第5話 突然、豪雨

目が覚めると俺は昔の自分の家に戻っていた。


「和樹。引っ越しの準備は進んでるの?」


お母さんの声が聞こえてきた。なんでもう引っ越しなの?空と美香が死んだのは覚えてるけど……。

ベットから体を起こしてカレンダーを見た。

7月7日。10年前の七夕祭りにタイムスリップしていた。10年前の七夕祭りといえば……宙と美香と出会った日か。


「部屋に入るよ」


まだ若いお母さんが中に袋を持って入ってきた。


「明日、引っ越すんだからいる物といらない物に分けてね」


「分かった」


自分の声があまりにも高くて驚いた。

高校生の時に声変わりをしたからなあ。

俺は袋を2つ持って部屋の中にある物を入れて行った。

まずは箱の中だ。箱の中には大量のおもちゃが入っていた。どれも懐かしいなあ。こんなに持って行ける筈がない。大量のおもちゃを全ていらない物を入れる袋に入れた。次は……小さい机に1つだけある引き出しだ。そこに入っているのはどれも思い出の物だった。

例えば、俺が4歳の頃、近くの川でお父さんと一緒に見つけた四葉のクローバー。俺が探そうと言い出してから3時間、お父さんがやっと見つけてくれた。

その隣には……短冊があった。

何が書いてあるんだろう?俺は短冊を手に取り、表側を見た。そこには何も書かれていなかった。

何で何も書かれてない短冊がここにあるの?

必死に思い出そうとした。





10年前の7月1日。

小学1年の朝のホームルームの時間で先生が短冊を大量に持ってきた。


「みなさん、もうすぐ七夕祭りですよ。なので短冊を書いてください。期限は7月6日までです」


先生は1人1枚短冊を配って行った。

短冊に書くことなんて……無い。


「和樹は何書くの?」


後ろの席の友達が俺に声をかけてきた。


「俺は……。何も書くことない」





俺には願い事なんて無い。夢も無い。ただ生きていれば良いとずっと考えていた。

結局、短冊は間に合わなかったのか。

その短冊をポケットに入れて、仕分けした袋をお母さんの所に持って行った。


「これで仕分けが出来たよ」


「ありがとう。じゃあこの服着て、行ってらっしゃい」


お母さんが俺にくれたのは仁兵衛だった。

俺はすぐに着替えて、何も書かれていない短冊を持って、七夕祭りに向かった。

一緒に行く友達もいない。1人で会場まで歩いて行った。もう時計は16時を指していた。俺が目を覚ましたのはお昼を食べた後の昼寝の時間だったのか。

でも、小腹が空いている。何か食べたいなあ。

屋台はたくさん出ている。何から食べようかな。

やっぱり最初は焼きそばだよなあ。

焼きそばを買って食べながら歩いていた。


「やったーー!!めっちゃ楽しい」


スターシューティングの方から声が聞こえてきた。

聞いたことがある声だ。声が若くても気づくよ。

その声のする方に向かうと、宙がみんなから拍手を受けていた。


「大当たりだよ」


どうやら100点の隕石を撃ったらしい。

ここで声をかけたらどうなるんだろう?


『占い師が山奥で彦星と織姫が出会った時、再び星と花が降るって言われたの』


宙の声が脳裏に浮かんできた。

10年前、俺達が出会ったのは山奥だ。豪雨の中、宙がやってきてくれた。もしここで話しかければ、歴史が変わってしまうかもしれない。美香とも出会えなかったかもしれない。それなら……俺は山奥で待つよ。

宙が来るのを。


「5.4.3.2.1.0」


山奥から微かに聞こえたアナウンスと共に花火が上がり始めた。そして、流れ星も降ってきた。

これが星と花が降る夜か……。


「大翔君、どこにいるの?」


山奥の小屋から声が聞こえてきた。

美香の声だ。大翔?誰のことだろう。

窓から覗いて見ると美香が泣きながら叫んでいた。

その涙が空にも移ったのか。空から雨が降ってきた。

その影響で花火大会は中止になってしまった。

俺は急いで小屋の中に入った。

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