7 魔法少女の運命なんて斬っちゃえ!
私のお願いに応えて、すべての敵をあっさり殲滅したユウ君は、息一つ乱れていない様子で戻って来ました。
私に向けて余裕でサムズアップをくれてます。さすがですっ。
それから彼は顔をキリッと引き締めると、血まみれの魔法少女さんの前で屈み込んで手を添えました。
「何する気……なの?」
「じっとしてて。怪我を塞ぐから」
おおー、そんなことまでできちゃうんですか! 救急箱要らずなんですね。
料理できて、悩み相談できて、困ったときは助けてくれて。うん。便利過ぎますね。一家に一人くらい欲しいですねっ。
果たしてユウ君の言葉通り、今にも死にそうな顔をしていた魔法少女さんはみるみる生気を取り戻していきます。
「痛みが……」
「よし。もう大丈夫だ。立ってみて」
調子を確かめつつ慎重にでしたが、彼女はしっかりと二の足で立つことができました。本当によかったです。
私たちの前で人死なれでもしたら、私のせいだったとしたら、つらすぎるもんね。ありがとうユウ君。
魔法少女さんは信じられないという顔でひとしきり驚いていましたが、やがて渋々事実を消化できたのでしょう。
ぶっきらぼうながらも、きちんとお礼を言ってくれました。
「助けてくれたことには一応、礼を言っとくわ」
「「どういたしまして」」
「でもあなたたちって何者なの? 魔法少女でもないのに」
あんなやばそうな敵を倒すなんて、って言いたそうですね。
「そうだな。通りすがりの元旅人と」
「そのお友達ですっ! あ、私は強くないです一般人です!」
ユウ君の決め台詞に合わせて、私も明るく自己紹介してみました。
憧れの魔法少女さんの前ですからね。それはもう気合いも入りますよ!
自分は弱いこともはっきり伝えておきますと、魔法少女さんは私に向かっては一つ頷くだけで、やはり気になる彼に怪訝な目を向けます。
「元、旅人? なによそれ」
「あー、そこはあんまり気にしないでくれると」
「そう……」
きっとそういう設定なんですもんね。あるいは壮絶な過去ってやつがあったのかもしれません。
触れないでおいてあげましょう。それが優しさというものです。えへへ。
「俺としては、逆に君の事情が気になるね。どうして一人で『あんなの』と戦っていたのかな。望咲 エリカさん」
ええええっ!? エリカさんですって!?
それって、隣のクラスで有名な美人さんじゃないですか! あの人が正体だったんですか!?
確かに言われてみれば、面影があるような……。
「やっぱりわかってたか」
魔法少女さん、否定しません。
すごいです。私、全然わかってなかったのに、ユウ君はばっちり見抜いていたみたいですねっ。
素晴らしい。名探偵くんの称号を授けちゃいましょう。先生、がんばった賞とかあげちゃうタイプです。
「一応聞くけど。どうしてわかったの?」
「ちょっと姿を変えたくらいじゃ、君自身の持つ生命波動の色は変えられないものさ。それに……」
やや言いにくそうに淀んでから、ユウ君は何とか言いました。
「屋上から飛び出していったもんね」
ちょっとまったぁ! 前言撤回! 一部始終見てたんだったら、わかるの当たり前じゃないですか!
せっかくきみの深い洞察力に感動してたのに。返して下さいっ。名探偵くん剥奪です。また次の機会に取っておくからがんばるよーに。
「うわ、あれってやっぱり!? ってことは――」
何に気付いてしまったのでしょうか。エリカさんの顔がみるみる赤くなっていくのがわかりました。乾いた血の上からでもわかるって相当ですよ?
「まさか……私の変身、見たの? 変身ポーズも!?」
涙目で問い詰めるエリカさんに対して、ユウ君はいつもの苦笑いでした。ダメなやつ!
