第9話

 自分のアイデンティティを語るのは苦手だ。

 未だに確立しない、曖昧な場所に居るからだ。

 私はいわゆる性的マイノリティーだ。

 性対象は主に女性。

 だが、稀に男性にもときめく。

 だから、バイ寄りのビアンと自認している。

 それが理由で別れを切り出されること、多数。

 ヨシズミこと、川カとも、そう。

「いつか、ワタシを見限って男へ走るのだろう?」

「一人で生きていけるから、ワタシは不要だな」

 とれだけ言葉を尽くしても閉ざした心は開くことはなく、永遠の愛は脆くも崩れた。

 その夜、満身創痍の私に手を差し伸べた夫と出会い、必死に縋りを手に入れた。

 幸せはここに在る。

 だが、心の奥では生来の血が騒ぐ。

 ただひたすら抱きたい、女を。

 夫の密会を知り、箍が外れた。

 それを見透かすようにヨシズミが現れた。

 ただひたすら抱いた。

 やっと、全ての均衡が保たれた気がした。

 夫のことは今でも愛している。

 だが、ヨシズミのことは手放せない。

 そして、それは夫も同じだった。

 家族を愛しながら、東前を手放せない。

 女装癖のある、男性の東前を。


 一度目の調査で探した女性は見つからなかった。

 二度の調査で歩き方に特徴のある東前を特定し、同時に夫がゲイだと知った。

 これは奇跡と呼ぶべきなのか?

 今晩、ヨシズミに会う前に再調査の結果がきた。

 夫は、いわゆるネコらしい。

 私は、言うなればタチ。

 種別は違えど、役割上は互いに適任なのでは?

 この世界は私を中心に回っている。

 明日、大阪に向かう夫を抱き倒して送り出す。

 悪くない案だと、あなたも思わない?



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