第10話
その日、俺は相当苛立っていた。
バイの彼氏にフラれたのだ。
一人寂しく酒をあおり、恨み言が口をつく。
奴らはいつもそうだ。
お前だけだと嘯いていつかは普通に戻っていく。
だから、背後で突然泣き崩れた挙げ句、トイレを占領して迷惑極まりないバイらしき女に制裁を加えてやろうと、優しい言葉を囁いて持ち帰った。
俺も正気の沙汰ではなかったのだろう。
女は言う。
「どうして信じてくれないの?」
いとも容易く裏切るヤツの、どの口が言うのか。
「神様の前でも誓ったのに」
口約束だと先に見限る、己が行いを悔い改めろ。
「ねぇ、お願いがあるの」
「忘れさせてくれない?」
「何だってするから」
誰彼構わず救いを求める、奴等らしいやり方だ。
ぐちゃぐちゃの顔を向け、ポロポロと涙を溢しながら一枚また一枚と服を脱ぐ女は、最後に哀しく笑って俺に言う。
「苦しくて耐えられない、助けて、お願い」
その一言に、ハッと我に返る。
俺は、何をするために女なんぞ連れ込んだのか?
八つ当たりでしかない怒りに任せた行動が、逆に出来もしない制裁を与えられて狼狽える始末。
だが、素っ裸で抱きつく女を振り切れる程の強い心は去った男への愛と共に失われ、傷を舐め合うように抱き返し、気付けば唇を重ねていた。
それで安心したのかそのまま寝落ちした女をベッドに寝かせて朝を迎えると、女の記憶があやふやなのを良いことに、バリネコで生きてきた俺はこの時童貞を捨て、この女との交際を始めた。
ゲイである俺の、何がそうさせたのかは、謎だ。
処女だと思えぬ豪胆さがこの体質に合ったのか。
ただ、女があちらの世界でタチならば、その力強さに身を委ねながら抱かれ続けるのも悪くないと思ったのは確かだ。
年月は経ち、子どもを授かり家族を持つ。
夫婦の営みも恙無く、仕事も順調。
不満など何一つない、ありふれた日常に身を置く幸せの中、突如として疼き出す根底の、俺。
これはどこかで晴らすべきか。
だが、裏切りに値するのではないか。
迷う時を同じにして、拒絶する妻。
覚られたのか?
いや、そんなはずはない。
もしや、妻も同じ状況に陥っているのか?
一人の時間が様々な思いを過ぎらせる。
否、男性だ。しかも、よく見知った者。
数時間前まで同じ業務にあたっていた、後輩。
咄嗟に追いかけ話を聞いたのが運の尽き。
同類の甘い誘いがこの身を狂わせていく。
妻では消化しきれない腹の奥で疼く膿。
東前に抱かれることで均衡を保ち、味をしめる。
そこに現れた、妻を苦しめた女。
俺は妻を愛している。
紛れもない事実だ。
もし、妻の拒絶が俺と同じ不均衡にあるならば。
あの女をあてがって、解消してやるのが夫の勤め、なのではないか?
世界の中心は誰のもの? Shino★eno @SHINOENO
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