6 魔法少女さんに会いに行きましょう!

 私はユウ君を廊下の目立たないところに連れ出しました。

 なんと言ったって少年少女の憧れ、魔法少女がいたんですから。それはもう大興奮です!


「すごいの。魔法少女がね! いたんだよっ! 外ね、普通にぶわーって飛んでて! デッキブラシに乗って! ほんとだよ!」

「う、うん。もちろん信じるよ。君なら何でもありだしね。……やっぱりか」


 私の勢いに押されて若干引き気味のユウ君ですが、言ったこと自体はちゃんと信用してもらえています。え、やっぱりって何?

 それには答えず、ユウ君は問いかけます。


「それで。どうしたいの」

「あれ?」


 温度差が。この流れだったら、危ないかもしれないから調べよう! とか懸命に寄り添ってくれるところじゃないですか?

 そこはユウ君、冷静でした。


「ただ見かけただけだったら、実際巻き込まれたわけじゃないんだろう。君に起こる異変には、ただ目撃するだけってパターンもあるからね」


 いつだかの河川敷にできたミステリーサークルとかの話をしてますかね? ユウ君、えいやって元に戻してましたけど。

 しかしそこは魔法少女大好きアキハさん、食い下がれません!


「でも、気になるじゃないですか。ほっといたらとんでもないことに巻き込まれるかもしれないし!」

「俺には、君自身の興味の方がずっと勝っているように見えるけど」

「ありゃ。バレた?」


 やっぱりダメですか? と憧れの前にお預け食らってしょんぼりする私に、ユウ君はぽんと軽く頭を叩きました。

 顔を上げると、温かい笑顔のユウ君が。


「そういうことなら、正直にそう言ってくれれば。放課後一緒に調べてみようか」

「……うん!」



 ***



 私は望咲 エリカ。一年D組に所属しているわ。

 自分で言うのもなんだけど、美貌なら自信あるの。学校の男子にも女子にもよく見惚れられるくらいにはね。

 しかも文武両道。成績はいつも学年トップ10に入るし、合気道の有段者でもあるんだから。

 さらにさらに。

 私のお弁当。白米に、野菜・鳥肉などが色とりどりとずらり。

 これね、全部手作りなのよ。安く抑えた上で、見た目にも栄養にもしっかりこだわってるわ。

 うん。そうよね。私って結構頑張ってるわよね?

 わあー♡ お豆腐おいしー。トマトもほんとおいしー。


「ふふっ……」


 ――寂しい!


 見事に誰もいないわ。ぼっち言うなし!

 あーもう、どうしてこうなっちゃったのよ。

 わかってる。余裕こいてお高く留まっていたら、盛大に高校デビュー失敗しちゃったのよね……。

 せっかくの美貌も、むしろ近寄りがたいオーラになっちゃってるし……。

 だってしょうがないじゃない! 『仕事』で忙しくて、お友達なんて作る暇なかったんだから。ぶつぶつ。


『キミには僕がいるじゃないか』

「なによクレイプ」


 このお菓子みたいな名前の子は、遠い魔法の国というところからやって来たサポーターらしい。

 黄色い猫みたいな姿形をしているけれど、絶妙に腑抜けてて猫じゃないような。目付きだけなんか鋭いし、三角っぽいし。

 まるでずらしの入ったマスコットキャラクターね。

 ちなみに普通の人には一切見えないし、声も聞こえないの。

 おかげで余計に独り言喋ってるみたいで……やかましいわ!


「あなただけいたってしょうがないでしょ」

『つれないなあ。歴代の担当した子はもっと優しかったよ』

「あっそ。私は私だし」


 私だってガールズトークしたいし。一緒にお買い物とか、映画とか観に行きたいし。

 あんたみたいなちんちくりんとだけじゃつまんないわよ。楽しさ半減ってところね。


『それならもうちょっと、自分から誘うとか何とか』

「……魔法少女って、過酷で孤独な仕事よね」

『キミの性格の問題では?』

「うるさいうるさいうるさい」


 いいの。私はプロなの。いつでも戦えるように待機してしなくちゃいけないんだからしょうがないの!

 そんな、魔法少女というものの哀しき業をひしひしと感じていると――。

 懐のスマホがブブブッと小さく鳴って通知をくれた。しっかりマナーモードよ。

 内容は? メール? SNSのメッセージ?

 ふっ、私を舐めないことね。

 連絡先なんて、生まれてこのかた一度も交換したことないわよ!

