第5話
「あれ、話が違くない?」
誰もが思ったであろう、この疑問。
そのあと襲いかかるように押し倒したのは私の方だから、あながち間違いではない。
「あの後『煽ったからには責任取る』って言って始まったんだっけ。真実はこうだったのか……」
パンツ一枚でシャワーあがりの髪を乾かし終えて唐突に思い出すあの日の出来事。
「何の話かな? 今日のきみは上の空が過ぎるね」
「………」
それはきっと、この人と居るからかも知れない。
バスルームから湯気と共に現れ、無造作にバスタオルで髪を拭き、細いながらも引き締まった身体を伝う水滴を上から順に撫でていく、私の不倫相手。
その昔、永遠を誓い合ったひと。
と言ってもうら若き時分の誓いなので、あっという間に破れて終わったものだけど。
夫の浮気を知った絶妙なタイミングで再会し、いつかの炎が再燃したというわけだ。
よくよく考えたら、私って本当にチョロ過ぎる。
そんなことを巡らしていたせいか、鏡に映るその長い指が先程まで我が身を侵食していたかと思うと、今更ながら恥ずかしくすらなる。
「ふむ、ここまでダンマリとは、気分の良いものではないね。いい加減白状なさいよ、でないと……」
「どうなるの?」
「お仕置きをするに決まってるだろう?」
シャワーで火照った身体を背後から密着させ、その腕できつく抱き締めて至るところを押し付けてくる。その苦しさに抗うも、脚の隙間に片膝を捩じ込まれて首筋を狙っていることに気付き、
「だめ、絶対に痕はつけさせないわよ」
何とか振り払い、ドライヤーで反撃を食らわす。
いまは厚着の出来る冬では無い。
子どもは騙せても、虫刺されと誤魔化せるほど夫だって鈍くはないはずだ。
「うっ、強風は目に滲みるからやめなさい! 言うこと聞かないと……こうだぞ」
「きゃっ!」
突然しゃがみ込み、私の内股を無理矢理広げてちゅうっと口づけて暫し吸い上げる。
「ちょっと、やめて……変態か!」
「ここなら、簡単には見つからない」
ニヤリと笑ってこういうことをしれっと出来る人だから、なかなか縁が切れないのだろう。
その強引さは、若い頃の夫にやや似ている。
いや、時系列を追えば夫が似ていたのか。
「今日はそこまでにしてよね、下校時間になっちゃうから」
「分かってるよ、マイダーリン」
互いに着替えてソファに座り、私とは真逆のふわふわの柔らかな髪を乾かす。
「次の講座はいつだっけ?」
生花店を営む実家を支えながらフラワーアレンジメント教室を開講しているこの人の元へ、受講を理由に逢瀬を重ねること約三ヵ月。
昔馴染みの親しい関係を利用して片付け後にアトリエに入り浸る。
「それなんだけど、暫く休むことになるかも」
「他の注文で忙しいの?」
「いや、人と会わなきゃいけないんだ」
会議や打ち合わせならばそう言えば済むところを遠回しにする意図は?
「見合いをすることになった」
SNSが盛んなこのご時世に、また古風な出会い方をするものだ。もしや、御親戚のお節介か?
「三十代後半ともなると、さすがに当たりがキツくてね」
私の場合は二十代後半でやってきた。
加えてこの人は家業を背負っているから、尚更。
「もし素敵な人だったら……」
「結婚も有り得るだろうね」
我が身を振り返れば寂しがる資格は無い。
それでも引き留めたくなるのは我が儘以外の何物でもないから、黙るしかない。
「そうなれば、ここから去るきみの気持ちも判るし、きみを見送る侘しさも知ってもらえるかな?」
「それは……関係を続けるって事?」
相手にバレたら一大事どころでは済まされない。
「理由は、わかるよね?」
判らない筈がない。
かつて、心も身体も通じ合って育てた愛の深さは計り知れない。
そして、それ以外にも。
私達を繋ぐ、もう一つの秘密があるから。
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