【3】第六の場面「ようやく合流」
翌朝は早かったが、イフラはなんとか目覚まし時計よりも早く起きた。何時に眠り落ちたのかは定かではないが、一応は眠れたらしい。
小鳥たちの囀りで耳を楽しませながら、庭の片隅にある花壇の花たちへ水を遣る。タンバトという名のこの花は、初心者にも育てやすいと園芸の本には書いてあったが偽りはなかった。不慣れなイフラでも、その可憐な姿を見せてくれた。
花というものは心を和ませる。庭に広がる甘い芳香は気持ちをとろんとさせる。カサツシと居るとどうも騒がしくなるが、これこそがイフラという一人の少女。
「ふあぁ……」
まあもっとも、悶々としていたせいで寝不足なのは、香りでどうこうできる問題ではないか。
現在午前五時。太陽こそ昇っているが気温はほとんど夜のそれであり、寒さが肌を刺す。
「人を寝不足にさせておいて、自らも寝不足か。いい身分だな」
「たかが服の一着にそこまで執着できる方がいい身分してるよ」
眼の下がうっすらと黒くなっているカサツシがくる。肩で小さな背嚢を背負っている。軍用の代物。カサツシは昔からこれを愛用していた。
「ふわ……おっと、いけないな」
イフラとは絶対に違う理由でカサツシも眠たそうだった。昨晩、あの一件で付着したインクを落とすのに丸々一夜を使ったようだ。落ちにくいと言っていたのは誇張ではない。
昨晩の出来事は、一睡するほど時間が経ったせいか、十分冷えた。こうして何事もなくカサツシと会話することができる。やはり顔を向き合わせるのだけは御免こうむりたいが。あれだけは慣れる気配が一向に訪れないイフラだった。
「畑はどう?」
「順調だ」
日々の食糧としているものは、二割が買い貯めた備蓄品、四割が裏庭の畑、もう四割が森の採集で構成されている。カサツシは片割れの四割のために、毎朝畑の世話をしていた。
「こちらはこちらで、無事に咲いたようだな」
「この時間にしか咲かないみたいだから、カサツシは見たことないんだね」
「ああ。惰眠というものは一度覚えてしまったら、これがなかなか快感でな」
タンバトは早朝の一、二時間の間しか咲かない。その間、特徴的な性質を見せる。太陽の向きとは逆の向きに花を咲かせる、という習性があるのだ。夜以外だったり、晴れたりしていると、ずっと蕾が頭を垂らしている。
「変だよね、タンバトの花って」
そう、くすくす柔らかに笑いながら言った。カサツシは、そんなイフラを見て微笑む。
「タンバト。まさに俺のような植物だ」
「なにそれ。天の邪鬼ってこと?」
「それもある」
「くす。認めちゃうんだ」
朝特有の柔らかい空気が二人を優しく包み込む。いつもいがみ合っているわけでもない。
「さ、行こうよ。お昼前には着きたいわね。折角早起きしたんだし」
すっくと立ち上がり、土のついてしまった膝をぱっぱと叩いて払う。
「もっと眺めていたいのかと思ったが、ならすぐにでも出立するか。ほら除虫剤をつけろ」
カサツシからスプレー式の缶を受け取る。この辺りは毒性を持った虫や蛇が生息しているので、そうした生き物に出会わぬよう、カサツシお手製の薬品を身体に散布する。
二人は道を歩む。そのほとんどが獣道。人が通れるような場所ではない。森を抜けたと思ったら、今度は川を上流方面に進んでいき、崖を落下しないよう注意深く足の運ぶ地点を選んでいく。顔を上げれば大自然の光景が精神を洗うが、そんな心の余裕はイフラにはない。それは恐怖によるものだからではなく。
「はあ……なんでもっと、交通の便がいい立地に研究所を立てなかったの?」
朝食代わりに果実を食べながら言う。腹を満たすだけならそこらの木を探せば、食用の実が成っている。この時期は果汁が多くとても甘いものが多いので、甘い物が好きなイフラには万々歳だ。
「十二度目だぞその質問。毎月毎月、獅子脅しのように繰り返しおって」
「何十度でも何百度でも言ってやる。なんで街中にしなかったのよ」
