3 私、超絶巻き込まれ体質になっちゃったみたいです

 時刻は8時25分を過ぎようというところでした。始業時刻は8時半です。普通に歩くのでは20分かかります。

 トラックを引き連れて登校するわけにもいきませんから、様子を見て待ったのは仕方ないですが。


「せっかく最初の事故を避けたのに、結局このままだと遅刻しちゃうね」


 しかも二人一緒ですよ。みんなから変な勘ぐりされちゃうんじゃないですか? どうしましょう。


「俺はいいけど、君の皆勤がなくなってしまうのはもったいないね」

「知ってたの?」

「君ほど毎日元気に楽しそうに登校してくるクラスメイトを俺は知らないよ」


 明らかに私の姿を思い返して、小さく堪え笑いをする星海君。

 わ、私ってそんなに能天気に見えますかっ。

 鼻歌がよくないのでしょうか。スキップがダメですか? わかりません。


「私のことなら気にしなくていいよ。きみのせいじゃないもの」

「でも、こんなことで台無しになるのも癪だよなあ」

「こんなことって……」


 かなりやばかったと思うんですけど。

 星海君は少しだけ悩んでいましたが、すぐに一つうんと頷きました。


「よし。せっかくだから完全勝利といこう」

「今からでも間に合うの?」

「うん。手を握って。少しの間でいいから、離さないようにね」

「わ、わかった」


 おずおずと手を差し出す私です。さっき手繋ぎして歩いたこと、思い出しちゃいますね。

 再び、謎の浮遊感が発生します。

 あっという間のことで、学校裏の人目付かないところに着いちゃいました。


「ちゃんと転移できたね」

「も、もう驚かないよー。瞬間移動と何が違うの?」

「細かい使い勝手が色々と。まあそこは気にしないで」


 とか言われると気になりますが、星海君って蘊蓄の説明長そうなのでやめときます。


「なーんだ。こんなどこでも〇アみたいな能力使えるんだったら、毎日律儀に歩いて通わなくてもいいじゃないですか」


 私の送り迎えだってびゅびゅーんと一瞬で。でもそれは味気ないと言いますか、せっかく一緒に歩いて行けるのにもったいないかな?


「はは。考えてもみてよ。毎日こんなの使ってたら、いつ誰に見つからないかびくびくしながら過ごさないといけないじゃないか」

「そっか確かに」


 もし世間にバレたらどうなるのかしら。

 いきなり取材。はたまたテレビ出演。それから怪しい実験の被検体! 拷問! 解剖! 博覧会!

 わあ、素敵。ろくでもない未来が広がりますねっ! おにつよ星海君だったら全部ぶっ飛ばしちゃいそうですけど。


「ということで、俺が強いのはみんなには内緒しといてもらえると嬉しいな」


 ろくにノート取ってないことがバレたときみたいに、星海君はしーっと指を口に添えてお願いしてきました。

 秘密の共有ってやつですか。ふむふむ。私だけが知ってるって、なんだかそそりますねっ。

 でも、私はいいんですけど、ちょっとだけ気になることが。


「でもいいの? きみって爪隠し過ぎというか、弱そうだからよく馬鹿にされることあるでしょ。自覚はしてるんだよね?」

「まあね」

「ほんのつま先だけでもやればできるとこ見せたら、連中なんか簡単に見返せると思うけど」


 残念ながら、人は人の下に人を作ります。まったく下らない価値観、バカなガキだと思いますよっ。

 それに比べて、ほら見て下さいよ。この星海君(真ver.)の、強く優しく頼もしいことと来たら!

 だからこそ、世俗のクラスカーストなんてつまらないものに煩わされて欲しくないんだよねって、そう思っちゃいます。


「心配してくれたんだよね。ありがとう。でもいいんだ。見返すとかどうとか、そんなのは求めてないから」


 予想してない答えではなかったですが、どこまでも慎ましい人だこと。


「普通が一番ってこと? 星海君は静かに暮らしたいんですね」

「うん。俺は……ほんの少しだけ、平和な日常に浸ってみたかった。何でもない、普通の人の気分を味わってみたかったんだよ」


 ほうほう。わけありありってやつですね。これは過去編に期待ですか?

