第1譚{洞穴ダンジョンの街}

①ダンジョンとは、人が死ぬところである。

 

 第一譚は少しだけ長いです。ぜひ、フォローしていってね。


こんなのやってます。と、拙い音楽の宣伝。


☞https://youtu.be/hmMlme1M-Eo Focus Mirai/Flower (Official MV)







――――――――


 緊急を要していた。恟恟きょうきょうたる、この事態は。


 焦燥と憔悴、鳴り止まぬ鼓動に冷や汗と手の震え。心の中の動揺が吐き気となって漏れ出てくる。水下みぞおちの押される感覚が溜飲のせり上がりをしつこく催促するように、この流動的な吐き気が唯々不快だった。


――気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、逃げ出したい。帰りたい。


 この街が、このギルドが、始まって以来の大事故だ。テロリストの凶行、自然災害の猛威、新米冒険者による人為的な事故、あるいはそれら全てが違うのかもしれない。原因の所在は未だ確定していない。何にせよ、人為的で有るならば入窟を許可した番台係の失態。すなわち、


 ……私が、……私が、……私の過ちが、招いてしまった"死亡事故"。


 それでいて状況は暗中模索を体現するような混沌の中に有った。百聞は一見に如かずである。しかし今は、千聞で一見を越えなくてはいけない。私は震えた手で受話器を耳に当て、喉から声を捻りだす。



「い、一体。……貴方たちは誰なんですか!?」



 緊張交じりの声色を嘲るように、淡々とその声は帰って来た。通信機の本来の登録者とは違う声、訛りも調子も地元の人間ではない誰か。


「誰ですかって、酷い人だな。」


 時は遡る。あの瞬間まで。



―――――――――― 



「え、……うんこしたいの?」


「うん。」



 気まぐれなアコーディオンが探索家たちの背中を撫でるように、あるいは彼らを鼓舞するかのように、ギルドハウスの中で流れている。


 差し込み始める朝の陽光に照らされ、白髪の男はカチャカチャとハーケン(岩場の割れ目に打ち込む登山道具)やらカラビナ(金属のリング型固定具)だとかを木製の長机に広げ、一つ一つ念入りに確認しながらナップザックへと戻していく。


 おおよそ酒屋には似つかわしくない装備、似つかわしくない番台、似つかわしくない掲示板。


 しかし、これがダンジョンによって隆盛を遂げたこの街の、もといこの宿居酒屋タバーン型ギルドハウスの日常だ。


「おい、エドガー。――ヒック!、息子は元気かぁ?――ヒック!」


 アルコールは、この街の血液である。


「あぁ、お陰様でな。しかし元気過ぎるのも考え物だ。最近は『いつか街一番の冒険者になる』と言って止まない。……お前からも何か言ってやってくれないか?」


「それは良くねぇな……、俺からも言ってやらねぇと。"国一番"になれよって。」


 ジョッキ樽に入った酒を呑みながら、スキンヘッドの大柄な男はニヤニヤとしながらそう言った。

 エドガーと呼ばれた熟年冒険家はそれに呆れた様に笑い、また真剣な面持ちに直って、酔っぱらいの男の顔を見た。


「さて、ロイダル。昨日のダンジョンの様子はどうだった?」


「んあ?……あぁ、第三鍾穴(洞窟深部にある空気の通り道。)から南風。モンスターは例年通り元気だ。昨日から芝香草のシーズンだとか聞いていたが、今年はそうでもねぇ。まぁ、基本的にいつも通りだわな。」


 この街のダンジョンには毒の砂塵が舞っている。南風であれば出入口に押し戻されるような向かい風。この場合、探索できる制限時間リミットは少しばかり短くなるのだ。


「そうか。」


 琥珀色の丸々とした美しい鉱石。手のひらにすっぽりと収まる大きさのそれを眺めがら、エドガーは相槌を打つ。


「なんだぁそれは?」


「あぁ、これか?……良くは分からないが第三層の神殿から発掘した。どうやら強い魔力を秘めているようだが、それ以外は調査中だ。」


「おいおい、戻しに行くのか?」


「まさか、賊にでも捕られたら面目が立たない。ダンジョンで調べてみるのさ。」


 エドガーはそう言って白髭を一撫でした後、琥珀色の鉱石をしまった重々しいナップザックを隆起した逞しい左腕で軽々と持ち上げて背負い、立ち上がった。


「さぁ、行こう。」


 自身に気合を入れるようなエドガーの静かなる一声に、ギルドハウスにいたほぼ全ての冒険者たちが立ち上がって応える。


「おうおう、今日も勇ましいねえ。」


――【クラン・エドガー】

登録・アルバルム冒険者ギルド

階級位 《ランク》:A級冒険者クラン

専門職 《クラス》:「調停士」(ダンジョン管理、整備を主な目的とする。)

リーダー「エドガー=ウィリアム」

団員数15名


 彼らこそが、洞穴ダンジョンの街であるこの{ジマ街}の主役である。


「わぁーお、すげぇ。」


「へっへっ、すげぇねぇ~」


 番台に手記を書き込む手を止めた余所者の青年は、その光景を物珍しそうに眺めながら笑った。横には番台にすら背丈が届かない少女が、ふざけたように釣られて笑っている。


――はぁ、……またか。


「終わりましたか?」


 その様子を見た番台嬢のミサは、溜息交じりで呆れた様に二人を催促し、案内を進めようとしていた。


――無名のF級冒険者クラン。こういう奴等はよくいる。ジマ街を訪れたついでに冒険者ライセンスを悪用し、小遣い稼ぎとトラッキングを兼ねようとしている危ない観光者……。


