第3話

 思い起こせば、オンナの勘が働いた事が無かったわけじゃない。

 ある晩のこと、ひと度寝付けば余程の事が無い限り朝までグッスリと眠り続ける私が、何かに気付き目を覚ました。 

 隣室の子ども部屋は寝入っているようで静かだ。

 寝返りをうち、夫の寝顔を覗けば、もぬけの殻。

 トイレかと思い、再びうつらうつらとし始めると何処からか話し声が聞こえてくる。仕事上のトラブルで夜半に連絡が入ることはこれまでも有り、その類かと目を擦りながら様子を見に階下へ向かうと、静まるリビングから声量を抑えた夫の声が漏れてきた。

 それはとても低く穏やかで、それでいてとびきり甘い囁きに聞こえ、ざわめく胸を抑えきれずに勢いよくリビングのドアを開けて詰め寄ると、その先にあったのは社用パソコンと書類の山。

 当然、その場で盛大に笑われ、私のオンナの勘は当てにならないことが実証された瞬間だった。


 この、とんだ勘違いを後々もイジるくらいに、お互いに上手くやっていた―――筈だった。

 飲み屋で吐きまくる、見ず知らずの私を介抱したせいで無理矢理始めざるを得なかった夫にとっては何とも不本意な滑り出しだったろうが、今では子どもを一人授かり、元気に小学校へ通っている。

 ママ友からも、親切で朗らかだと好評な夫。

 暇があればカフェ探索に心躍らせ、ハード系パンをこよなく愛する、学校行事にも記念日にも積極的で子煩悩な夫。

 夫婦仲だって悪かったわけではない。ソファに隣り合って座ればヤキモチを妬くように子どもが間に入ってくる程だし、敢えて比較はしてないが寝静まる夜のスキンシップだって普通に有った。

 ただ、情緒不安定で二度ほど続けて断って以降、微妙な変化が起きたのは事実だ。心当たりがあるとしたら、このプチセックスレスな関係以外にはないだろう。

 優しい笑顔を振りまく裏では、妻子に隠れて肌を重ねる相手に照れるような笑みを向けている。

 誰も信じないであろう、それが事実。


 だが、もう一つ。

 紛れもない事実が、今、ここにある。


「こらこら。ふたりで居るときに呆然とするとは、何事だい?」

 脱ぎ散らかした服もそのままに、あられもない姿でにじり寄る顔が視界を埋め尽くし、隙間を閉じた長い指が私の目を覆い隠して暗闇を作る。

「やだ、何するの……んっ!」

 ぐぐっと唇を押し付けて口内へ温い舌をねじ込み、いつまで続くのかという程に吸い付き、そして絡めてくる。

「ん……待っ…んふぅ…」

 その余りの執拗しつこさに後ずさりするも、狭い部屋に置かれたソファの背凭れと人間をダメにするビーズなクッションが邪魔をして逃げられない。

「無駄な抵抗はやめて、委ね合おうじゃないか」

 一度離れた唇が熱を帯びたままで耳元へ、首筋へ、露わになった膨らみの頂へと伝う。もてあそばれるその感覚に悦びを味わいながら、重なり合う肌の温もりを至るところで噛みしめる。

 

 そう、浮気をしているのは夫だけじゃない。

 多分に漏れず、私も同類だということだ。

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