 いい感じのことをいい感じのトーンで言ってくれます。なーに黄昏ちゃってるんですか。


「ふふ。星海君って、実はもしかしなくてもカッコつけ君だよね。ヒーローとかに憧れあるでしょ? 絶対あるよねー?」

「ぐ……そこは……はい。認めます」


 あ、素直に認めちゃうんだ。かーわいい。


「だったら悪いことしたよね。私のせいでもう二回も巻き込んじゃって」


 すると星海君は、気にするなと良い笑顔で親指を立てたのでした。


「大丈夫。君くらいのことだったら、全然日常のうちに入るから」

「マジですか」


 異世界日帰り旅行したり、団長さん吹っ飛ばしたり、トラックめっためたにしたり、神様ぶった斬ったり。

 こいつら、ぜんぶぜーんぶ日常ですかっ!?

 ひえぇ。いったいどれだけ修羅場くぐって来たんですか……この人。



 ***



 それから一週間が過ぎました。とっても濃い一週間でした。

 UFOが現れて連れ去ろうとしてきたり、どこかの世界のゴブリンがわんさか飛び掛かってきたり、謎のレーザー光線が放たれたりとか、他にも色々ありましたが。

 わたしはげんきです。星海君、いつもいつもすまんね。


「さすがにこれはおかしい」


 星海君はさっきからうーんと頭をひねっています。


 ところで、今はお昼休み。私と星海君は、二人仲良く学校の屋上でお弁当をつついていました。

 敵はお昼休みでも容赦なく来やがりますので、まあ成り行き上ってやつですね。仕方ないのです。

 で、今日はですねっ。

 私の作った卵焼きと星海君の作ってきたウインナーを一個ずつ交換しています。いいでしょ?

 えへへ。私の卵焼きも星海君のウインナーも、とってもおいしいです。幸せです。


 で、人が幸せ気分だと言うのに、お隣さんは今日何回溜息を吐いてるんですかね。どうにも心配性みたいです。

 さすがに見かねまして、私は軽く彼の肩を叩きました。


「ねえ。溜息を吐くと幸せが逃げるって言うよ? 元気出して、ね。私の卵焼き、もう一個あげよっか?」

「ありがとう。いただくよ」


 私から素直に受け取った卵焼きをもぐもぐしています。

 ふふ。星海君って、ほんとに美味しそうに食べますよね。

 今度は何作ってあげようかしら。

 しっかりと咀嚼して飲み込んでから(行儀がよくてよろしい)、星海君は呆れたように笑いました。


「君自身のことのわりに、君って相当呑気だよね」

「まあねえ。だってね。どんなピンチでも、きみがばっちり守ってくれるんだもの」


 って言ってあげたら、顔赤くして背けちゃった。かーわいい。


 いやーもう。すごいんですよ! まさに映画の世界。しかも私だけの特等席です。

 たとえどんな敵が来ても、どんな困難が来ても! 私にかすり傷一つだって付けないで、えいやって一発で解決しちゃうんですから!