「亡くなった父親が偏屈者だったんだよ。人里離れた秘境でないと研究できないような。俺はそれを無断で譲り受けただけだ。文句なら父に言ってくれ」
研究室兼自宅。それが二人の住んでいる家だった。自宅に研究室があるのではなく、研究室に自宅がくっついている。
イフラは一年ほど前を思い出す。助手になることとを後悔した瞬間の連続を。
「俺についてこい」と言われ、何日も延々と歩かされようやく辿り着いた果てに、『カサツシ研究所』の表札が掲げられた研究所はあった。どうも長年手入れがされていないようで、中は埃だらけ。疲れた身体を癒す暇もなく、研究所に辿り着いてからの数日を、ほとんど掃除に当てたぐらいだ。そこから生活に必要なものを揃えていき、カサツシが研究に没頭できるようになったのは、「イフラ」がこの世界に生まれてから一カ月ほど後である。
「せめて、なにか乗り物でも作らない? 少しでも時間を短縮しようとか考えないわけ?」
研究所から一番近い繁華街へ出るのでさえも、徒歩でおよそ六時間。ようするに、六時間も歩くだけ。飽きて当然だ。
「そのぐらいの『技』はあるでしょ? 私だってそのくらい手伝うわよ」
「『技』は万能でない。それなら、『魔』を使って高速で動く手段でも編み出してもらおうか。そのためなら、俺だって手伝うのは吝かではないぞ」
「カサツシ言うところの女のくせに『魔』をまともに使えなくて悪かったわね」
できないものはできない、ということをお互いに突きつけ合っていただけ。無駄すぎるやりとりであった。それでも無言よりは、退屈を潰せるので遥かにいい。
「そうやってサボり癖をつけると、【蝙蝠】のようになるぞ」
「歩く」
その名前を出されたとあっては否定せざるをえない。それほどの拘束力を持つ。
「俺はメモリの体重ぐらいなら、この背嚢に収納してレチクラを横断できる。だが昔はお前だってそのくらい出来た。住まわせてやっているのだから、俺を運んでほしいものだ」
「女に力仕事をさせるなんて酷い男」
「そうじゃないにしろ、メモリは一人の人間としてみれば軽いが、荷物としてみれば重いからな。流石の俺も、その重さの荷物を運ぶ気にはなれん」
「ふん!」
その「重い体重」とやらを乗せた肘を、カサツシの鳩尾に打ち込む。いくらカサツシでも、神速の一撃を防ぎきれなかった。女に体重の話などするものではない。その話題に敏感なのはイフラとて例外ではない。イフラは最早、そういったことを気にする普通の少女なのだ。
少女になってしまっているのだ。
「やあお嬢さん。おひとりですか? どうか俺とお茶しませんか?」
「ええ。暇を持て余していますの。お茶に付きあって下さる?」
「…………」「…………」
カサツシがそんな冗談をかますと思えなかったイフラは、イフラがそんな言葉で返すと思わなかったカサツシは、それぞれの理由で沈黙する。
たった今の出来事は豪雨に流しておくこととしたカサツシは、ぱんぱんになっている背嚢を座席の下に仕舞いこんだ。席に深く腰掛けないで座る。
キゥカワという街に到着次第、二人は別行動をしていた。同居生活を送っているとはいえ、プライベートはある。食料品以外は、補充したいものがあればそれぞれが街を巡って購入する。満足したら、この喫茶店で相手が来るまで待つ……というのがお決まりのパターン。三、四回か繰り返すうちに、自然と暗黙の了解となっていた。同居生活を円満に送るにはまず、相手との距離感をきっちりと見わけることが大切である。
「ああ、すいません。水をくれませんか?」
カサツシが給仕服を着ている店員を呼び留める。すぐに水の注がれたコップがテーブルの上に置かれた。ついでにメニューを受け取って、なにを注文しようか悩んでいる。
「優柔不断な男は見ていて情けないわ。ぱぱっと決めなさいよ」
「女だから許されるわけでもあるまい。メモリもずっと眺めているだろうに」
