⑤~始動~ 技師と黒猫とスナイパー
「本当に行くんですかっ!? 貴方たちはレベル0、クラン階級位はFなんですよ?」
管理所と札の建てられた家屋の中に、岩窟の入り口は存在した。流石はダンジョン街である。街の中心、物の中心、人の中心、この街を形作る全ての源がこのジマ岩窟なのだろう。
自然系の無法地帯ダンジョンとは違い、そこにはギルドの見張りが立っていた。恐らくは事故が起きた為でもあるだろうけど。
「でも貴方に止める権利は無いでしょ。当方は第三層『上質な芝香草』のクエスト用紙に、ウィリアム婦人からの指名も有るでござる。」
「で、で、でもキャラバンでなんて、一体どうやって?」
「ハハハ、道が有るじゃないですか。じゃあ通してもらいます。――リザ!」
赤茶髪のポニーテールを揺らし、怠そうにキャラバンを運転しているのは我がクランの技術師である
リザはおんぼろだったこのキャラバンを改造しあらゆる機能を向上させた操舵師、そしてオーパーツの採掘される特殊ダンジョン『シーラ』では鑑定師としての役割も果たす異形者である。その本職は鍛冶師であり実力ある小国の軍師でもあった。
そう、意味が分からない。
要するにつまり、幾つものの顔を持つ万能な技術者である彼女は正に、このキャラバンに居ること自体、異質な存在なのである。
「人目は?」
「無いよ。」
リザの問いかけに言葉を返したのは、運転席の上部にあるロフトから物騒な対物ライフルを構えて伏せているだろう少女。名前はテツ。その見た目は限りなく中性的であり、冷静沈着な判断力とその声色は{ユーヴサテラ}の熱気を抑え、指針を大きく左右する羅針盤。
生まれは魔法制限領域、すなわち特殊高難易度ダンジョンである『シーラ』で育った根っからの探索者。あらゆる敵意やダンジョンでの脅威を察知し、クランにおける風見鶏としての役割をもたす
俺たちが『探索士(シーカー)』専門職 《クラス》を名乗れるのも彼女のライセンスがあってこそだ。階級位はB級。年齢こそ不明であるが、恐らくは最年少のレベル6到達者である。
・・・・・・
沈黙が世界を包む。
岩窟の闇に濡れたのはキャラバンの胎内だ。
この空間に五人と一匹。
時間も心も目的も、
その全てが溶け合うように、
息を呑む。
音がする。
「さぁ、行こう。」
静寂を破るその一声に黒猫が呼応し、キャラバンはブゥオーンと低い音を立てて、啼いた。
「全箇所自動施錠《オール・オートロック》、確認《チェック》……」
リザが唱えるように呟く。
暗闇の中で、俺は両の素手を擦り合わせ、鞘に収まった短剣を確認し屋上へ向かう。
テツは今頃ライフルの空撃ちでもしているはずだ。
「経路探索機能準備済(ルート・サーチ・システムレディ)……」
グローブを着ける音や生唾を呑む音でさえ、際立ってしまうようなこの刹那。
「鐘の斥候兵(スカウトベル)、右翼錨銃(アンカーライト)、左翼鉤銃(ハーケンレフト)、
アルクは不安そうな青白い顔のまま、戸棚やら食器棚やらへのしまい忘れが無いかを確認しているのだろう。
プーカはどうだか、まだ寝ているかもしれない。
「
リザが最後にそう唱える。
そして全員がいつも通りのルーティンを完遂し、全員がこの深い世界への旅立ちを前に、凄む世界の圧倒的な危険を前にして、
このキャラバンの"恩恵"と"真髄"に
『探索士:形態(フォーム・シーカー)』
触れるのである。
『――ノアズ・アークッ!!』
――ダッダッダッと高鳴る鼓動に比例して加速するキャラバン、流れる岩壁に道草と苔の群れ、遠ざかる出口の明かり。点灯するヘッドライト。
「行くぞ、ユーヴ。」
俺は気合を入れるが為に声を漏らす。
7畳は有ったかのような広々とした車内は、今や4畳にも満たない大きさだろう。 木の外壁はレンガが沈むように、あるいは転がるように、一斉にパタパタと動き出し、ステルス性の高い流線型のフォルムへと姿を変える。
そんな小さなキャラバンの屋上には護衛者《ジーク》である俺が顔を覗かせ、床と天井の間に位置し運転席の丁度頭上辺りに設けられたロフトからは、ダンジョンでは羅針盤の役割を果たし得る先導手《トレイルリーダー》のテツが、それぞれ進路に対する警戒及び排除の為に構えている。すなわちダンジョン内では、それぞれに
車内には非戦闘員である三人と一匹、
特段リザは操舵師として
つまり彼女は俺たち【ユーヴサテラ】が行っている、
「飛ばすぞっ!!」
――中級難度ダンジョン、ジマ岩窟。
その正体は初級、中級、超上級と分けられた三層構造の横穴。長年の開拓整備により二層まで難なくと到達し、油断しているような冒険家たちをあっけらかんと呑み込むような、人工物と天然の蟻地獄である。
しかし現在は何らかの事故を起こし、目に着く人の流れが慌ただしい。おおよそ事故の詳細な情報を知るにはギルド本部からネタを仕入れるのが早くて正確なのだろうが、俺たちは上層にしか挑まないと勘違いをされている為、もとい勘違いをさせた為に、通信手段を持ち合わせていない。
「――テツ、ナナシ聞こえるか。」
「うん。」
「あぁ、屋上も聞こえてる。」
操舵席との連絡手段は、アナログながら通信管と呼ばれる鉄パイプである。
「私が思うに、ジマのルートは大して難しいものじゃない。地図を見た感じでも大通りばっかの優雅な道のりだ。よく整備されているらしい。しかし起きた事故の詳細が分からない、最悪なのは二次被害でルートが遮断され頓死するようなことだ。」
「それに関しては良い案がある。今しがた左前方に避難者集団を捉えた、恐らくは第二層挑戦者。ハーケンガンを伸ばしてくれれば俺がギルドとの通信石を借りてこれる。」
「――借りる、ね。」
リザが何かを察したかのように笑った。
「いけるか?」
「もちろんだ。」
それから俺は左前方へ飛び降り、走るように襲い来る床を踏み込んで集団へ突き進んでいく。彼らは少し警戒したような面持ちをしているが、俺よりかは右側で並走していくキャラバンに気を取られているようだった。
「……おっ、おっ、おっ!!」
しかし、俺に注目し始めた集団は、その距離を縮めていくごとに「止まれ」「止まれ」と手を伸ばしてジェスチャーする。
――構うものか。
『どうわぁッ!!』
――バッ、とそのまま避難者の群れを縫うように突っ込み、先頭に居た人間の懐から通信石を強奪する。
「――あっ、き、君ィ!!」
「リザ!!」
すかさず合図を送れば、キャラバンの前方に設置されたハーケンガンからロープ付きのハーケンが射出された。
俺はそれを咄嗟に掴み、巻き戻されるそれに振り放されないように引っ張り返した。
「これ借りますぅ!!」
そして適当に手を振り、しかりと返す旨を伝えた。借りると言う体であれば、失くしたとて窃盗では無い。……ということにしている。
「貰って来た!」
俺は通信石を手に持ち、車内へ戻った。
「借りてきたんじゃなかったのか……。」
リザが呆れた様に笑って言った。
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