 あと……まあ。それに、そのうち異変だって収まるでしょ。たぶん。

 そもそも、立て続けにファンタジーが殴りかかってくるのが奇跡なんですから。そう長くは続かないはずです。

 人の噂も七十五日。異変だったら百日くらいかな? 私は楽観的なのですっ。


 いつの間にか素面に戻っていた星海君ですが、一つ提案をしてきました。


「ごめん。ちょっと君のこと、深く調べてみてもいいかな」

「そういうのもできるの?」


 ぼちぼち彼の不思議パワーにも順応しつつある私です。


「頭の上に手を置かせて欲しいんだ。それでしばらく目を瞑っていて欲しい」

「はいはい。どうぞ」


 こういうときにやましいことする気もないのはわかってますので、素直に身を預けます。

 頭に遠慮がちに手が触れました。やっぱりどこか力強いっていうか、しっかり男の子の手なんですよね。

 そうしてしばらく「なんかうまく伝われー」って無駄に念じたりしてみていましたが。


「こ、これは……!」

「え。なに。どうしたの?」


 ひどく驚いた様子の声です。

 やっと手を離したので、私も恐る恐る目を開けてみますと――星海君は、すっかり青ざめてしまっていました。


「まずいな。非常にまずいことになった」

「へ?」


 ま、まずいって!? 私、もしかして危ないんでしょうか!? ずっと危ない気もしますけど。


「新藤さん」

「はいっ!」


 改まって名前を呼ばれたので、私もつい背筋がぴんと立ってしまいました。


「今から言うことだけど。心して聞いて欲しい」

「う、うん」

「君が最初に異世界転移したとき、どうやら君に眠っていた特別な素質が目覚めてしまったみたいなんだ」

「ふぇ? ほんとに!?」


 びっくりして声裏返っちゃいました。


「ああ。本当さ。こんなことってあるんだね」


 わ~。わぁ~。

 なんでしょうか。特別な素質って。不意にわくわくしてきましたよっ。

 もしかしてチート能力とか!? 実は私もめちゃくちゃ強かったりするですかね?

 ほら。た、例えばですけど。星海君と共に世を忍び、裏社会で肩を並べて戦っちゃう未来とかあったりするんでしょうか!?

 毎日がスペクタクルの連続。おお、大変そうですっ! けどそれも悪くないかもですね。えへへ。


「して、その力とは?」


 固唾を飲み、期待を胸いっぱいに待ち受ける私に対して、星海君は――ひどく憐れむような、同情するような目を向けてきました。

 そして、とても言い辛そうに言ったのでした。


「君に目覚めてしまったもの。それは――巻き込まれ体質だよ。それも極めて重度のね」

「え……?」


 ま、巻き込まれ体質ですとぉ!?

 星海君は言葉優しげに、しかしそれでは誤魔化せないくらい残酷な内容を告げてきます。


「簡単に言うとね。不思議と名の付く事象に、君はとんでもなく、それはもう神掛かり的に好かれてしまっているらしい。つまり、これから君は……ただ生きているだけで次々と異変を呼び寄せてしまうんだ」

「な、ななな……!」


 なんということでしょう。チート能力どころか、とんでもないクソ体質ここに極まれり。まるで呪いじゃないですか!?

 じゃ、じゃあ、夢のチート生活は!? 悠々自適のスローライフは!? 星海君と世の人助けバディを組む話は!?

 うわーん! どこいっちゃったんですかあぁ!


「お手軽に異世界文化交流が図れるという意味では、一応、メリットがないこともないけど……」

「ぐすっ。そんなメリット要らないもんっ! 私は平凡に暮らしたいのっ!」


 淡い期待は完璧に裏返り、目にじんわり涙すら浮かんできました。

 いくら能天気な私でも、無理なものは無理です。一生これが続くって思ったらさすがにしんどいですよっ!


「はっ! そうだ! いいアイデア浮かんだ! 浮かんだよ! 私の体質なんて、アレで斬っちゃえばいいじゃないですかっ!」


 世界を斬る剣。この世のあらゆるもので最強の剣。

 神様ですら斬れるんですから、能力だってなんだってズバッと斬れちゃうはずです。

 きみのすごい力って、こんなときのためにあるんですよね!? ね!?

 一縷の望みからものすごい剣幕で迫ってしまった私ですが、星海君はただ申し訳なさそうに首を横に振るばかりでした。


「すまない。できないんだ。困ったことにね」

「えぇーーー!? どうして!?」

「これが何らかの能力だったらよかったんだけど……君のそれは、ただの体質なんだ。君の魂そのものの色というか……力と不可分に結び付いてしまっている」


 だから、無理に斬ろうとすれば、私は死んでしまうのだと。この体質を抱えたまま、生き続けるしかないのだと。

 そう、はっきり言われてしまいました……。


「えーん。そんなぁ……!」

「つらいよね……」

「つらいよぉ……!」


 恥も外聞もなく、私はひたすら泣きじゃくっています。そうでもしないとやってられませんっ!


