⑥~進行~ 薬師と交易人

・・・・・・

 

 彼らから借りた通信石は、見知らぬ冒険家らへと繋がった。どうやら連絡を取り合う寸前だったらしく、ギルドへの周波数は分からないままだ。

 

 可能性が有るとすればギルドからの連絡を折り返す形。向こうから連絡が有れば通信石のダイヤルは勝手に正しい周波数を刻んで回ってくれる。


 つまり今、俺たちの目の前にある死体の通信石いしならば、ギルドへ繋がる可能性が高いのだ。


「行こう、リザ。」


 俺はキャラバンへと乗り込み、血にまみれたそれを握る。死体漁りは趣味じゃないが、このままでは死んだ冒険家らが浮かばれないだろう。


「ナナ~。」


 キャラバンの床に腰を降ろし、鼻をスンスンと鳴らしながらプーカが口を開いた。


『――毒臭い。』


 ここにいるプーカは、その手の冗談を言わない。

 キャラバンはなりふり構わず走り始めるが、俺は戸口をしっかりと閉め、屋上に出た後でハッチも強く引っ張った。


「ロックしてくれ。」


「はいよ。」


 リザがスイッチをパチリと下ろし、ガチャリと鳴った音でキャラバンは外界との空気が遮断される。

 俺は毒に耐性が有り、プーカには完全に毒が効かない。しかし残りの三人と一匹には猶予が設けられただろう。


――カラカラカラ、カラカラカラ。


 通信石が音を鳴らす。

 俺は今、何を言おうか考えている。


 世界とは不可解であり、その真実はいつでも未知だ。いくら証拠を揃えようと、目に捉えられていなければ、そしてそれを理解出来なければ、俺たちは疑心と未知の海に溺れるのだろう。


 所詮、他人の考えなど分からないものなのだ。


 それ故に、これはほとんど確定的な"予測"でしかない。


「はい、こちらギルドです。」


――おっ、当たり。


「あっ、あぁー。聞こえますか? 少し電波が悪いな。いや、電波じゃないのか。」


 俺は屋上からフロントガラスへ顔を垂らし、ダンジョンの中心から逸れるように指をさした。恐らくはこの粉塵に含まれた魔素がジャミング代わりになっている。


「――もしもし?」


「もしもし。」


 通信石からは聞き馴染みの有る声がした。


「あ、お姉さん?そっかそっか話が早いや。今しがた深層で事故が起きたらしくて、誰も救助に行けないだとか。話によればもう死人が出てるとか何とか。あぁ、後何人生きて帰れるのかなぁ?」


「それは本当ですかっ!?……いや、それより。一体、貴方たちは誰なんですか!?」


 焦燥交じりの声色に、本当に覚えていなさそうな口調。ビールでぶっ叩かれいるんだから、もう少し覚えてもらいたかった。


「誰ですかって、酷い人だな。」


 道端に逸れて見えてきたのは避難者ら数人の列だ。先程の死体を見てしまったからには、あの列へ混じりたい心境では有る。


 しかし、今は俺たちみたいな曲がりものにしか出来ないことが有る。


「――では改めて。ウェスティリア冒険者ギルド登録クラン、ユーブサテラ。リーダー「ナナシ」、団員数5、階級位ランクはF」


 通信石の先では番台嬢が、思い出したかのように、「はっ…!」と声を漏らした。


「クラン専門位クラス探索士シーカー。」



・・・・・・



『――バカかてめぇっ!!!!!!!』

 

 耳をつんざくようにして聞こえたのは、昨日の酔っぱらいの声だ。

 第一声から暴力的な荒っぽさを感じる。


「バカとはいささか……」


『今すぐ戻れアホンダラァ!!!!てめぇらみたいな若輩者がッ……』


――戻りたい気持ちは山々だ。しかし、


「――登録番号132、ワイリー・スペンサー。」


『はぁ!?てめぇ、ワイリーがどうしたってんだ?!』


 俺は通信石の持ち主の名前を唱えた。キャラバンはいずれにせよ、風を切りながら闇へと進んでいく。


「死因は氷塊による魔法攻撃、内臓を穿たれ即死していた。」


「はっ……?!」


 要領を得ないような返事に、俺は少し語気を変えて言う。


『殺人鬼がいるって言ってんだよ。』


 ともすればダンジョンで起きた何らかの事故は、故意かテロである可能性が高まるのだ。


「本当ですか?」


 応答主が番台嬢へと変わった。


「えぇ、あれは他殺体でした。取り敢えず、このダンジョンで何が有ったのかを教えてください。」


 少々息を呑むような沈黙を挟んで、番台嬢は口を開いた。


「第三層の"魔鍾石"と呼ばれている巨大なつららが、崩落しました。魔鍾石は魔素の塊ですから、崩落の原因は冒険家らによる魔法の暴発が予想されています。――とにかく、大きな問題は空気です。ジマ岩窟の土は疫虫菌と呼ばれる毒をふんだんに含んでいる為、舞い上がった粉塵が新しい空気に流されなければ、肺から身体を蝕まれます。」


「そうですか。」


「そして、貴方たちには第三層へ挑む権利が有りません。如何なる正義感を宿していたとしても、そこに立ち入る……」


「――正義感?」


 俺は通信管を開き、車内へ会話が伝わるように話す。


「俺たちに正義感なんてありませんよ。有るのは第三層へ挑む権利、『上質な芝香草』の採集クエストとウィリアム婦人からの『救援依頼書』です。」


「え?」


「そしてそれは、今現在ギルドが出しているであろう緊急クエストと同等な内容のものであるはずだ。」


 俺はキャラバンの窓をコンコンと叩き、中に通信石を放り込んだ。アルク・トレイダル。彼はこういった類の交渉を嫌っているが、杜撰な管理体制をしいたギルドへの当てつけだと言ったら、すんなり首を縦に振ってくれたのだ。


「代わりましてアルク・トレイダルです。現状この地は超高難易度ダンジョンと言わざるを得ない状況に変わりました。そこでギルドからの報奨金についてですが。」


 アルク・トレイダル。貿易商トレイダル家長男、現ユーヴサテラの詐欺担当、もとい交易人である。彼の交渉術は砂から金を生み出し、泥から金を生み出し、ゴミから金を生み出すものだ。


 彼はダンジョンでは文字通りの『無力』で、ビビりで、置物以下のお荷物になるわけだが、この弱小クランが探索士として生活できている理由も彼の手腕があってこそである。


「……まずは、一人頭10万イェルが妥当だと考えています。何せ要救助者は街の希望ですからね。損失を考えれば当然。それに、命はお金に換えられないでしょう。」


 アルクは奴隷商だとか、臓器売買だとか、スラム街に蔓延る貧富の差すら嫌悪を走らせる善人だ。しかしいざ交渉が始まれば悪魔的な要求を通してしまう。これを詐欺師と形容せずして何と言うのだろう。


「事故現場まではあと二分で着くでしょう。通信はそこで途絶えるはずです。さて、彼らの安全の為に存在し搾取してきたギルドが、ここで彼らの為に要求を呑めないのであれば、貴女方はなにゆえ存在するのでしょうか。疑問ですね。」


 アルクの交渉額はギルドがギリギリ捻出できるラインなのだろう。そういった交渉相手の事前情報は、彼の頭には往々にして蓄えられている。通信石越しには、ギルドの焦りと苦々しい声が聞こえてくるのだろう。



――なるほどこれは、底辺クランだ。

















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