第7話

「では、いただきます」

 三人揃って手を合わせるのは久しぶりだ。

 娘が低学年のため、定時上がりでも殆ど食べ進んだ頃に夫が追いかける事が多いからだ。

「パパ、お肉がとれない」

「一つずつ押さえて、串をクルッと回してごらん」

 娘の甘えも多くなり、それに答える夫の顔もデレデレと緩む。何という幸せな風景。

 かつて夢見た理想がいまここに在る。

 そこへ、私だけに有効な水を差す一言が投げられる。

「来月だけど、一週間出張するよ」

「あら……今度はどこ?」

「大阪。お土産は肉まんかな?」

「肉まん! すき!」

「ならば、奮発してたくさん買ってこよう」

「わーい、やったー!」

 喜ぶ娘とは裏腹に黒い靄が胸に渦巻く。

 出張と称して情事に耽ることを知ったから。

「今回も同じチーム?」

「だね。北野、南田、西口と東前とうまえの五人」

 最後にあげたその人物こそが、例の後輩だ。

 社内行事で数回挨拶を交わした東前という人物は、夫の五つ歳下の可愛い系。かと言ってあざとさは全く無く、どちらかと言うと天然っぽさをもった年齢に見合わぬ童顔が目を引き、ひょこひょこ歩く様が更にいじらしさを誘う。

 私とは正反対と言っても過言ではない。

 そうか、がっつり肉食妻の脅威にドン引いてそちらを選んだというわけだ。

 何とも寂しい限りだ。


「わたしは、夏休みに体育クラブの合宿にいくよ」

「今年も居なくなるのか、パパは寂しいな」

 幼稚園時代から続けている習い事の恒例行事で、二泊三日で様々なアクティビティをこなしながら体力強化を計るのが目的だ。子供達のにとっては遊び三昧の日々であり、親達にとってはゲーム依存からの脱却を目論む重要な日々でもある。

 但し、帰宅すればゲームは一瞬にして手にしてしまうのだが。

「パパの夏休みにはたくさん遊んであげるから、泣かないの。その代わり、ママとおデートしてください。ねー、ママ♪」

「そうね、たまには映画とか観に行っちゃう?」

「いい考えだ。ついでに観覧車でも乗って、夜景のきれいなレストランでディナーでも楽しもうか」

「え、えー、えー? わたしも乗りたい、観覧車」

「おデートだから」「ダメー」

「ズルい!」

 嘆く娘を宥め、食事を続ける。

 笑いが絶えない、温かい家庭。

 まさにこの瞬間を切り取ったものが、神の御前で誓いを交わし、目指した結婚の在り方だった。


 果たして、この夫におデートする気はあるのか。

 移り気な我が身を都合よく棚に上げてまでその僅かな可能性に縋りたいと企むなんて、強欲が過ぎるだろうか。





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