 ミサは怪訝そうな顔をしながら、その冒険者が提示したクエストを睨み、つっぱねた。それがダンジョンの安全を守る彼女の仕事だからである。


「はぁ……、ダメです。ジマ岩窟の第2層からは肉食のモンスターが現れます。このクエストも、このクエストも、このクエストだって、受領できません。」


「え。……いやほらだってお姉さん。俺たち"探索士"なんですよ、ただの冒険者じゃなくてさ?」


――何が探索士だ。


「ダメです。不可です。」


「……えぇ。じゃあ、こっちでいいや。」


 青年は難易度の下回ったクエスト用紙を数枚差し出す。

 横にいた少女は男の残念がった顔を見て、クシシと笑った。ふざけた連中。遊び半分の冒険観光。それを見てミサは確信するのである。


――私がいなきゃ、君らは死んでいたよ。


 と。


「これくらいなら良いですよね、第一層にある芝香草の採集クエスト全部。こうなったらダンジョンの芝香草は全部手に入れてやる、……くらいの勢いで。やる気は有るんですけど?」


――うーわ。馬鹿だ。


「はぁ……、分かりました。受領しましょう。」


 ミサは呆れた様な声色でスタンプをポンポンポンと押していく。何回押しただろうか。ギルドが管理するクエストとは、難易度や種類によって受注できる人数が限られている。


 この手の採集クエストは需要が多く難易度も優しめ。受注人数もほぼ無制限であり、クリア条件は早いもの勝ちで満たされていく。


 つまり逆を言えば、簡単に手に入るのであればこんなクエスト、とっくにクリアされているはずなのである。今年の芝香草は不作なのだ。


「くれぐれも安全にはお気をつけ下さい。それと他の冒険者さまの邪魔だけは……」


 ミサが顔を上げると、彼らは隣接する居酒屋の番台に移り、料理を注文していた。


「俺チキンフィレ!!」


「プーカ全部!!」


「それはダメだ。」


 ミサは顔に手を当て、溜息交じりに俯いた。


「――大変ですね。お姉さん。」


 次の客だ。


 ミサは次の男に手渡された書類を眺める。

 5人パーティ。クラン情報、そして冒険者ライセンス、クエスト用紙。有難いことに、リーダーであるこの男はギルドでの受付に慣れているらしい。何が必要かを心得ている。


「いえいえ。」


――こうやって、いつも楽ならな。


 ミサはそう思いながら精査を始めた。


――C級冒険者。主な実績はジマリ大洞穴の第三層探索、迷いの峠踏破、サステイルの大サソリ討伐隊への参加。ガラン地下牢のB5到達?!


「凄いですね。実力だけならB級クラスですよ!!」


 ミサは先程とは一転した明るい表情で、元気にそう言った。


 ダンジョンギルドの番台は生命を秤にかける大変な仕事では有るが、こういった華々しい実績を精査することや素晴らしい冒険者と会話をすることは、旅行を趣味としているミサの楽しみでもあった。


 彼女はスカートとベージュのポニーテールをふわりふわりと揺らしながら、楽しそうに書類を眺めて話す。


「ふむふむ。登録はウェスティリアですか、魔術で有名な所ですね?!」


「えぇ、まぁ。実際は癖の強いギルドですけどね。」


「へぇー、そうなんですね!」


 楽しそうに頭を揺らすミサを青年一行は微笑ましく眺めている。


 パーティーは近接特化な鎧の男、魔法支援1の女司祭、魔法支援2の女魔導士、学者肌の眼鏡少年、そして恐らくは攻守万能のリーダーの彼。


 しかしミサにとっては不思議なことが有った。


「失礼ながら、ご自身ではあまり魔法をお使いにならないんですね。」


「え、えぇ……。実はそうなんです。」


 遠近両用で攻守万能なクランリーダーとは、往々にして魔法が得意なものであるが、この男は魔法に対する自己記述があまりなかった。


「いえいえ、へぇー。」


 その時である。ミサがそう感心した声を漏らすのと同時に、後ろの席からは唐突に怒号が上がった。


『――うるせぇッ!! 気に食わねぇんだよッ!!』


 ふと見れば先程の観光者が、ジマ街冒険者であるスキンヘッドのロイダルにビールの入ったジョッキ樽をぶつけられていた。

 樽はひしゃげて、ビールが零れ、観光者は全身にビールを浴びていた。


「ぷぷっ、いい気味です。」


 それを見てミサは、頬を膨らませて笑った。青年はそんなミサを見て笑って言う。


「酷い人だな。」

 

「いいんです。あの観光客はダンジョンを軽んじている観光目的の無魔ノイマ(魔法が使えない人間)ですから。ダンジョンで死なれるくらいなら、ロイダルさんに存分に怒られれば良いんです。」


 ミサはまた、ぷぷっと笑い声を漏らして判を押した。


「それでは安全に気を付けて、頑張って下さい。」


「あぁ、どうも。」


 青年パーティは笑顔で挨拶しその場を去った。同時にビール塗れになった男が、背を丸くしながら速足で酒場を出ていくの見て、ミサはまた少し笑うのである。


 この街は人情で出来ている。あれも一つの優しさなのだ。

 ミサはそう感じながら、背筋を伸ばしてスッと息を吸った。


「よし、次の方どうぞ。」


 そして事態は、急変したのである。










 


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