 つまり、これは――。


『どうやらまた仕事の時間みたいだね』

「お昼休みにやめてほしいわ」


 スッと自前の長髪を手の甲で流し、スタイリッシュに起立する私。

 スタスタと早歩きで屋上へ向かう。

 何のために。もちろん魔法少女に変身するために。

 屋上の端へ辿り着いた私は、初夏の爽風を一身に浴びて、赤みがかった茶髪をはためかせた。

 視界良好。本日晴天なり。魔獣退治には絶好の日和ね。

 それから、それとなく周りを見回してみたけれど。


 ……しれっと一人、いるわね。


 男子学生服。ひょろそうな女顔が、一人美味しそうにお弁当を食べているわ。見ているこっちが痒くなるくらい、すごい幸せそうに。

 ふっ。いわゆるぼっちモブってやつのようね。かわいそうに。


『キミと一緒だね』

「やかましい。いい加減すり潰すわよ」

『おお怖い怖い』


 言ってなさい。

 さて。約一名オーディエンスはいるようだれど、どうせ変身は見えないのだから構わないわ。

 今からするわよ。どうやって? ふふ。

 今どきの変身に特別なアイテムなんて要らないの。

 スマホアプリで、ワンタッチで変身。時代は常に前へ前へと進んでいるのよ!

 早速画面をタップするとほら、変身BGM(脳内)が流れ始めたわ。


 くるくると回転しながら、制服の手足から瞬いて、魔法少女用の衣装へと変化していく。ピンク色のフリルが付いた可愛らしい姿へ。

 このとき、目を瞑り感じ入っているかのように背筋を反らすのがポイントよ。

 それから、長髪は明るい茶から綺麗なピンク色へと変色し、レースの入ったリボンがツインテールへとまとめ上げる。

 顔のアップ(イメージ映像)が入るわ。全力の笑顔を忘れないで!

 胸元がキラリと光ると、ハート形のブローチが現れるの。そのタイミングで、両手の指先を曲げて合わせてハートポーズ!

 最後に片足上げて、弾けるピースサインでフィニッシュ!


 ……決まった。


 体感10数秒、実時間にしてコンマ1秒。あっという間のお手軽換装ね。


『い つ も の』


 クレイプが盛大に呆れてるけど、これ(お約束)ばっかりはやらなきゃダメよ!

 でなければ、歴代の先輩魔法少女たちに、いやアニメとかも含めた偉大な大先輩たちに失礼ってものでしょ!

 そうそう。人前でこんな派手な変身して大丈夫ですかって? さっきも言ったけど問題なし。

 変身したらクレイプと一緒で、私だって周りから見えなくなるもの。確か正確には、一時的に存在がなかったことになるのかしらね。

 なんだけど……あら? さっきの男子高校生くん。

 変ね。お弁当を食べる口を止めて、あんぐり開けて、こっちをじーっと見ているような。しかもびっくりして目を丸くしているような……?

 気のせいかしら?

 クレイプはあっさりと否定する。


『見えてるはずがないよ』

「そうよね。きっと何かの間違いよね」


 彼とにらめっこしていたら、いったい何に気まずくなったのか何なのか知らないけど、慌ててお弁当を食べ始めたわ。

 やっぱり気のせいだったみたい? ね。

 よし、気を取り直しましょう。

 変身した私は全身ピンク色。

 いわゆる典型的な魔法少女アニメの主人公が着そうなやつだけど。いちいち思うわ。


「ピンクって普通、もっときゃぴっとした子が着るものでしょう。私のイメージとぜんっぜん似合わないんですけど」


 遠くから見ればすこぶる可愛いかもしれないけど、どっちかと言えば美人系よ。私って。


『残念な方のね』

「うるさいっ!」


 今日何回目よ。毎度毎度口が悪いのよ! あんた!