「君が生きていく上で、周りにも色々と影響があると思うけど。それは君が原因ではあるけど、まったく君のせいじゃないから」

「ぐずっ。その言い方、なんだか傷付くなあ……」


 星海君、もう少しデリカシーってやつをですね。

 いやこの場合、下手に誤魔化されたり嘘吐かれる方が、後々しんどいですか……。


 まだぐずり続け、項垂れたままの私に、星海君は優しく肩を叩いてくれました。

 ちょうどさっきのお返しですね。いくら慰められても、どうしようもないんですけど……。


「人のことだから、強くは言えないけど。君の気持ちは……本当によくわかるよ。俺も……俺たちもさ、色々あって。定められた宿命というのは、本当に大変なものだよね」


 なんだか妙に実感の伴ったお言葉でした。「たち」って誰のことでしょう。

 疑問が解ける間もなく、彼は感情たっぷりに続けます。


「俺もさ。どうしようもない【運命】と、ずっとずっと戦ってきたんだ。それを乗り越えて今がある」

「そうなんですか……?」

「うん。一つ言えることはね。たとえ運命に勝つことはできなくても。諦めないことなら。負けないことならできるから」


 そして、星海君は私に手を差し伸べて、言いました。


「だから、約束しよう。君が生きる意志を失わない限り、なるべく平和な日常を生きたいと願う限り。その願い――俺がずっと守ってあげるよ」

「そ、それって……!」


 あまりの言葉に、涙も引っ込んでしまいました。


 まって。ねえ、まって。それって!

 ま、まるでプロポーズみたいじゃないですかっ!

 きゃああああっ! ばか! 星海君のえっち! 人たらし!

 いきなり真顔で何言ってくれちゃってるんですかっ! きみはっ!


 はあ……。もう。


 興奮したら、ばかばかしくなってきました。くよくよ悩むなんて、私らしくもないですよね。

 どうしようもないものは、どうしようもないんですから。気持ち次第、ですよね。

 それに、考えようによっては悪いことばかりじゃないです。

 確かにきみが言ってた通り、普通はできない異文化交流だって気軽にできちゃうんですもんねっ。

 わくわくどきどきが向こうから押し寄せてくる。うん。ちょっと楽しみになってきました。


 だから、大丈夫だよアキハ。前を向いて生きるの、私! ずっと側で守ってくれる人もいるんだからっ!


 やっと覚悟を決めて、一つ大きく深呼吸して――。

 私はきみの手を握り返しました。


「ほんとに……私と一緒でいいの?」

「いいさ。退屈しなそうだ」


 いつになく手が温かいです。心までふわふわしてて。とにかくあったかいです。


 全身に熱さを感じながら、私はしどろもどろになりながら、どうにかこうにか今の気持ちを紡ぎ出していきます。


「じゃ、じゃあね。とりあえず、お友達からで。って、今もそうだったよねっ。でもね、あのね。しばらくしたら、そしたらね、なくもないかなあって――」


 勝手に一人盛り上がっていた私でしたが、待っていたのは――さらなるとんでもない爆弾でした。


「あ、ごめん。言ってなかったよね。俺、実は嫁がいるんだ。あと押しかけてきた後輩の子もいて」

「へ? それって二次元の話じゃなくて?」

「三次元だよ。年齢的なこともあるし、他にも諸事情で結婚届出せないから、事実婚なんだけどね」

「ふええええええぇぇぇぇーーーーーーっ!?」


 私の秘められた体質を明かされたときよりも、断・然! びっくらこきましたよもう!

 ま、ままま、まさかの既婚者ですとぉ!?

 ええぇ!? だからなの!? 童顔のくせにっ! どのクラスの男子よりも見た目子供っぽくて、女の子みたいなくせにっ!

 ちょくちょく大人の余裕みたいなの、醸してくれちゃってたのはぁぁぁ!

 しかもふ、二人ですって。信じられない。

 わ、私までたらしこんでっ。可愛い顔してプレイボーイか!? ヤリたい放題か貴様ぁっ!?


 はっ!? いけませんいけません。また色々と暴走してました。


 星海君、間髪なく容赦なくトドメを刺してきます。さすが戦士なんですね。


「だから、ごめん。君のことはまったく悪く思ってないけど、付き合うとかそういうの、そもそも無理なんだ。本当にごめんね」

「あわわわ……!」


 どうしよう。

 なんかさらっと一方的にフラれちゃったんですけどっ!

 いや、別にきみのこと好きってわけじゃ……ものすごく好きってわけじゃないですけどねっ!

 で、でもちょっと運命感じちゃったりとか、ちょっとかっこいいなあって思っちゃったりとか……。

 将来的にはなしよりのありよりのありというか、なくはないかなあ、なんてこと少しは……。

 べ、べつに悔しくないもん。負けたなんて思ってないもん。ぐすん。ふええええええんっ!

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