「あ! あー、大丈夫だよ? 変身は一瞬だったからさ。べ、別に何にも見てないかな~。うん」
嘘です。絶対見てるときの反応です、これ。だって目がめっちゃ泳いでるもん。
変身が一瞬って、そこまで見抜いたこと言っちゃってるしっ!
ユウ君って色々得意なことは多いんですけど、感情とか真実を隠すのだけはどうも苦手みたいなんですよね。
心の写し鏡というか。何だか子供みたい。ふふ。
エリカさん、なんて言ったらいいかわからず、迷うように口をパクパクした後、私にだけ耳打ちしてきます。
(ねえ。あいつっていつもああなの?)
(困ったことに。いつもああなんです)
(大変ね。あんたも)
(根が素直過ぎて困っちゃいますね。いいとこでもあるんですけど)
と、若干惚気たような気もしなくもないですが、とにかくエリカさんは大きく溜息を拳にかけました。
ツカツカとユウ君に歩み寄ります。ユウ君またきょどってる。かわいい。
「見たなら見たってはっきり言わんかい! ボケェ!」
強烈! スパーン、といい音でハリセンが鳴り響きました。
って、あれぇ!? そのハリセン、どこから出てきたんですか!?
『エリカ得意魔法の一つ、ツッコミ魔法だ』
颯爽と宙に漂い、解説する猫さん? です。猫さんっぽいけど目が三角。
見た目だけだったら、ぬいぐるみにしたいくらい可愛いのですが。
でもどうしてでしょう。この子、どうにも薄ら怖いのですよね。
目の前でパートナーが死にかけているというのに、まるで他人事でした。ユウ君と一緒に見てしまったんです。
何だか嫌な感じがします。あのとき、私に奴隷契約持ちかけてきた王様みたい。
実際のところ、エリカさんの話をよく聞いてみたら、まさに奴隷契約そのものでした。
ひどいじゃないですかっ。いたいけな女の子を無理やり戦わせるなんてっ!
魔法少女ってもっと。もっと人の幸せのためになることで、自分も幸せでキラキラしてなくっちゃいけないんです! 夢のある仕事なんですっ! 深夜アニメ展開なんかリアルでやっちゃ絶対ダメなんです!
「私は、命を助けられちゃったからさ。だから嫌と言えば嫌なんだけど、しょうがないかなって」
諦めたように、乾いた笑顔で呟くエリカさん。
あの私、泣きそうなんですけどっ。ユウ君もいたたまれない顔してます。
先輩みんな死んじゃったって、どんだけ過酷なんですか。ブラック企業、私は許しませんよ!
つい、尋ねてしまいます。
「逆らうことはできなかったんですか? 逃げることは」
「ダメなのよねえ。私も反骨心旺盛だからさ、やってみようとしたことあるのだけど。心臓がぎゅっと縛られたみたいになって、苦しくってね」
猫さん? 改め自称パートナーのクレイプは、悲痛な彼女の独白にも涼しい顔をしています。むしろ私たちが邪魔者だって目で見てます。
ぐぬぬ。何がクレープですかっ! 一丁前に美味しそうな名前して。お前なんかもうクソ猫ですよっ! 絶対名前で呼んでやらないもんね。べーっ。
すべてを聞いていたユウ君は、表情こそ物静かでしたが、血が出そうなほど拳を固く握りしめているのがわかりました。
「なあクレイプ。あまりにもひどい話じゃないか。もう少しどうにかならないのか」
『残念だけど無理だね。僕みたいな下っ端にはどうすることも』
「これは立場を利用した不当な契約だ。条件を変更させてもらいたい」
『だから僕には無理だって』
「なら勝手にさせてもらうぞ」
『ふん。馬鹿げたことを。そんなこと、できるわけが』
「できるさ」
ユウ君、お得意のヒーロームーブで不敵に笑います。こういうときのユウ君は、本当頼りになるんですよね。
左手から燦然と輝く青剣が飛び出しました。堂々登場、準レギュラーの世界を斬る剣ですっ!