「ヱウッ」
一人で延々、メニューとガン垂れ合っていたイフラだから、その反撃に対して全くの無力であった。ここの喫茶店は何を頼んでも美味しい。選択肢が多すぎて悩むというものは、嬉しいことなのか、それともなかなか決められなくて苛々することなのか。
「ん、メバケだな、今日の気分は」
「じゃあ私もそれ」
メバケは麺入りスープ。牛乳をベースに、小さく切った人参やジャガイモなどを煮込み、米粉の麺を入れたものだ。食べ方的にどうしても汁が飛び散り服に掛かるため、女は好んで食べるようなものではない。が、そんなことを気にしないイフラは、カサツシと同じものを選んでおいた。注文をしたら十分ほどで届く。二人は食べながら戦果の確認をする。
「俺の研究に必要な物資は全て揃えることができた。そっちは……、」
カサツシは背嚢の限界ギリギリまで買ったのに対し、イフラはとりあえず持ってきていた小さな鞄が、ほとんど膨れていなかった。
「別に、予算以内なら服とか買ってもいいんだぞ?」
「興味ないもん。シャツとズボンは前にかなり買ってるから予備あるし。どうせ家だと白衣を羽織らないといけないんだから、あんま意味ないじゃん」
「それもそうだが。年頃の女子なのに装飾の一つも見て回らないと少し不安になるんだからな」
「私に着飾れと?」
イフラはヒラヒラした服は好きじゃない。機能のないものを身につけたくない。好き嫌いそのものは記憶を失った前後で特に変わっていないらしいので、どうやらこれは「イフラ」という、一人の人間の性質であるようだった。
「折角メモリは、少女らしい少女になったんだ。勿体ないとは思わないか?」
「女っぽくなりたいから女をしてるわけじゃない」
「むう」
どこか不満げな顔と声であった。
「なに? 『お洒落をして俺を喜ばせろ』とか、そう言ってんの?」
「俺も男だ。そんな邪念はなくもないから、強い否定はしないでおく」
「私がそういう格好したらしたで、笑うくせに」
「当時のメモリでさえ着飾れば綺麗であった。思わず声を失ったほど。もう一度だけとは言わず、女らしくなったお前を何度も拝見してみたい気持ちに、嘘をつきたくないな」
「…………」
箸で掴み損ねたジャガイモがスープに入水。汁が跳ねて服に染みる。
「どうだったのよ、その『私』とやらは」
ハンカチで濡れた部分を拭きつつイフラは言った。まさかカサツシの口から直接的な褒め言葉が出てくるとは思ってもみなかったのだ。もう少し深く聞きたい。
「筆舌に尽くし難かった。任務だったからな。俺が顎で気軽に使えて、しかも綺麗どころな女と言ったら少尉しかいなかった。結果は、大きく化けたがな」
「顎で使われてたの私。こんな男に従ったの私」
イフラは後半の部分は意識して耳に入れないために、どうでもいい箇所に大きく反応した。カサツシの戯言など、まともに解釈したらイフラがイフラでなくなってしまう。
……その時、店内へなにかが潰れたような音が響く。やや遅れて、「キャー!」という女の金切り声が誘導される。何事かと思ったイフラが店の入り口を見る。一人の女が店員と押し問答をしているのが確認できた。極彩色な服で身を固めた、派手な中年女。
「で、ですから、あと百ロル足りないので――」
「うるせえあたしゃ払ったんだよてめえがちょろまかしたんだろうが!」
そう怒鳴った女は店員の顔を殴る。
「無銭飲食、か」
イフラの正面にいるカサツシには、様子を一部始終確認できていたようだ。ぼそりと呟く。それによって、どうしてこの事態になったのかの流れは把握できた。
「カサツシは助けに行かないの?」
「メモリは、こういった時に動く大人が見たいか?」
まるで無感情に言い放つカサツシは、店員を守る、その気自体はまるでないようだった。
「だって、黙っているなんて……」