『これはキミの憧れを体現するものだからね。まあ、ギャップ萌え? があっていいんじゃないかな?』


 小馬鹿にしたように笑って。もう。一々マスコットキャラクターが言う台詞じゃないのよね。


「で、魔獣の方角は」

『ここから西へ約四十キロの市街。おー、今日は随分たくさんいるみたいだね』

「これは放課後までかかっちゃうコースね……」


 だるいわね、と思いながら、飛行媒体を選択する。

 ここでもスマホアプリが活躍するわ。タップすれば、近くにあるものから飛行に適した物体を借り受けることができるの。

 ぐぬぬ。箒とデッキブラシとモップの三択……。

 学校だとどうしてもこうなってしまうのよね。

 変身は手軽にできるというのに、長い棒状のものがなければ飛べないって制約はどうにかならなかったのかしら。

 まったく。古臭いったら。

 うーん。モップはもっさりしてるから論外として。今日はデッキブラシの気分かしらね。

 デッキブラシを選んでタップすると、手元にポンって現れた。

 颯爽とまたがる私。


「げほっ! ごほっ!」


 奥の方で例の男子高校生が咳込んだみたい。お茶でもむせたのかしら。


「調子狂うわ。さっさといきましょ」

『了解。サポートはいつも通り任せてよ』


 ふわりと浮かび上がり、校舎を次第に引き離していく。

 ただ、彼はいつまでもこちらの行く先を視線で追っている……ような気がした。


 変なの。いつもと違う感じ。今日はいきなり雨でも降るのかしら。

 妙な予感がした。



 ***



 飛行媒体にも、個性とか調子とはあるようで。特に今日のは歴代最悪だわ。

 こんなところで予感を引き当てなくても。放課後どころか夕方コースじゃない。


「今日のデッキブラシ、なんだか妙にとろっこいわね」

『我が魔法の国製のフライングマシンを使えば、もっとずっと早く着けるのに』

「高い金払って買えるかそんなものっ!」


 悪徳セールスマンばりに勧めてくるずれキャラマスコットを、貧乏の私は一喝で跳ね付けた。

 はあ……。どうもこいつらって、気に入らないのよね。

 本来何らかの理由で死ぬはずだったところ、命を助ける対価として私たちは魔法少女となる。

 私の場合は、シンプルに交通事故ね。両親はあのとき亡くなって、私だけが助かった。

 魔法少女は、魔法の国から魔獣退治の仕事を与えられる。これは強制力があって、意志の力で断ることはできない。

 魔獣とは、人の悪意が形となったもの。放っておいても直接物理的な影響はないけど、色々な形で現実にも悪さをする。

 大概は弱いのだけど、中にはとても強いのもいて。

 もちろん物理なんてダメで、魔法少女の魔法しか効かないわ。まあありがちな設定よね。


 命を助けてもらったこと。それ自体は、大変感謝しているのだけれど。


 はっきり物申したい。魔法少女って、どんだけブラックなのよ!