「え? え? なによ、それ……」
『なんだいそれは……くっ、でたらめだ。まるで解析できないなんて』
エリカさんただただ困惑、クソ猫がアレのこと気になってるみたいですが、ユウ君は無視して彼女にだけ声をかけます。
「今からこいつで君を助ける」
でしょうね。ユウ君ができるって言ったらできるんだと思います。
でも、私だけは巻き込まれ体質から救ってはくれないんですよね。その子(剣)。
その代わり、いつも直接助けてもらってますけど。えへへ。
「色々とよくわかんないんですけど。どうして親しくもない私のために、そこまで」
「君が泣いていたから。理由なんてそんなもんでいいじゃないか」
あーっ。それ、いつだか私に言ったやつですよね!? みんなに言ってるんですか? そうでしたね。誰にでも優しいってリルナさん言ってましたもんね。この人たらしさんめっ。
でも許します。今くらいは言っちゃえ。可哀想だもの。
「あ、あんたって大胆ね」
「かもね。今からもっとだ。ちょっとびっくりすると思うけど。ごめんね」
ユウ君はオーラの剣を構え、そして――。
「……かはっ!」
『キミはいったい、何を……!?』
うわあああああ、絵面ぁ!
ショッキング映像です。青剣、彼女の胸の中心にぶっ刺しちゃいました! 完全に貫いてます……。
え、それでいいの? まるできみが手ずからエリカさん殺そうとしてるみたいだよ!? ほんとに大丈夫だよね? お姉さん信じてるよ?
「あれ? 私、生きてる……? 痛くない……?」
ほっとしました。どうやらエリカさん、大丈夫みたいです。
「エリカさん。君の呪われた運命を断ち切る」
ユウ君が想いを込め、剣を振り切ります。青い閃光が彼女の内側で弾けて、剣先から彼女の肉体をすり抜けて出ていきます。
一連の動作は、一切彼女の身体を傷付けることなく、しかし何か致命的なものだけを断ち切ってしまったようでした。
クソ猫、三角の目玉をひん剥いてやがります。ざまあっ!
『バカな。我が国の最先端技術……魂を縛る命の契約を……! まさかっ!』
ユウ君はクソ猫を侮蔑するように一瞥だけくれて、エリカさんの肩に優しく手を置きます。
「あの無様な反応を見ただろう。これでもう君は自由だ。何物にも縛られることはない。君の意志で生きていいんだよ」
こういうときのユウ君って、なんだかすごく大人なんですよね。不思議。
「えーっと、あの、ごめん。実感、湧かないんですけど……」
エリカさん、すっかり戸惑ってます。
そりゃそうですよね。あっさりし過ぎてますもんね。きっと何年も苦しめられてきたはずですもんね……。
ユウ君ってほんと空気読めないんですよね。そこんとこ。大抵なんだって不可能を可能に変えてしまうから。
「私もしかして、魔法少女じゃなくなっちゃったりとか?」
いいや、とユウ君は小さく首を横に振ります。
「察するに元々、君たちには魔法使いの素質があったんだ。平和な日々を過ごしていたから気付かなかっただけでね。こいつらはそれを命の危機で無理に引き出して、恩を売ったに過ぎない」
「え、そうなのクレイプ!?」
『…………』
クソ猫、都合悪いからって無言貫いてやがりますっ。ほんっとむかつきますね。
ショックを受けるエリカさんに向けて、ユウ君は温かく励まします。
「だからね。その力は、努力は、思い出は。君(魔法少女)たちが築き上げてきた絆は。君自身のものだ」
「私の、もの……」
「そうだよ。どうかこれからも大切にしてあげてね」
そこまで聞いて、エリカさんはやっと腑に落ちたのでしょう。自分の運命が変わったことを理解できたのでしょう。
「うああああ……! みんなっ……!」
その場でわんわん泣き崩れてしまいました。人目も憚らず、大粒の涙を流し続けて。
