第8話
十日ほど経った昼過ぎ、スマホが鳴る。
『見合いが、トントン拍子に進みそうだよ』
ヨシズミからの報告だった。
あの時に語っていた『見送る側の侘しさ』をヒシヒシと感じ、小さく溜め息を漏らす。
思い巡らせるのは自分勝手な考えばかりだ。
「お相手はどんな感じの方なの?」
『年齢の割には、天然で可愛らしい人だね』
「ふーん。幾つだっけ?」
『二つ歳下』
「若さと癒しを兼ね備えてて、良きデスな」
『おや、妬いてるのかな? 嬉しいね』
「妬いたところで、何も出ないでしょ」
『あの手の柔らかさは、ワタシには物足りなくてね。近いうち、話を聞いておくれよ』
「上手いこと誘うけど、暫く控えたら?」
『その件については問題無さそうなんだ』
「どういう事?」
『それも含めて、後日。例の夜にどうかな?』
夫が出張に出掛ける前日。
娘をスイミング教室へと送り、ヨシズミとお茶会をする。
先に店内で待つ、ヨシズミ。
頬杖をつき、しどけなく外の暗闇を見つめる姿が絶妙に艶めいており、下心など包み隠さず丸裸にして思わず飛びつきたくなってしまう。
夫ともヨシズミともご無沙汰なのが悪影響を及ぼしているようだ。自重せねば。
「お待たせ、ご飯は食べたの?」
「今、終えたところ。ご主人は大丈夫なのかい?」
「金曜日は飲んで帰る日。お嬢の迎えと共にピックアップするから、平気よ」
「なるほど。ならば、ゆっくり話せる。嬉しいよ」
ふふふ、と伏し目がちに笑うその色っぽさ。
たまらなくて、喉がカラカラに渇いてくる。
「見合いを進める気になったのは、どうして?」
気に入った相手の話なんて本当は聞きたくもないし、そう思っていることもお見通しだろうが敢えて尋ねる。
そうでないと、頭がおかしくなりそう。
「それはね―――」
周囲に極力届かぬような囁き声で、相手との会話を再現する。
見合い相手には心に決めた人が居るという。
だが、共に在れる希望はゼロ以下のマイナス値。それでも儚い繫がりが有れば充分満足なのだが、ヨシズミ同様に周囲の目は許しを与えず、要らぬお節介にも辟易している。
そこへ舞い込んだのが、今回の縁。
どうにか利用しようと画策。
ヨシズミも、陰で見せかけの結婚を望んでいる。
利害は一致。
「信じられない。普通、初対面でそう来る? バカ正直にも程があるでしょ」
「面白い人だろう? 可愛い見た目に反する、その潔さには感服だよ。で、この話には、まだ続きがあってね。自分は子種が少ないから様々な方法を視野に入れてくれ、と言うんだ。ワタシにとっては、またとない話じゃないか。何せ、心を殺して無理矢理営む必要がないのだから」
ヨシズミは、言うなれば生粋の〈ビアン〉。
細分化すれば〈バイ寄りのビアン〉だと打ち明けた私を、それは〈ビアン寄りのバイ〉だと言い募り、いつしか私を拒み始め、それが理由で別れた。
夫と出会った、あの夜に。
しかし、相手も相手ならば、ヨシズミもヨシズミだ。そうして得た家族が上手くいくのか、疑問でしかない。
「互いを想う愛は無い男女だけど、人間的に受け入れて慈しむ男女で在れば家族になれる……と踏んでいる。漫画でもあるだろう? 所謂、ステップファミリーだよ」
「また、難しいことを言う、困った人ね。口出しはしないけど、一体どんな奴なの? ご尊顔を拝んでみたいわ」
「ふふふ、こんな人だよ」
スマホの画面を見せられて凍り付く。
こちらへ向けて微笑みを湛えたその顔は、見覚えがあるなんて言葉で片付けられぬものだったから。
「東前さん、て言うんだ。ワタシ達には眩しいくらい、愛らしい人だろう?」
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