序譚{魔術学院の街}

魔術学院の街

――カーン・カーン


 聞き慣れない始業のチャイムが鳴り。最初の授業が始まる。


「諸君、入学おめでとう。」


 白髭を長く伸ばした年配の教師はトンっと机に教科書を立て、仏頂面でそう言った。


「ジョン・テイマス。これから一年間、中等魔導士である君たちに歴史のおもむきを伝える者だ。さて、私の授業は厳しいが君たちの自主性を尊重している。突出して悪目立ちをするようなことが無ければ、君らの寮長のように直ぐに廊下に立たせるようなことはし無いだろう。」


 教室内では笑いが起こった。ウェスティリア魔術学院、中導科(中等魔導士学科、13才~17才)。巨竜の化石が吊るされたこの歴史科教室には、初導科から進級した者を含めた20人の寮生徒が集っている。


「うむ、元気でよろしい。……実に、歴史とは地図である。先達が描いたこの地図から学ばなければ、諸君らは道を踏み外し、過ちを繰り返す愚かな人間となるだろう。しかし、この歴史の重要性については君らはまだ理解し得ないことであろうと思う。そこで初回である今日は近現代史についての話をしようと思っている。」


 テイマスはそう言うと教室を見渡し、咳ばらいを一つして端を発した。


「――ワールドクエスト。この世界の命運を占う出来事について、少しでも知っている者は挙手をしたまえ。」


 6~7人ほどがまばらに手を挙げる。


「ほう。さすがは《フリューゲルの寮生》と言ったところか……。では知らない者の為に分かりやすく説明しよう。」


 テイマスは白髭を撫でてから、ひし形にも似た大陸の簡易図を描いて話した。本校ウェスティリア魔術学院には多種多様な生徒が在籍しているが、中導科からは

【騎士】学寮名フリューゲル


【冒険士】学寮名フェアリア


【魔導士】学寮名クロノス


【交易士】学寮名シルフィード


【技巧士】学寮名グノーム


 上記五つの職種を念頭に組み分けで寮生徒が配属されていく。このクラスは魔導士で有りながら【騎士】を目指す者が多くいる学寮『フリューゲル』。とりわけ貴族の血筋が多くいる教室であった。つまるところ多くの生徒に英才教育が施されている。テイマスの感心はその為であった。


「ワールドクエストとは、全3回存在したオルテシア大陸全土に発令される最大にして最高のクエスト。そこには、――騎士も、――冒険士も、――魔導士も、――交易士も、――技巧士も、何者であろうともクエストに参加する権利があり、早急にクリアすべき世界的な目標である。」


 それからテイマスは指を鳴らし、人差し指の上に白い気流を作ってそれを回した。


――魔法である。


「それ故に、達成報酬は国一つ作れる程だとも言われている。もちろん地位も名声も手に入ることが出来るであろう。」


 一人の生徒が律儀に挙手をした。


「うむ。」


 テイマスはそれを見て、発言権を与える様に頷く。


「――それじゃあ。達成出来たら王様になれますか?」


「ふむ。小国の王になる程度なら、容易だろう。」


 テイマスは黒板に書かれた簡易図の大陸を、白いもやのような魔法を浮かべて五つに分割する。


――西側のウェスティリア、東側のイーステン、南のサステイル、北のノスティア、そして中央のアイギス。


 別たれたのは恐らく、勢力図にも似た"五大地域"のまとまりである。


「しかし無論。それほどまでに達成は容易ではなく、往々にして常人では達成しきれないほどに巨大で凶悪な問題が、世界的で歴史的な非常事態が、【ワールドクエストの発令】と言えるだろう。そしてそのようなクエストがまさに先日、我々が生きている現代で、達成されたのである。」


 教室がザワつく。この世界にテレビは無い。


「諸君、私語は慎みたまえ。すなわち私が何が伝えたいのかと言えば、歴史は今日も刻まれ続け、動き、書かれている。――達成目標【悪神ガレスの討伐】。達成者は元ウェスティリア王国近衛騎士。サテラ・カミサキ。この学校にも在籍していたという君らの先達にあたる人間だ。つまり諸君らにはそのような……」


『――それは違います。』


 端を発したその一声に、全員が振り向いた。


 最後方、右側で窓側の席である。机を叩き、――バッっと、立ち上がった彼女は皆を見下ろすようにして、自ら生み出した静寂の中で声を震わす。


第三回かのワールドクエスト達成者は、この教室にいます。』


 教室のザワつき、しかし虚言を吐く人間は見られない強いまなざし。テイマスは彼女の言葉に「ほう」と浅く声を漏らす。


『そしては、富も地位も名誉も手に入らず、誰にも喜ばれることも無く、今ここにいます。テイマス先生、貴方は嘘を吐いてる。ワールドクエストなど幻想だ。それを知っているにも関わらず……』


 テイマスはその少女の言葉に眉をひそめた後、納得したような顔をして髭を撫で降ろした。


「そうか、君が……」


 それからテイマスはベルトの筒から携帯用の魔法杖ワンドを取り出し、後方の扉へ一振り。教室の風通しを良くしてから彼女に告げる。


「セレスト・ナーランド。廊下に立ってなさい。」


「――先生、なんで私の名前をっ……」


 テイマスはセレストと呼ばれた少女に向け、もう一つ杖を振った。


「……ムンンッ……ンーッ!!」


 魔法をかけられたセレストは上と下の唇が繋がり、意志に反して廊下に向け歩き始めた。それに抵抗するかのようにセレストは杖を取り出して、テイマスのかけた魔法を解き、口を広げて叫ぶ。


「――自分で出ます!!――イーッだ!!」


「ほう……。解いた、か。」


 テイマスは感心したように頷いた。


「……では続きを話そう。このように歴史とは生きた地図で有り、つまり諸君らには……」


 歩き出したセレストから視線を離し、テイマスは生徒の視線を集めようとするかのように、巨竜の化石を魔法で動かしながら話した。杖をツーっと動かし、巨竜は泳ぐように空中を歩く。


『――おぉーッ!!』


 初導士学科で魔法を齧った生徒らは、その凄さに驚くようにして一斉に声を上げた。そして彼は巨竜を操りながら説く。どんな魔導士になって欲しいのか、どんなことを学んで欲しいのか、歴史とは何たるか。


 教室左後方、興味無さげに突っ伏してた少年も、それを見る為に眠そうな顔を上げた。難度の高い浮遊魔法。発動者は単なる歴史家の教師。ここはレベルの高い魔術学院。それでもなお、彼はつまらなそうに頬杖を付く。




・・・・・・・




「――貴方ね。」


 視線。痺れるような殺気にも似た鋭くて強い視線。


「……ん?」


 彼が振り向くと。ゾッとするほどに瞳孔を開ききったセレストが、少年を睨むほどに見つめていた。


「――ねぇ。……名前は?」


 二人は向き合い。視線の間で生まれた長い沈黙の後。


「・・・。」


 少年は悪目立ちしたセレストを冷たくあしらうように、あるいは警戒するように、視線を逸らして前を向いた。


「あっ、そう。」


 それからセレストは眼光を廊下へ移し、つかつかと廊下へ歩いていくのであった。








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