薄情にも、店にいる客は誰も動こうとしない。巻き込まれるのが嫌なのだ。別にそれは悪いことではない。ごく当たり前の感情。しかし、店員が顔を大きく振り回して助けを乞うているその姿に掬いのを出せなく、罪悪感を抱く点は皆平等であった。
「分かった」
カサツシは立ちあがる。それと同時に、目つきが、変わる。ぎらつく、獣の瞳。
「で、でしたら、お代は結構ですので――」
人のよさそうな店員はすっかり瞼が腫れている。上手く開けない目に涙を湛えて懇願するも、女は逆にその仕草で火が点いてしまったようだ。女の顔がみるみるうちに赤くなる。
「ったりめえだろ! なんで男なんかに金を払わなきゃいけねえんだよ! 男がつべこべ言うんじゃねえ! 黙って女に隷属してりゃいいんだよ!」
ついにはその手から『魔』によって練成した空気の棍棒を振るう。観葉植物に引っ掛かり、土を床に撒き散らして倒れた。茎は曲がってぶらんと所在なく漂っている。女は役立たずな空気の棍棒を捨て(役立たずなのは使い手が悪いのだが)、今度は長い棒を練成し、店員の頭を殴ろうとする。
「典型的すぎる女尊男卑。今時、そのような骨董品があるとは。あまりの古典に笑ってしまうな。だが、そんな希少者を俺は保護などしてやらん。そこまでだ」
あとは早かった。堂々と入口近くへ歩いたカサツシは女の背後から忍び寄り、首筋を掴んだかと思うと、背中に膝を押しこんだ。「がはっ」と呻く女。「っ、てんめえ! なにしやが――」と最後まで言う暇も与えず、次の一撃を放つ。イフラの目では、どこへ攻撃したのか早すぎて確認できないほどであった。ずるずると女は崩れ落ちていく。
――【自分】には分かります。鳩尾の下、魔臓に神速の拳を入れたのです。
「おい店員。早く治安隊を……いや、事情はどうであれ、やはりそれはまずいか」
女が無力化したことを確認したカサツシは、すぐさま後片付けの準備へ入った。
「ヒオビ曹長! 何処かにいるのだろう! 気配が目でも見えたぞ!」
――こうなったら、出現しないという選択はありませんか。
カサツシの言葉を受けて、男がイフラの前へ飛び出す。
「モリさんモリさん。こっち来てくださいっす」
「え! バト居たの!?」
カーキ色の軍服をかっちり身に纏った青年が、イフラの手を引っ張り、店の外まで連れて行く。そのすぐ後に背嚢を回収したカサツシも店を出てきた。きっかり代金は払っている。
「中佐。カッコイイのは認めるっすけど、この騒ぎはまずいっす。どこに目があるか分かったもんじゃないっすからね。僕だって情報網から漏れた人間は察知できないっすよ」
青年は注意深く、周囲の人ゴミという人ゴミを舐めるように探る。
「しかし、ヒオビ曹長がいるなら安全だな?」
「一応。ただ、こうなった以上はいつ治安隊が出張るか僕だって分かりませんっす。中佐の顔が一般人に割れてるとは思えないっすが、楽観視を中佐は嫌うっすからね。ばれる前提にしておきましょうっす。中佐が街中でブラブラしてるなんて噂が流れたら、ことがことっすから」
挨拶もなしにすぐ話を合わせてきた。寝食どころか生死の境まで共にした二人のこと。女では決して繋ぐことのできない特有の絆がある。
町外れまで移動もすれば、店もパラパラとしか点在しなくなってきた。比例して人の往来も少なくなる。あの事件を目撃した者もいないと考えていいだろう。
「ま、ここまでくれば一件落着っすよ。いやー、大変でしたっすねえ。治安隊に捕まったら笑い話にもならんっすから。まあ合流できただけマシってとこっすかねえ」
慇懃実直を表現するはずの軍服を纏った青年。なのに首から下の印象とは正反対に、にこやかな笑みを浮かべている。
「メモリ。俺たちは、次なることをしなければならなくなったな」
「うん。そうだね」
イフラとカサツシは眼を合わせ、こくりと肯いた。この時ばかりは、イフラも顔を赤らめなかった。それよりも優先することがある。
二人は脱兎のごとく、逃げだす。
「ま、待ってくださいっす! なんで僕からも逃げるんすかあ!」
