第6話

「いつも送ってくれて、ありがとう」

 自宅前に車を停める頃には、先程までの熱情を全て洗い流して友人面でお礼を述べる。

 決して周囲に気取られぬように。

「どういたしまして。また連絡するよ」

 助手席の窓越しににこやかに微笑み返すのと同時に、この人を呼ぶ軽やかな声が自宅前に響く。

「ズミちゃん? やっぱりそうだ、久しぶり! 今日は、ごはんを食べていくんでしょう?」

「しまった、見つかったか。お嬢が帰る前に逃げるつもりだったのにな」

「それは、ヒドイよ! ねぇ、みんなで食べようよ。ママからも言ってー」


 娘はこの人と相性が良いらしい。事あるごとに自宅へと引き込みたがる。その殆どは、私では手に負えないゲームの相手だったりピアノの指導だったりするので文句も言えない。

 少女まで虜にするタラシになるとは、許すまじ。

「自宅前で何の騒ぎかと思ったら、ヨシズミさんが来てたのか。今まで教室の手伝いかな?」

 あろうことか、夫まで帰宅してまさかの大集合。

 急な登場で、もはや心が追いつかない。

「今日は早いわね、どうしたの?」

「出先での作業が早く済んだから、直帰したんだ。ついでにご当地で評判の焼き鳥を買ってきたんだけど、結構な本数有るから、ヨシズミさんもどう?」

 非の打ち所のない対応が嫌味なく出来るこの性格は、天晴としか言いようがない。

「有り難いお誘いですが、来週の会合に必要なものを揃えなくてはいけないので、今日はこれで失礼します。また、改めてお邪魔しますよ」

 密かに神に感謝する。

 情事から間髪置かずにやってくるこの状況に平静を保つのは至難の業だ。

「えー、帰っちゃうの、ズミズミ〜」

「今度、ゆっくり遊びに来るから、ゲームもピアノも腕前を上げておいて。それから、勉強も」

「ズミちゃんまで、そういう事言わないの!」

「ゴメンよ。じゃあ、さよならしましょう」

 悄気げる娘と握手をし、軽くクラクションを鳴らして走り去っていく。

 テールランプが路地を曲がって姿を消すまで家族全員で見送ることの、得も言われぬ気まずさよ。


 家族には、ヨシズミとは昔ながらの友人とだけ話している。恋仲であったことは当然秘密であり、伝える必要性も全くない。例え、夫にでも。

 いや、もしかしたら現状ならば告白しても罪には問われないかもしれない。

 何せ、お互い様なのだから。

「会合って言うことは、ヨシズミさんの教室、来週は無いって事?」

 部屋着に着替えてリビングにやってきた夫の問いで我に返り、見合いの話をポロリとこぼす。

「となれば、頻繁にウチにも来れなくなるか。ちょっと寂しいな、話してて楽しい人だから」

 レタスを千切っていた娘がその言葉に反応して駄々をこねだす。

「ヨシズミさんはお嬢のものじゃないだろ。上手くいったら『おめでとう』ってお祝いして、いかなかったら……『おかえり』って迎えればいいじゃないか。ほら、次は味噌汁に乾燥ワカメを入れるよ」

 娘を思いやり優しく言葉をかけ、腕まくりをして皿を取り出しては共に夕食の準備を進める。

 本当に、私には勿体ないくらい出来た夫だ。

 浮気を知って動揺したが、嫌いになったわけではない。相手への嫉妬心は爆上がるし、寧ろ、再調査の結果で夫に対する愛が増したとも言える。

 でも、これは自分の罪を正当化したいだけのエゴなのかもしれないと、家族の視線の影でそっと自嘲する。

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