 毎日毎日、どこかに駆り出され。来る日も来る日も魔獣退治ばかり。

 ちょっとはお金もくれるけど、余裕で最低賃金を下回るわ。JKの小遣いもいいところ。

 生活が、すこぶる厳しいわ。学費は免除してもらって、家賃も格安にして、食費も抑えてどうにかこうにか。

 魔獣退治の他にバイトなんて、体力的にも時間的にもできないし。まったく世知辛いったらありゃしない。

 魔法の国って、労働基準法ってものを知らないのかしら。


『ぶつぶつ文句言っても始まらないよ。僕もキミに付き合わされてブラック労働なんだ』

「魔法の国って、名前の割に随分と夢のないというか。格差社会なのね」

『まったくだね。トホホ』


 やけに芝居がかったクレイプに、私もきつく目を細める。

 ほんと、こいつもどこまで信じていいのやら。

 確かにサポーターは、私たちが魔獣と戦うまでの手助けなら万全にしてくれる。

 でもね、決して魔法少女と一緒に戦ってくれるわけじゃない。

 人手が常に足りないから、魔法少女同士でも協力任務は滅多にできない。

 奴らと戦うとき、いつも私たちは独りなの。


 ……そうやって、孤独に戦い続けて。結局先輩方も、みんな先に旅立ってしまったのだから。


 そう。今、このエリアに生き残っている魔法少女は――私、ただ一人だけ。


 魔法少女は、ほとんどが少女という年齢を超えることなく死んでいく。

 誰にも見えない。誰にもわからない。もし戦いに敗れ死んだとしても、誰も気が付いてはくれないの。


 だからきっと、私の戦いも人生も……人知れず始まって、人知れず終わるのでしょうね。



 ***



 ――なんて、感傷的なことを考えてしまったものだから。


 今日はずっと、少しずつ変だった。ついに死亡フラグでも立ったのかしらね。


 私は深く傷付き、高層ビルの壁際にうずくまっていた。

 手足こそ辛うじて千切れてはいなかったけれど、ピンクの衣装は真っ赤に染め上がっている。

 目の前には、そのビルの高さほどもある黒い影。

 超大型魔獣。

 通常の魔獣のおよそ数千倍は強いとされている。一体でも大変なそいつが、五体も私を取り囲んでいた。

 無理過ぎる。今まで、こんなことはなかったのに。

 敵前逃亡という選択肢は取れない。魔法の国の仕事は、勝利か敗北(死亡)しか許されない。


『うわー、危ないよ~。立ち上がって~エリカ』


 しらじらしい。無茶言うな。高みの見物、呑気な顔で勝手なこと言ってくれるんじゃないわよ、クソ猫。


 ……あーあ。せっかく良い天気だったのに。こんなところでおしまい、か。


 無残に殺された先輩たちの姿が、不意に脳裏を過る。

 私もあんな風になるのね、きっと。


 ――悔しいな。


 事故の日から、すっかり枯れたと思っていた涙が溢れ出す。

 ここで私が死んでしまったら。誰もあの人たちのことを覚えていない。

 私だけが、あの人たちの生きた証だったのに。

 それに私だって。私だってさあ。

 普通に友達作って、普通に青春して、普通に大人になりたかったよ……。


 ゆっくり絶望に浸る暇もない。トドメの一撃が、迫って――。


 …………来ない?


 超大型魔獣は、すべて凍り付いたように動きを止めている。

 代わりに耳へ飛び込んできたのは、クソ猫クレイプよりも、輪をかけて呑気な声だった。


「ほらねユウ君。危ないとこだったでしょ。私の言う通りに調べてよかったね」

「そうだね。アキハさんの勘はすごいなあ」

「そうでしょそうでしょ」


 えへへ、と天使の弾む声がする。

 誰なの?

 泣いてる場合じゃない。血で霞む目を凝らして、思わぬ来訪者の姿を捉える。

 確か――隣のC組の、新藤 アキハさんだったかしら。と、さっきの女顔の男子高校生!?

 待って。いったいどんな組み合わせよ。ここ、四十キロも離れてるんですけど。なんでいるわけ。

 それに、星海 ユウって……。

 そうだ。思い出したわ!

 誰かと思ったら。毎回毎回、定期試験でも模試でも何でも、嫌がらせのようにぴったり私と同じ点数を取る男じゃない! まるで私の成績に合わせて調整してるみたいに。何度も被ったから名前だけ覚えちゃったわ!

 二人は温かく笑い合いながら、動けない私の目の前にまで来て、腰を落とした。優しく声をかけてくる。


「はじめまして。危ないところでしたね。魔法少女さん。私、新藤 アキハですっ!」

「たぶん、はじめましてじゃないですけど。星海 ユウです」


 は!? 意味わからないんですけど。

 なんで!? なんで普通に私のこと見えてんの!? なに普通に話しかけてきてんの、この子たち!

 しかもアキハちゃん、目がキラキラしてるしっ! 憧れなのっ!? まぶしいわ!

 クソ猫を睨むも、困って首を振るばかり。

 それに。いや、ってことはまさか、あの変身とかもあれもこれも全部――!

 絶望的な状況も忘れるくらい顔が熱くなってしまった私に対して、アキハちゃんは同情するように微笑んだ。


「まあ色々と混乱もあると思いますけど。とりあえず私たちが来たからには、もう大丈夫ですので」


 嘘。相手は超大型魔獣よ。それも五体も。ただの一般人に何とかできるわけ――。


 目の前の少女は、隣の彼に全幅の信頼を置いている。熱い眼差しを見て、私はそう思った。


「それではユウ君。よろしくお願いします」

「任されました」


 そして、ビルほどもあった超大型魔獣が――弾けた。


 あっという間もない。二体、三体、四体、五体。

 彼は閃光のごとく空を駆け、青く迸る炎のようなものが煌めくと、魔獣はたちまちに爆裂した。

 それに飽き足らず、彼は残存する魔獣を一つ残らず潰しにかかる。

 まさに蹂躙。私の苦労なんて嘘みたいに、彼が通った道のあらゆる敵があっさり消し飛んでいく。


 いやいや。まてまてまて。あり得ない。

 魔法少女でもないのに。男のくせに。ちょっと女みたいな顔してるからって。


 素手で魔獣をボコボコに殴り倒してんじゃねええええええーーーーーーっ!

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