それに劣らない、むしろ勝る速さで青年はイフラたちを追いかける。差はどんどんと詰められていき、十数分間の逃走劇を繰り広げはしたが、イフラの肩を掴まれたことで幕を閉じた。
「く。荷物を捨ててでもメモリを収納すべきだったか」
「いや、ここは荷物の少ない私がカサツシと一緒に『魔』で飛べば……」
「安全がまるで保障されていない。『魔』に頼った時点で負けだ。だから、ヒオビ曹長に捕まったのは俺のせいだ。手段を選ばなければまだ……」
自らの判断ミスに、元・司令官としての血が悔しさで沸騰しかけているのか。唇を強く噛み締める。カサツシにそのような感情を与えるこの青年。
「そこまで嫌わないでほしいっすよ。なんで僕の顔を見るたんび、そう意地悪するんすかねえ。特に、モリさんに逃げられるって、僕はもう悲しくって悲しくって……」
「逃げてる女の尻を追っかけまわして、好かれる男がいるのかしら? しかも強者であるミケンシじゃなくて、か弱い兎を最優先に狙うなんて」
自分を兎と称することに抵抗しないイフラであった。カサツシが「そんな殊勝な魂を持っているのか?」という目を向けていたのは気づかないフリをした。
「まーそれを言われるとかなりキツイっすけどね。でも『指揮官を狙って指揮の分断を謀れ』とは中佐からよく教わりましたけど、『隊の結束は迂闊な素人から崩れる。付け入る隙はそこに生ずる』とも叩きつけられたっすよ?」
「『背中を向けて走る者に追い打ち厳禁』とも教えたが?」
平常時でも眼つきの悪いカサツシ。一度睨まれればそれだけで身が竦むというもの。脳裏にその眼の色を刻みつけられれば、死ぬまでカサツシ=ミケンシという男を忘れることなどできまい。なのに青年はどこ吹く風。慣れっこだ。
「まあいい。メモリのことはともかくとしておこう。そうしないと話が進まん。……最重要拠点である南方砦所属のはずなお前が、どうしてここにいる」
「うわ、抜け出したとか思ってるんすね? やだなあ違うっすよ。休暇の命令が出まして。いつもは早く非当直にならねえかなーって思っても、いざ本当に休みになられてもやることがなかったりするんすよね。で、どうせなら中佐のところに突然訪れて、驚かせようと思ったんすよ。あの森を突破するために、一度キゥカワで休もうとしたところ、モリさんを見つけまして。影で声を掛ける機会を伺っていたら、あんなことが起きましたっす」
「嘘じゃないのそれ?」
「嘘っす」
長々と説明した割には、イフラの指摘で一瞬の隙に真実を吐いた。
「軍人の僕が、いくら元上官だとはいえ、人民に機密を明かせるわけがないっすからね。こればっかりは、今のモリさんでは頼まれても無理っす。守秘義務ってやつっす。まあ一つ、それでも本当のことを言うのなら、三割ほどは事実っすね。嘘の基本は真実を混ぜることっすから」
それは偽りないようだ。軍服のよれ具合や汚さを見るに、なにか一仕事を終えた直後に、キゥカワに到着した、ぐらいの草臥れ方をしていた。
――【自分】が客観的に『観察』しても、それ以外の判断は意味がないと思えてしまうほど、絶妙な塩梅でした。
「お上から呼び出しさえかからなければ、一週間ほどの休暇っす。その間、お邪魔させてもらうっすよ。いろいろと、カサツシ中佐に報告したいこともあることっすし」
「何故に便りの一つも出さない。連絡もせずに来訪する無礼な人間を客として扱わんことは、昔とそう変えていないぞ」
「それだと『うええ、なんでこいつが今この時ここにいるんだあ!』っていう中佐のびっくり顔が見られないじゃないっすか!」
「頭が頭痛で痛い……」
イフラが治癒の『魔』を覚えていたままであれば、カサツシを無償で治してやりたいぐらいに、カサツシは深い頭痛に悩まされているようであった。
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