でもよかったね。
一仕事終えたユウ君の肩を、労わるように叩きます。
「あーあ。また泣かせちゃったねー。きみって女の子泣かせだよ」
「あはは……。またやっちゃったかな」
しょうがないですよね。ほんと。そこがきみのいいところなんだって、わかっちゃいますから。
***
やがて、幾分気の晴れた顔で立ち上がったエリカさんでしたが。
クソ猫はずっと不機嫌なままでした。当てつけのように警告してきます。
『魔法少女には魔法少女の世界とルールがある。星海 ユウ。キミが何をしたのか、その意味がわかっているのかい。部外者が手を出せば、世界の理が崩れ、必要のなかった悲劇が起きるだろう』
「なるほど。それがお前たちの言い分か」
『事実を言ったまでさ。親切心と言って欲しいものだね』
「……状況からして、推定できることはあるんだ。まだ証拠がない」
『何をまた、わけのわからないことを』
ユウ君、さっきからこいつ見るときだけ、めっちゃ目が怖いんですけど。当然ですか。
『人一人救ったなんて思い上がってみたところで、それだけさ。魔法少女システムも魔獣だって、この世から消えるわけじゃない』
「そうかい。だったら、微力ながら勝手に手伝わせてもらうことにしよう」
「わ、わたしだってもちろん手伝うよっ!」
ユウ君と示し合わせて、私も強く頷きました。
「ユウくん、それにアキハちゃん……」
エリカさんは、私たちの言葉に心打たれたみたいです。
『ふん。勝手にすればいいさ。僕はもう行く。契約の切れてしまった小娘に用はない。それに――』
なぜだか私の方を見つめて――邪悪な笑みを浮かべるクソ猫。
ユウ君、庇うように私の肩を抱き寄せます。
『キミはどうやら、僕たちの探し求めていた逸材のようだ』
「させるわけないだろう」
あら、そうなの? 私ってプリンセス的なアレなんですか?
あー、なるほどあれですか。特別な魂を持ってるから。
どうやら正しい妄想によって正しい答えに辿り着いたみたいで、ユウ君は軽く頷きました。
『どうかな』
嘲笑うようにして、クソ猫は去っていきます。
ほんのちょっとだけ不安になる私に対して、
「心配しなくいいさ。君のことは必ず守るって約束したからね」
「うんっ。頼りにしてるぜ相棒」
「……あの~。心身ジェットコースターで疲れた身に、いちゃいちゃ見せつけないでくれるかしら」
もう一人のじと目に気付いた私たちは、慌てて視線を反らしたのでした。
誤魔化しも兼ねて、ユウ君に尋ねます。背を向けて飛び去る奴を指さしながら。
「ねえ。あいつ、行かせてしまってよかったの?」
「こっそり目印は付けておいた。逃がすわけがない。今は泳がせておくだけさ」
うおおっ! 仕事人です。知らないうちにいつやったんですか。かっけえ。
すると突然、頭の中に声が響いてきたのでした。
『……を頼む。場所は――』
こ、これはっ! ユウ君、念話使ってますね!
体質パワーで盗み聞きしちゃったかな? 誰かに何かを指示してるみたいです。きっとクソ猫関連でしょうね。
『期限は……十分に警戒して……』
ぶつぶつ断片的にしか聞き取れませんけど、やり手のボスって雰囲気ばりばり感じます。
へええ、ユウ君ってこんな一面もあったんですね。クールガイ。
そして最後に――。
『以上。頼んだよ。アニエス』
おっとぉ! いけませんよぉ。また別の女の人っぽい名前が出て来たぁ!?
え、ただの部下ですよね? そうですよね!? ユウ君!?
いつもなら私に振り返って困った苦笑いしてくれるユウ君は……でもこのときだけは、空へ離れて小さくなっていくクソ猫をずっと睨んでいたのでした。
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