜい頑張って来るといいさ」

「ありがとうございます」


 幹部はニヤッと笑みを浮かべて事務室を去っていった。

 口は悪いが応援してくれているのがわかる。


 アーディンは封筒の端を切って、招待状を取り出して広げた。

 間違いなく自分たち宛てで、丁寧な挨拶文のあとに商談の日時と場所が書かれており、地図もつけてくれている。


「ご指名の理由は思い当たらんでもないが、もしなにかの間違いであっても喜んで行かないとな」

「とうとうオールドタウン進出だあ」

「商談でやらかさなければね」

「そこはアーディンさんが頑張るところでしょー」

「責任重大だ」


 言葉とは裏腹にアーディンは自信ありげな表情で招待状をシャーリに渡し、整理中だった帳簿に手を伸ばす。シャーリが招待状に目を通し、あああのへんかと小さく呟いた。


「場所を知ってるのか。道案内はお願いできるな」

「えー、でも私もヒューイと同じであまり兵士に顔見られたくないなあ」

「そうか。じゃあ無理は言えないか」

「リオ様に会いたいのはやまやまなんだけどー。フィーラがすっかり熱を上げてるし、いったいどれほどかっこよくなってるんだろうって」


 シャーリが招待状を封筒に戻した。


「そうかそうか。じゃあやっぱり君は行かないほうがいいな」

「そう言われると酷いなって思いますー」

「ははは」


 アーディンは笑いながら帳簿整理を再開した。




    ◇◇◇




「でエリスが道案内役兼ねてアーディンさんと商談に行くことになってさ、俺も途中まで同行したあと一人でこっちに来たってわけ」

「そう」

「たぶんアルマが口利きしてくれたんだよな?」

「だろうね。夕景せっけい亭はそのオイストン商会が経営している酒場なので」

「やっぱり。だからひと足先にお礼をと思って来たんだけど」


 商談の日、午前。

 イルクは商談組と別れ、一人でリオたちの家を尋ねていた。

 おそらくオールドタウンに入る理由を作ってくれたアルマに感謝を伝えにだったのだが、家にいたのは読書中のリオだけ。アルマは昼過ぎからのステージのためにもう出かけていた。


「アルマがいないならどうしようかな。商談も昼過ぎからだし」

「彼女に直接お礼が言いたいのならステージ終わりを待って帰りを捕まえればいいんじゃない。商談というものがどれほどの時間がかかるものかは知らないけれど、すぐに終わるものではないでしょう」

「それもそうか。アーディンさんたちとはオイストン商会本部そばの広場で落ち合わせる予定だから、そのあとみんなで夕景亭に行ってくるわ。そのあとお前もアーディンさんと会ってもらっていい?」

「いいよ。僕も挨拶くらいはしておかないとと思ってはいた」

「じゃあアルマと一緒に連れてくるからな」

「わかった」


 リオは本から視線を動かさず、ページをめくりながら返事をする。

 家にいる間いつも勉学に励んでいることにイルクは感心しつつも、少し元気がないようにも見えて心配にもなる。


「なあ、少しは休憩取ってるの?」

「取っているよ。むしろ取らされている」

「取らされてるってどういう」

「先日、道場に行ったら師匠からしばらくの休養を命じられた。疲れているように見えると。確かにあのあとだったから体力的には疲れていたが……自学用の本を貸してももらえなく、仕方なくそこらの古本屋で買った魔法理論書を読んで暇を潰している」

「いやそこは言われたとおり休めよ」

「そのとおりだね」


 イルクの笑いながらの茶々入れに、リオは真面目な表情で本を閉じた。

 普段なら言い返してきそうなところなのに、素直に従うリオにイルクは戸惑う。


「なあ、覇気がなさすぎない? 本当に疲れが溜まってるんじゃないか」

「僕は普段から元気いっぱいタイプではないと思うけれど」

「それはそうだけどさー」


 どことなくおとなしいリオに違和感を覚えつつ、イルクは来る途中で買ってきた昼食を取り出した。


「まあいいか。俺はここで昼メシ食べさせてもらうわ。お前は昼メシある?」

「食べないつもりだった」

「じゃあこのパンやるよ」


 リオの目の前にパンの包みを置く。

 どうせいらないって言うだろうけど、いや食えよと押し付ける。そんなやりとりをイルクは予想していた。でも。


「……ありがとう」


 リオはパンの包みをまたも素直に手に取って、中を見る。


「いややっぱりなんかおかしいな?」

「ん。遠慮するべきだった?」

「そんなことは全くないんだけどなんつーか」

「問題ないなら一つ貰うよ」


 そしてパンを一つだけ取り出し、小さくちぎって食べ始めた。


 やっぱりいつもの反抗的な態度が一切ない。

 リオの性格を考えると不自然なまでの従順さ。

 イルクは若干の居心地悪さを感じつつ昼食を取り、そのあとアーディンとの待ち合わせ場所に向かった。

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